特に材料メーカーや部品メーカーにとって、要素技術の開発は、長期にわたる事業の心臓部ともいえる課題です。
一度、様々な産業に応用が利く要素技術を開発してさえしまえば、企業は一山あてたも同然のときもありますし、逆に、「かつて当てた一山」がすっかりはげ山になってしまったので苦しんでおり、次の要素技術の開発を強いられている企業も多いでしょう。
一方で、要素技術開発は、顧客の声を聴きながら事業を徐々に開発していく、いわゆるリーンスタートアップの手法とは相容れないように見えます。
カーボンナノチューブを発見したNECの偉大な研究者飯島澄男氏が、
その中でどんな顧客課題を解決するのか
明確にイメージして研究を進めたとは思えませんし、また、そうでなかったとしても、技術者としての同氏の偉大さは少しも毀損されるものではありません。
本記事では、このような
について、最適な方法を解説していきます。
要素技術とは
機械工学における要素技術
材料科学における例
要素技術の開発方針を決めるための2つの視点
製品やサービスの未来から考える
技術の未来から考える
「未来のあるべき姿」を自分から市場に提案する思考法
技術ポートフォリオの設計方法を解説
要素技術開発の具体例とその影響
要素技術とはそもそも何なのか?を説き起こす前に、イメージをとらえていただくため、まずはその具体例を挙げていきます。
要素技術開発には様々な具体例があり、多くの業界でその影響を大きく受けています。例えば、カーエレクトロニクス分野では、リチウムイオン電池の開発がその典型例です。この技術の進化により、電気自動車の性能が飛躍的に向上しました。高速充電や長い航続距離が可能になり、環境負荷を軽減するというメリットがあります
さらに、通信技術においては、5Gネットワークの要素技術が注目されています。これは、低遅延・高速通信を実現するための基盤技術として、スマートシ英語ティやIoT(物のインターネット)の普及に大きく寄与しています。例えば、遠隔医療や自動運転車などの新しいサービスが可能になっています。
要素技術開発は、単なる技術の革新にとどまらず、社会全体の機能や生活様式を変える力を持っています。そのため、企業は戦略的に要素技術に投資し、競争力を維持・強化する必要があります。
そもそも要素技術とは
要素技術とは
だと私は定義しています。我ながら少しひねった定義ですね。
機械工学における要素技術
ロボットに例えるのなら、それを分解していったときに、あるところまで分解が進んだら、「アクチュエーター」といったひとまとまりのパーツが出てくるでしょう。
これをその段階での「要素技術」と呼ぶことが可能です。なぜこのように持って回った言い方をするかと言えば、
サーボモーターとそのモーターの異常を検知する振動センサーがそれを支える下位の要素技術として出てくる
というケースもありうるからです。これらもそれぞれ要素技術と呼べるはずです。かつてのマブチモーターは、このレベルの要素技術のみを提供していた、ということが言えます。
(かつてという言い方をしているのは、現在はファウンドリ機能も市場に提供しているからです。)
マブチモーターのピボット(事業転換)の形に如実に表れているのですが、このような要素技術は、大雑把に「この辺のインダストリーを狙う」、あるいは、化石燃料で走る自動車の部品メーカーのように、特定の個社にのみ販売する、という想定は最初にあれど、最終的に広く汎用的に売れる技術を開発したほうが、得られる利益は当然大きくなります。
かつては玩具でしか使われなかったマブチモーターのブラシモーターが、汎用化したとたんに髭剃りメーカーに売れたように、「つぶしが効く」からです。
材料科学における要素技術
機械技術よりもさらにわかりやすいのは、化学材料の世界です。冒頭に引用したカーボンナノチューブはその典型です。
材料の場合も、ドンピシャにその通り売れるケースはとてもまれなようです。私のかつてのクライアントであった、売り上げ規模1000億単位の化学材料メーカーの事業開発担当者は、
と明言なさっていました。
この逆の事例は、ユニクロに強く請われてヒートテックを開発した東レの例ですが、これは、ユニクロがB to Cで膨大な弾数(たまかず)をさばいてくれるという大前提があって初めて可能になった大ヒットで、例外中の例外と言っていいでしょう。
要素技術の開発方針を決めるための2つの視点
さて、より「つぶしの効く」要素技術開発の重要性をわきまえた上で、どのように開発の方向性を決めていくべきでしょうか。
以下では、世間では正解とされる方法について、私の考えるところを述べてみます。
製品やサービスの未来から考える
御社にも中計があって、そこから製品開発ロードマップが敷かれているかもしれません。もしかしたらそのロードマップの一環として、御社も要素技術を開発しようとしているかもしれません。
はっきり申し上げましょうーー残念ながら、このやり方で、顧客の方から
と頼んでくる大ヒット製品(Product/Market Fit)の要素技術を生み出せる確率は、千三つです。なぜなら、人間には未来を予測することができないからです。
2019年の世界を描いた、「ブレードランナー」(Ridley Scott監督, “Blade Runner”, Warner Bros.配給)という1992年の映画があります。
この映画の中では、2019年には人類はアンドロイドと共生しており、空飛ぶ車がデフォルトになっています。そのようなシュールな未来のニューヨークが描かれている一方で、主人公を演じるハリソン・フォードは、劇中で
あるシーンにたくさんのディスプレイモニターが出てくるのですが、2025年現在では博物館にでも行かないと見つけることができないCRTモニタの分厚い奥行を誇っています。
とどめに、携帯TV電話が出てきますが、ハードウェアのテンキー(!)がしっかり付いています。
と、2007年リリースの初代iPhoneを評価した、当時のスマホマーケットを寡占していたマイクロソフトの社長、スティーブ・バルマー氏の嘲笑が聞こえてきそうです。
すなわち、人間の発想というものはそう簡単には飛躍できないのです。誰にでもそこには
すなわち「このマーケットはこのまま進むだろう」という思い込みがあって、「まさか」という事態を、専門家になればなるほど、予見できません。
ちなみにバルマー氏に嘲笑されたiPhoneは、デビューしてから、スマホマーケットの地図を書き換えるのに、5年かかっていません。
4年目にはすでに、日本の人口の半分を超える台数を売りさばいているのです。すなわち、
ことが、絶対に起こりえないとはいいきれないのです。
技術の未来から考える
これも必ずしも大ヒット製品には結び付きません。
HDDサイズも5・25インチから3.5インチ、2.5インチ、13インチと小型化が進んでいくが、
HDD用モーターの小型化でも日本電産は世界をリードしてきた。
そして時代は下って1990年代後半、私は再び大きなチャレンジの決断を下した。
HDD用モーターの新たな軸受けの構造として、流体動圧軸受(FDB) の開発をスタートさせたのである。
HDDは高密度化、高容量化、高速化が求められるようになり、精度に限界のあるボールベアリングに代わる構造が必ず必要になると、私は読んだのである。
永守流 経営とお金の原則
これは永守氏その人による、日本電算黎明期の話です。
いかにも正確に技術の未来を予測したように、自伝にお書きになっています。
そして、この永守氏の例の前例に倣(なら)いたいと思うことには、二つの意味で、大きなリスクが伴います。
私が永守氏本人に出会ったら、伺いたい質問がいくつかあるのですが、そのうちの一つは、
です。
実際には永守氏にはお会いできていないので何とも言えないのですが、おそらく氏は、社長の交代劇などの直近の失敗以外、殆ど思い出すことができないのではないでしょうか。
これは心理学が明らかにしたのですが、人間の記憶が、長い年月の間には、
からです。
さらにもう一つ、大きなリスクがここにはあります。胸に手を当てて考えていただきたい、永守氏の成功談には胸躍らせるあなたは、永守氏同様、
と思うでしょうか?…………このように
現象を、「出版バイアス」といいます。
永森氏の大成功の裏に、
ということを忘れてはなりません。すなわち、予測を外して失敗する方が、はるかに確率は高いのです。
「未来のあるべき姿」を自分から市場に提案する思考法
では、ビッグテックたちをぶち抜いてとんでもない時価総額を打ち立てた、革ジャンCEOの率いる独占企業
NVDIA
のようなことは、他社には絶対まねできないのでしょうか?
こそ、まさに究極の要素技術企業です。
かのイーロン・マスク氏も
と発言しており、同社は明確にProduct/Market Fitを達成しています。
同社が、ムーアの法則にしたがって伸びてきたほかの半導体メーカーとも、携帯のチップセットをひたすら高速化してきたクアルコムとも決定的に違うのが、
と、どかんと妄想をぶち上げたことです。
例えば、2024NVDIAコンファレンスで、ジェンソン・フアン氏は、こう述べています。
プログラミングスキルは早晩いらなくなるよ。
実際に我々のロボットは、AIが動作をプログラミングしているしね。
ノートPC、タブレットの出現を、絵に描いてまで気味の悪いほど正確に予測したコンピューターの父の一人、アラン・ケイの名言に
とありますが、ジェンソン・フアン氏も、そっくりこれと同じことを言っています。
(出典:ダイヤモンドオンライン「未来を予測する確実な方法とは?アラン・ケイとスティーブ・ジョブズをつなぐビジョナリーワード」)
このジェンソン・フアン氏の思考法、
などという、とんちんかんな思考法とは無縁です。さらにいうなら、上に挙げたiPhoneの事例も、
2. ユーザによって使いたいアプリは異なる。PC同様、任意のソフトウエアメーカーがケータイの上で好きにいろいろなアプリを提供する方が、端末の使い道は広がるはずだ
というAppleのビジョンが企投(きとう)された結果として
と市場の認識が書き換えられただけであり、
少なくとも
はずです。
スティーブ・ジョブズ氏 マッキントッシュを発表したとき、記者の質問に答えて
iPhoneは最初から枯れた技術ばかりでできていたので要素技術開発とは無縁ですが、
この考え方は、要素技術においても非常に大切で、いわゆるProduct/Market Fitは、よほどの幸運が作用しない限り、この方法でしか達成できないといっても過言ではないでしょう。
大前研一氏は、この「未来を自分で造る」力を「構想力」と呼んでいます。
技術ポートフォリオの設計方法を解説
いま、NVIDAとiPhoneの成功事例を挙げましたが、こればかりを志すのは、特に日本の企業では大変困難を伴うと思います。
何より、これは明らかに経営レベルでないとできない、リスクを伴う大胆な決断ですよね。
そこで、お勧めの、要素技術に関する最も実践的なポートフォリオの組み方があります。
以下の三種類の柱を立てて、要素技術を取り扱っていくのです。
→開発できたら、すかさず1.用途開発へとシフト
3.だけを鼓吹しても、日本の特に大企業の経営陣は、おいそれと承認を下さないでしょう。だから、1と2で確実に中計の目標を達成しつつ、3で思い切りチャレンジするのです。
まとめ
以上、最も現実的な要素技術の開発方法について、解説してきました。
弊社「startupscaleup.jp」では、スタートアップ企業から大企業まで、幅広く新規事業開拓の支援を行っています。
事業の拡大や再構築に関する調査の他、事業開発における研究、情報提供、普及活動などもサポートしている実績があります。
startupscaleup.jpでは事業の拡大、再構築に関する調査・支援や、事業開発に関する調査・研究・情報提供・普及活動などを行います。
また、イントラプレナーとして8度の起業経験を生かしたコンサルティングが提供可能です。
この機会にぜひ1度、新規事業のこれからについてstartupscaleup.jpにご相談ください。