要素技術とは、製品やシステムを分解したときに現れる、事業や製品開発の土台となる技術単位です。
たとえば、飯島澄男氏によるカーボンナノチューブの発見は、材料科学の世界に大きな可能性をもたらしました。
ここで重要なのは、飯島澄男氏がその後のあらゆる用途や事業化の可能性まで見通していたわけではない、という点です。仮に何も考えていなかったとしても、それは彼の罪ではありません。基礎研究や要素技術の発見は、その時点で応用化が可能性が不透明であっても、企業として止めてはいけない活動だからです。
問題は、その後です。優れた要素技術があることと、それが事業として成功することは全く別問題です。
この記事では、要素技術の意味、具体例、コア技術・技術シーズとの違い、そして研究開発の成果を事業化につなげるための考え方を整理します。
そもそも要素技術とは:具体例
要素技術とは
だと私は定義しています。少しひねった定義ですね。
機械工学における要素技術
ロボットに例えるのなら、それを分解していったときに、あるところまで分解が進んだら、「アクチュエータ」といった、ひとまとまりのパーツが出てくるでしょう。これをその段階での「要素技術」と呼ぶことが可能です。
なぜこのように持って回った言い方をするかと言えば、その「アクチュエータ」をさらに分解すると、サーボモータと、そのモータの異常を検知する振動センサやトルクセンサが、それを支える下位の要素技術として出てくる……と、ある意味入れ子構造に技術が次々と現れてくる、というケースがほとんどだからです。これらも、それぞれ要素技術と呼べるはずです。なぜなら、振動センサーの応用先 applications は、必ずしもアクチュエータとは限らないことが明らかだからです。
かつておもちゃメーカーのモーター受注生産していたマブチモーターは、このレベルの要素技術のみを提供していた、ということが言えます。
「モーターを勝手に自分たちで標準化し、そのままの形で電動髭剃りメーカーに売った」という、マブチモーターの本業転換の形にはっきり表れているのですが、このような要素技術は、おおざっぱに「このあたりの産業を狙う」、あるいは、化石燃料で走る自動車の部品メーカーのように、特定の個社にのみ販売する、という想定は最初にあれど、最終的に広くいろいろな業界に汎用的に売れる技術を開発したほうが、得られる利益は当然大きくなります。
マルチバーチカル(特定の業界に特化したサービスや製品を、複数の異なる業界に展開していく)に多くの産業に売れば、「つぶしが効く」からです。
材料科学における要素技術
機械技術よりもさらにわかりやすいのは、化学材料、いわゆる化成の世界です。冒頭に引用したカーボンナノチューブはその典型です。
材料の場合も、ドンピシャにその通り売れるケースはとてもまれなようです。弊社の、要素技術から事業アイデアを出すソリューション「AIディアソン」を最初にお買い上げになった、売り上げ規模1000億単位の化学材料メーカーの事業開発担当者は、
と明言なさっていました。この逆の事例は、ユニクロに強く請われてヒートテックを開発した東レの例ですが、これは、ユニクロが B to C で膨大な製品数をさばいてくれるという大前提があって初めて可能で、かつ、ユニクロ側から東レに話を持ち掛けたという点で、要素技術開発先にありきのモデルではなかったため、必ずしも参考になりません。
意外な形の「要素」技術
DJIという中国のドローン企業があります。ドローンのエリアでは非常に強い要素技術を持っているのですが、この企業は、実は、枯れた技術も含めた他社技術と自社技術のインテグレーションという、外部からは見えにくいけれど競合他社は非常に真似しづらい別の強み、コア技術も持っています。いわば、応用技術レイヤーに、圧倒的な技術的強み、ある意味「技術シーズ」を持っているのです。
こうした
というものも、広い意味で「要素技術」にくくることができるはずです。
ためしに、このDJIの「インテグレーションの強み」を要素技術に見立てて、弊社の生成AIによるアイディエーションソリューション 「AIディアソン」 を用いて事業アイデアを出してみました。こちらでご覧いただけます。
ここで一度、技術起点の開発に潜む危うさにも触れておきます。Yコンビネーター元CEOのマイケル・サイベル氏は、技術系の学生に対して、「技術をガッチリ握りしめるのではなく、解決したい問題をガッチリ握りしめるべきだ」と指摘しています。これは、要素技術開発を否定する言葉ではありません。むしろ、要素技術を事業に変えるには、「この技術で何が実現可能なのか?」だけでなく、「この技術は、どの市場機会に結び付いて初めて市場価値を生むのか」を、どこかで徹底的に考える必要が出てくる、という警告です。
要素技術の開発方針を決めるための2つの視点(今まで良しとされたもの)
さて、より「つぶしの効く」要素技術開発の重要性をわきまえた上で、どのように開発の方向性を決めていくべきでしょうか。ここでは、世間では正解とされる方法について、私の考えるところを述べてみます。
製品やサービスの未来から考える
かつて経済産業省から、「未来ニーズから価値を創造するイノベーション創出に向けて」という文書がでたことがあります。その中に、次のような一節があります:
残念ながら、このやり方で、顧客の方から「お願いだから売ってくれ」と頼んでくる大ヒット製品(Product/Market Fit)の要素技術を生み出せる確率は、非常に低いと思われます。なぜなら、単純に、未来を予測することは、人間技ではないからです。
2019年の世界を描いた、「ブレードランナー」(Ridley Scott監督, “Blade Runner”, Warne
r Bros.配給)という1992年の映画があります。この映画の中では、2019年には人類はアンドロイドと共生しており、空飛ぶ車がデフォルトになっています。同時に、そのようなシュールな未来のニューヨークが描かれている一方で、主人公を演じるハリソン・フォードは、劇中で、普通に紙の新聞をめくっています。また、あるシーンに、多数のディスプレイモニターが映っているのですが、ことごとく、2026年現在では博物館にでも行かないと見つけることができない、CRT(ブラウン管)モニタの、分厚い奥行を誇っています。とどめに、携帯TV電話が出てきますが、ハードウェアのテンキーがしっかり付いています。
すなわち、人間の発想というものは、そう簡単には飛躍できないのです。誰にでもそこには
すなわち「このマーケットはこのまま進むだろう」という思い込みが生じ、「まさか」という事態を、専門家になればなるほど、予見できません。
ちなみに「こんなばかたかいスマホなど売れるわけがない」と、当時のマイクロソフトCEOバルマー氏に嘲笑された、テンキーのついていないiPhone は、2007年にデビューしてから、スマホマーケットの地図を書き換えるのに、5年かかっていません。4年目にはすでに、日本の人口の半分を超える台数を売りさばいているのです。
つまり、今から5年先までの中計を御社が追いかけている間に、突如として現れたディスラプター(破壊的イノベーター)が、御社のマーケットの地図を根本から塗り替えることが、絶対に起こりえないとはいいきれないのです。
この記事でとりあげる NVIDIA/エヌヴィディアにしてからが、省演算パワーのAI、DeepSeek という意外なタイプの伏兵が中国から突如現れたことによって、業界時図の塗り替えに今まさに直面していることを思い出していただきたいと思います。
要素技術開発で必要なのは「未来を正確に当てること」ではなく、未来が複数の方向へ分岐し得ることを前提に、「このシナリオなら自社の要素技術はどこで効くか」を考えることです。
【関連記事】「シナリオプランニング:事業アイデア発案に大いに役立つ、将来の不確実性に備える方法」
技術の未来から考える
これも、残念ながら、必ずしも大ヒット製品に結びつくとは限りません。実は「技術の未来を読む」ことがいかに難しいかは、最近晩節を汚す形で注目を浴びてしまったとはいえ、本来的には技術経営の神様とも言える、あの永守重信氏 自身の言葉を読むと、よくわかるのです。
[出典] 永守重信 著, 「永守流 経営とお金の原則」, 日経BP刊
これは永守氏その人による、日本電算 黎明期の話です。いかにも正確に技術の未来を予測したようにお書きになっています。しかし、この永守氏の例の前例に倣(なら)いたいと思うことには、二つの意味で、大きなリスクが伴います。
私が永守氏本人に出会ったら、伺いたい質問の一つは、
です。実際には永守氏にはお会いできていないので何とも言えないのですが、おそらく氏は、社長の交代劇などの直近の失敗以外、あまりたくさんは、思い出すことができないのではないでしょうか。これは永守氏の記憶力が悪いからではむろんなく、誰しも長い年月の間には、良かった思い出しか思い出せないようになるからです。
さらにもう一つ、もっと大きなリスクがここにはあります。胸に手を当てて考えていただきたい、永守氏の成功談には胸躍らせるあなたは、永守氏同様、全く新しい技術を起ち上げたはいいが、予測を外して倒産していった、名もない小企業の社長の失敗談をぜひともたくさん聞きたい、と思うでしょうか?……このように「成功談は人目を引き付けるから世の注目を浴びやすいが、失敗談は日の目を見ず、握りつぶされる」現象を、「出版バイアス」といいます。
永森氏の大成功の裏に、
ということを忘れてはなりません。すなわち、予測を外して失敗する方が、はるかに確率は高いのです。イメージしやすい具体な最新事例は、2021年にMetaと自社の名前を変えた企業の基幹事業を、2025年には早くもMeta社自ら失敗と認めた、というものです。
要素技術の開発方針を決めるための2つの新しい視点
「未来のあるべき姿」を自分から市場に提案する思考法
では、ビッグテック(GAFAM)たちをぶち抜いてとんでもない時価総額を打ち立てた、革ジャンCEOの率いる独占企業
のようなことは、他社には絶対まねできないのでしょうか?
こそ、まさに究極の要素技術企業です。
かのイーロン・マスク氏も
と発言しており、同社は明確に大ヒット満員御礼状態を達成しています。同社が、ムーアの法則にしたがって伸びてきたほかの半導体メーカーとも、携帯のチップセットをひたすら高速化してきたクアルコムとも決定的に違うのが、
と、どかんと妄想をぶち上げたことです。例えば、2024NVDIAコンファレンスで、ジェンソン・フアン氏は、こう述べています。
ノートPC、タブレットの出現を、絵に描いて気味の悪いほど正確に予測したコンピューターの父の一人、アラン・ケイの名言に
とありますが、ジェンソン・フアン氏も、そっくりこれと同じことを言っています。
(出典:ダイヤモンドオンライン「未来を予測する確実な方法とは?アラン・ケイとスティーブ・ジョブズをつなぐビジョナリーワード」)
このジェンソン・フアン氏の思考法、
という、現実味ない思考法とは無縁です。さらにいうなら、上に挙げたiPhoneの事例も、
2. ユーザによって使いたいアプリは異なる。PC同様、任意のソフトウエアメーカーがケータイの上で好きにいろいろなアプリを提供する方が、端末の使い道は広がるはずだ
という Apple のビジョンが未来に向けて企投(きとう)された結果として「言われてみれば確かにそうだ!」と市場の認識が書き換えられただけであり、少なくとも1を前面に押し出したスティーブ・ジョブズには、未来の市場を予測しようなどという気は毛頭なかったはずです。
iPhone は最初から全く新規性のない、枯れた技術ばかりでできていたので要素技術開発とは無縁ですが、
という考え方は、要素技術においても非常に大切で、いわゆるプロダクト/マーケット フィット(行列ができるラーメン屋状態)は、よほどの幸運が作用しない限り、この方法でしか達成できないといっても過言ではないでしょう。ちなみに大前研一氏は、この「未来を自分で造る」力を「構想力」と呼んでいます。
ただし、自分で造るといっても、単なるトップの妄想や技術者の思い込みで突き進めば、プロダクトアウトの失敗を招き寄せるだけです。必要なのは、自社の技術を起点にしながら、どの市場の、どの事業機会でフルに生かせるのか?を探索することです。この実務については、技術マーケティングの記事で詳しく解説しています。
【関連記事】技術マーケティングとは?研究開発の成果を事業に変える方法を解説
既存市場が将来「こうなるかも」を予測して新たな要素開発に取り組む思考法
いま、NVIDAとiPhoneの成功事例を挙げましたが、こればかりを志すのは、特に日本の企業では大変困難を伴うと思います。これは明らかに経営レベルでないとできない、リスクを伴う大胆な、事業戦略のレベルの決断だからです。
例えば、「これからは水素エネルギーの時代を我々がつくる!だからそれだけしか研究しない!」などとR&D部門が宣言しても、経営陣がそれを良しとするかどうかは微妙ですよね。そこで、次善の策として、
という方法もオススメです。
ここでポイントは、これは未来予測では全くない、ということです。上で述べた通り、それは人間によくなしうることではないからです。そうではなく、「業界がこう来たら、我々はこう動く」とケース別に対策を練ってみることです。そしてその対策の中に、自分たちが取り組むべき要素開発の姿が浮かび上がることがままあります。
【関連記事】「シナリオプランニング:事業アイデア発案に大いに役立つ、将来の不確実性に備える方法」
要素技術ポートフォリオの設計方法
以上を総括して、お勧めの、要素技術に関する最も実践的なポートフォリオの組み方がこれになります。
以下の四種類の柱を立てて、要素技術を取り扱っていくのです。
- すでに御社が備えている要素技術をほかの市場、あるいはほかの使い方へと転用する「用途開発」
- (ヒートテックのように)直近で顧客企業からニーズを提示されている技術→開発できたら、すかさず①用途開発へとシフト
- シナリオプランニングの結果出てきた、補填すべき領域での要素開発
- 自社で大胆なビジョンをぶち上げ、市場へ働き掛けていくNVIDA型のリスクを取った要素技術
④だけを主張しても、日本の特に大企業の経営陣は、おいそれと承認しないでしょう。だから、①と②で確実に中計の目標を達成しつつ、③で経営者を説得して手堅いチャレンジ、機会が許せば④に大胆に打って出る、とするのです。
ここで挙げた4本柱を実務に反映するには、まず要素技術をどの市場・用途に結びつけるかを探索し、優先順位をつけ、開発ロードマップへ落とし込んでいく必要があります。
【関連記事】用途開発とは?技術の強みを活かして新市場開拓の手順と成功のコツ
まとめ
この記事では、人間に可能な方法で、開発に取り組むべき要素技術を発案していく方法を語ってきましたが、要素技術ポートフォリオを作った後に必要になるのは、「どの要素技術を、どの市場機会に、どの順番でぶつけていくか」を、チーム全員で整理しなおすことです。
ここで、単なる市場規模の大きさや社内の思いつきだけで優先順位を決めると、結局また線形プロダクト開発に戻ってしまいます。
複数の市場機会を平行においかけ、用途仮説を立て、それを検証していくには、Opportunity Solution Tree/オポチュニティ・ソリューション・ツリーが有効です。
【関連記事】Opportunity Solution Treeとは?基本的な考え方、描き方、事例多数を解説(アメリカの最新プロダクトマネジメントの手法)

イントラプレナーとして、合計8つの新規事業開発を経験。1,300回に及ぶ顧客インタビューの実施経験を持つ。生成AIによるアイディエーションの世界初のサービスである、「AIディアソン」を、2023年の1月に上梓。それ以降も次々とAIサービスをローンチしている。
翻訳書の発行される前の版の、The Four Steps to the Epiphany (邦訳「アントラプレナーの教科書」、リーンスタートアップの下敷きになった本)を所持するほど、古くから事業開発の方法論を考究。最近はアメリカで最新とされるプロダクト開発のメソッドである、継続的発見(Continous Discovery)手法を取り入れ、エフェクチュエーションと組み合わせて事業開発に応用。
