ビジネスにおける「顧客の声」をどう聞くべきか?エキスパートインタビューの功罪

エキスパートインタビュー

ビジネスにおける「顧客の声」をどう聞くべきか?エキスパートインタビューの功罪


ビジネスや研究開発、新規事業の開拓、マーケティングなど、迅速かつ的確な情報収集が求められる現代において、「エキスパートインタビュー」は確かに有効な手法として知られています。しかし、リーンスタートアップの実践者や多くの事業開発者にとって、それが“百害あって一利なし”になってしまうケースもままあるのです。本記事では、エキスパートインタビューの基本から、実際の活用法、そしてその限界について掘り下げていきます。

エキスパートインタビューとは

エキスパートインタビューとは、特定の分野において深い知識と豊富な経験を持つ専門家に対して行うインタビューです。これは、従来の情報収集方法では得難い信頼性の高い情報を迅速に得られる点が魅力です。特に新規事業の構想段階やマーケティング戦略の検討時などにおいて、一定の示唆を与えてくれることがあります。

ただし、注意すべきは、

専門家の知識が常に市場全体のニーズを代弁しているわけではない

という点です。(私は「ニーズ」という言葉が好きではありませんが、この記事では初心者向けにわかりやすさを優先しています。)たとえば、自社で過去にプロダクトを立ち上げた経験がなく、顧客インタビューを多数実施したこともない専門家が語る「市場の声」は、あくまでその人個人の経験に基づいた仮説でしかありません。これは、誰しも一度は経験があるのではないでしょうか──ある市場で長く活動している専門家の意見が、実際には現場の顧客の声と乖離していた、という状況を。

エキスパートインタビューのメリット

迅速な情報収集が可能

専門家へのインタビューは、あるテーマに関して大量のドキュメントを読み込むよりも短時間で要点を掴む助けになることがあります。新製品やサービスを検討する初期フェーズで、業界構造や過去のトレンドを俯瞰するには一定の効果があります。

信頼性の高いデータの取得

特定の技術の最新トレンドを確認するためにエキスパートの意見を聞く、たとえばAIの最新トレンドを確認するために東大の松尾教授の話を聞く、というのは、何度も生成AIやGoogleでサーチをするよりも、おそらく効果的かつ効率的です。なぜなら、技術の最新中の最新の情報は、えてしてウエブにはまだ載っていないものだからです。

また、市場の状況を確認するためにエキスパートインタビューを実行する場合でも、経験豊富な専門家が語る内容は、場合によっては一般的なマーケティング調査よりも深い洞察を含んでいることがあります。特に、専門的な技術分野や制度が複雑な領域においては、その道のプロの知見が重要なヒントを与えることも。

ただし、エキスパートが提供する情報は、その多くが“解釈された顧客の声”に過ぎず、実際の生活者やエンドユーザーの一次的なニーズとは異なる可能性があります。つまり、

お客様の気持ちを代弁したように語ってはいるが、多くのお客様がその「代弁者」のいう通りに実際に財布を取り出すかは別問題

というケースが、事業開発の現場では頻繁に起こるのです。

また、あまり指摘されないことですが、

エキスパートの意見ほど、バイアスに満ちていて、未来に関して間違った観測をしている

という別種の、非常に深刻な問題もあります。

エキスパートインタビューの活用シーン

新規事業開発のサポート

エキスパートの意見を、新規事業の構想段階で参考にするのは一つの手段です。例えば、「AIを活用した業務改善」や「サステナブルな素材開発」など、技術に寄ったテーマでは、開発プロセスや業界慣習に関する知見が有用です。

ただし、ここで重要なのは「インタビューの目的」です。顧客インタビューを置き換えるものとして専門家に頼るのは避けるべきです。とりわけ事業開発初期においては、「顧客の痛み(ペイン)」や「顧客の具体的な行動(ジョブ)」を直接聞き出すことが、成功のカギになります。

しかし、上記で書いた通り、マーケットトレンドを予測させようとすると、深刻に的外れな観測が出てくるという問題も生じるのです。

マーケティング戦略の策定

エキスパートが語る市場の動向は、マクロな視点での分析には役立ちます。しかし、「その戦略で本当に商品が売れるのか?」という最終判断を下すには、やはり実際の顧客の行動をつぶさに見る必要があります。

顧客が「買う」と言ったのに実際には購入しない要因

──そんな肝心かなめのギャップが、エキスパートインタビューではしばしば見落とされるのです。

エキスパートインタビューの限界

エキスパートインタビューには、以下のような限界があります。

歴史上、いかに、エキスパートの意見は的を外してきたか?

「ヘイ・ジュード」ならぬ「へぇ~、誰?」

1962年、リバプールの4人組バンド(当時からマッシュルーム頭だったかどうかは不明)が、デッカ・レコードのオーディションに挑みました。彼らの名はビートルズ。

しかし、デッカの重役は

ギター・グループは消えゆく運命です

と断言し、彼らを落としてしまいました。

想像してみていただきたい。もしビートルズが彼らの意見を鵜呑みにし、なんせエキスパートのいうことだからあきらめようとなっていたら、私たちは「イエスタデイ」を聴くことはおろか、「ヘイ・ジュード」と叫ぶこともなかったかもしれません。

ビートルズが世界を変えた7つの偉業を立てる前に、彼らはまず「エキスパートの壁」を突破しなければならなかった、というわけです。

「iPhoneなんて日本で売れるわけない」という大合唱

2008年、iPhoneが日本に上陸した時、国内の携帯電話メーカーの反応は冷ややかでした。「日本の携帯も十分に多機能だ」と、彼らは口を揃えて言いました。

日本のユーザーには使いにくいとされた、具体的な理由は以下の通りです。

キーボードがついていない・ワンセグや絵文字、FeliCaがついていない・片手で使えない

……今となっては全くどうでもよい、欠点とは全く言えない指摘ですよね……

某ガラケーメーカーの通信システム事業本部長は

日本の携帯電話の文化として、メールを使う文化がある。ユーザーにとってもメールが使いやすいかどうかがケータイを選ぶポイントになっている。そのため、日本ではキーボードが必須である。これまで当社が培ってきたユーザーインタフェースと、進化した新たなインタフェース技術を組み合わせることで、iPhoneには太刀打ちできると考えている

と自信たっぷりに語りましたが、結果はどうだったでしょうか?何社のガラケーメーカーが「太刀打ち」できましたかね?

「トーキーなんて誰も見たくない」という大誤算

1920年代後半、サイレント映画全盛の時代に、トーキー(発声映画)が登場しました。ワーナー・ブラザースは1926年に、ヴァイタフォンというトーキーシステムを開発。しかし、多くの映画関係者、すなわちエキスパートは、「誰もこんなの見たくない」と考えていました。

ところが、1927年に公開された最初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』の興行的成功は、倒産寸前だったワーナー・ブラザースを立ち直らせただけでなく、ハリウッド全体にサイレントからトーキーへの変革をもたらしました。「The Terror」(ザ・テラー/恐怖)と呼ばれたトーキーは、まさに既存の映画産業にとっての「テロ」だったのかもしれません。

1920年代後半と言ったら、大恐慌を次に控えていた時代。その大恐慌時代に、しかしハリウッド映画が空前のブームに沸くのは、まさにこの「エキスパートに馬鹿にされた」トーキーがあったおかげなのです。

SPOTIFYの登場:ナップスターの二の舞?

2006年、音楽ストリーミングサービスのSpotifyが登場した時、多くの投資家は懐疑的でした。その理由は、二つ。

  1. 「レコード会社の状況はさらに深刻化していた。 (中略)音楽業界全体で見れば、1年で約10億ドルの減少が続いている。」[出所] スベン・カールソン、ヨーナス・レイヨンフーフブッド 著, 「Spotify――新しいコンテンツ王国の誕生」, ダイヤモンド社刊
  2. ほんの数年前に起こったナップスターのスキャンダラスな失敗。

ナップスターに投資をつけたVCたちは、音楽業界との著作権問題で大きな損失を被り、業界内で馬鹿にされていました。そのため、Spotifyの登場時、多くの投資家はまた同じ轍を踏むのかと冷ややかな目を向けたのです。

しかし、Spotifyの創業者ダニエル・エクとナップスターの共同創業者ショーン・パーカーは、過去の失敗から学んでいました。彼らは、音楽業界との協力関係を築き、合法的なビジネスモデルを構築することに成功、ついには音楽業界の不況すら立て直してしまいました。結果として、Spotifyは音楽ストリーミング市場のリーダーとなり、音楽産業に革命をもたらしました。かつてナップスターに投資して失敗したVCたちを馬鹿にしていた人々は、今度は自分たちが時代に取り残されることになったのです。

 

なぜこれほどエキスパートの意見は、イタイ的外れになるのでしょうか?

それは、エキスパートであればあるほど、

「市場はこのままであり続けていくだろう」という、実は全く無根拠な現状維持バイアス

の犠牲になるからです。

この最も大きな問題以外にも、エキスパートインタビューに頼るのには諸々の問題があります。

エキスパートインタビューが必ずしも成果を生まないその他の理由

第一に、インタビュー対象者である専門家自身が、顧客インタビューの実践者でない限り、彼らの「市場観」は単なる想像にすぎないことが多いです。例えば、技術系のエキスパートが「この機能は顧客に喜ばれる」と断言しても、それはあくまで彼の会社の常識、彼の思い込みにしかすぎず、多くの顧客の声を代弁している保証はありません。

実際に私は、日本における大ハードウェアメーカーの新規事業開発の大ベテラン、すなわちエキスパートに自社の新規事業 AIディアソン に関する意見を伺ったところ

これは日本の大企業には売れないから、海外に持っていきなさい

と太鼓判を押されたあと、二年に満たない間に、どうソリューションが合計 20 ライセンス以上を売り上げるベストセラーを記録した経験があります。

あるいは、報酬が発生している場(例:ビザスクなど)では、専門家も自分の「メンツ」を保つ方向に話を合わせがちであり、耳触りの良い情報ばかりが提供される傾向があります。これは、生成AIがユーザーの意図に沿って無意識に嘘をつく「ハルシネーション」と似ています。例えば、事業開発者の「このようなニーズは市場にはあるでしょうか」という質問に対し、何万円も報酬をもらっているエキスパートが、「そんなニーズなど、とことんありません」とは答えにくいので、言葉を濁すはずです。

また、専門家の同行や、肩書きを強調した形式のインタビューでは、インタビューイの内心に

そんな専門家が隣にいるのになんでまた私のところに訊きに来たのだ?

という心情が生まれ、本音が引き出せなくなります。特に、顧客自身が「評価されている」と感じると、反射的に“良い反応”を返してしまう心理的メカニズムが働きます。

さらに、「ニーズがないから失敗した」という言い回しは科学的とはとうてい言えないものではないでしょうか。ニーズの ある/なし とはいったい何を正確には指しているのか?その定義に基づいて「ニーズがあった」のに買われなかったのか?それとも競合に流れたのか?──こうした詳細な構造を、顧客本人の言葉から探る「問題(プロブレム)インタビュー」こそが、事業開発の本質です。

エキスパートインタビューの進行方法

事前準備の重要性

準備段階で最も重要なのは、「顧客の声の代替として使わない」という視点です。たとえば、プロブレムインタビューの代わりに専門家から課題を引き出そうとしても、専門家が実際にその問題を体験していない限り、信憑性は薄いものになりかねません。

適切な相手を選ぶためには、過去に実際にその市場で顧客開発を行った経験があるか、あるいは失敗から学んだことがあるか、という視点でフィルタリングすることが有効です。

インタビュー実施の方法

インタビューの場では、情報を引き出すというよりも「仮説を検証する場」として位置付けることが重要です。特に顧客の心理や行動について尋ねる場合は、専門家の意見がバイアスに満ちていないか、常に問い直す姿勢が求められます。英語でいう、

What makes you think so? /いったい何がきっかけであなたはそう考えるようになったのか?

という質問が、インタビューの深堀では有効です。

インタビュー後のデータ分析と活用

インタビュー後の分析では、得られた発言をそのまま鵜呑みにするのではなく、「これはエビデンスか、それとも解釈か?」を区別しながら構造化する必要があります。昨今ではここで生成AIがフル活用できるでしょう。

エキスパートインタビューを成功させるためのポイント

対象者の選定とリクルーティング

エキスパートとしてインタビューする相手を選ぶ際は、肩書きや知名度ではなく「その人がどのような顧客接点を持ち、何を見てきたか」に注目しましょう。

有益な質問の作成

質問の内容は「顧客がどう考えたか」ではなく、「顧客がどう行動したか」にフォーカスしましょう。

インタビュー中のコミュニケーションスキル

エキスパートが語る内容を、仮説の一つとして受け止めつつも、相手が気分を害さないようにバランスを取ることが大切です。気分を害した人間はしばしば貝のように黙り込むからです。エキスパートがあなたの事業アイデアを忌憚なく酷評するような状況が造れたら、あなたもインタビューアとして一人前、ということになるかもしれません。

まとめ:エキスパートインタビューの価値と今後の展望

エキスパートインタビューは、あくまで「補助的な情報源」として活用する限りにおいては、今後も価値ある手法として機能する可能性があります。

ただし、新規事業開発において顧客の痛みやジョブを直接捉えるべき領域では、その情報の限界を理解することが不可欠です。顧客インタビューを置き換えるものでは決してありません。

今後は、生成AIとエキスパートインタビュー、そしてプロブレムインタビュー(よろず相談会)を組み合わせた「ハイブリッドな探索型仮説検証」がスタンダードになる可能性があります。

繰り返しますが、「顧客の声=エキスパートの声」ではないのです。その違いを見極め、使い分けることが、次世代のビジネス構築には欠かせないスキルとなるでしょう。

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