前の記事では、顧客インタビューの種類について論じました。この記事では、
女にまるでモテない男は、事業開発がうまくできない
という私の持論を解説します。
多少のバイアスは入っているでしょうが、下記の記事を読んで頂けたら、まんざら的外れとも思えなくなると思います。
そしてお客様は黙った
私にその核心を板かせた営業さんとは、前前職の時代に出会いました。
当時私は、IoT機器をコントロールする、あるplatformの事業開発を手掛けていました。
その時のスキームは、以下のようなものでした。
(0) お客様 ー (1) SIを務めてくださるパートナー ー (2) IoTのHWを開発したディストリビューター ー (3) SWを手掛ける当社
その、(0) 某大手インフラ事業者のお客さまとのMTGには、
(1)と(2)のそれぞれの営業さんと、私の3名でうかがいました。
(2) の営業さんが、着ているものに全く構いつけない、前頭髪の後退も甚だしくなってきた50台のおじさんでした。
その、イケオジから100光年ほど離れたところに生息しているおじさんが、
我々が 共同で開発しつつあるIoTのソリューションの売り込みを激しく行います。 しかし、お客さんの顔色は優れません。
「ご提案ありがとうございます。残念ながら、弊社グループのR&D機関がすでにほぼ同様のソリューションのPoCを実施しているので………」
「そうですか、しかし、その方式ですと、いささかインストールと保守が大変だと懸念されます」
「そのR&D機関もIoTの専門家を雇っておりまして、それなりにがんばったのですよ」
「承知しました。それでは、これこれこのようにPoCのシナリオを変えませんか?」
おそらく、家族の生活が懸かっているのでしょう、モテない営業は、必死で食い下がります。
事態は悪い方向へ展開します。お客さんがにわかに口を閉じたのです。
(1)SIerの営業さんと私は、顔を見合わせました。お互いの顔に、同じことが書いてあるのを、互いに読み取りました。
「承知しました、 では、その話ではなくて、
我々の持つこんな別のソリューションは検討の余地ございますでしょうか?」
と(1)SIerの営業さんが切り出すのと、
と私が切り出すのがほぼ同時でした。
ところが、(2) のモテない営業マンは、我々の話を腰を折ってまで、続けました。
「ではこうしましょう、シナリオを変えたうえで行うPoCですが、弊社持ち出して行わせていただきますので
場所だけ貸していただけませんか?」
お客様はついに完全に沈黙しました。
その(2) オヤジが私の隣に座っていたら、そのすねに痣ができるほど、テーブルの下で蹴りつけていたと思います。
さんざんな結果に終わったミーティングの帰り道、私が言葉を発する前に、(1) SIerの営業さんがおっしゃいました。
「あのひとをスキームから外しましょう。 富岡さん、別の面白いネタがあったら他のお客さんにつなぎますから、教えてください」
お客様の貴重な1時間をいただいて、我々の3人時間の工数をかけたミーティングの成果は、
たった一ビット、0/1の情報
でした。すなわち、
お客様は我々の既存のソリューションは必要としているか、否か?→不要だと思っている
事業開発/事業再生のエンジン:顧客インタビューで唯一本当に必要なこと
私は10年前まで、人の話を全く聞かない、自分の話しかしない、ひどい人間でした。ところがここ数年、
富岡が相手だと、なぜか他の人には話せないようなセンシティブな話までしてしまう
と、初対面かそれに近い相手から言われることが、年に一度や二度ではありません。
顧客インタビューの唯一の要諦:あなたはひとの愚痴をひたすら何十分も聞き続けられますか?
私がこうなったきっかげの一つが、母の手術でした。
脳の病気を患った母は、手術で一命をとりとめたものの、意識レベルが低下したまま、何週間も入院していました。
いわば老々介護の状態で、父が入院した母の見舞いを毎日毎日休みなく面会時間いっぱい行っていたのですが、
こちらはこちらで家族もあるし、おいそれと支援に行けません。
しかし支援にいけないことで、父にも過労で倒れられた日には、もっと大変なことになってしまいます。
そこで私は、父に電話をかけて、話を聞くことにしました。ガス抜きをしようと思ったのです。
最初の電話で、父が私に、病院側の対応が甚だ納得いかないと、悪口を言われました。
しかし、母が倒れてから50冊以上の脳梗塞の本を読みこんでいた私は、
病院の対応は、医学的には筋が通っていて間違っていない
と思いました。
そこで私がやったことが、病院の対応の背景にある、医学的な事情を論理的に説明し、説得することでした。いわば、
正しいソリューションを提示した
わけです。
ところが、です、論理的には私のほうがどうみても正しかったにもかかわらず、父は驚くべき行動に出ました。
もういいよ、わかった!
と叫んで、電話をブチっと切ってしまったのです。
私はびっくりしましたが、このやり取りの後に、よくよく考えて、方針をがらりと変えました。
次回から、父と電話を話す際は、父がどんな愚痴を言おうが悪口を言おうが間違った判断をしていようが、
父の言葉の最後をオウム返し※するだけで、一切意見をさしはさまない
という、とにかくひたすら徹底的に父の話を聞き続けるだけの電話にしたのです。
※この「ひたすらオウム返し」というやり方は、
クリーンランゲージ
という、顧客インタビューには必須のコミュニケーション手法の、基本の基です。
参考文献:
正直、これを遂行するのは、難行苦行でした。
父には申し訳ないですが、父の発言にはしょうもない愚痴も含まれていましたし、
折に触れて、どうしても父を論破したい衝動がつき上げてくるからです。
父との電話が終わるとどっと疲れたのを今でも覚えています。
しかしこれは、
自分自身の無意識を陶冶する
には最高の訓練でした。
何度かこのセッションをやって母が退院した後、父はこういってくれました。
あのときは、たすかった
ここで考えていただきたいのは、論理的には、私の医学に依拠した助言が正しかったにもかかわらず、
結果として家族のエコシステムを救ったのは、私の、
ひたすら父のいうことを聞き続ける
というだけの、一見非論理的な、どろくさい行為だったということです。
この経験以降、私の顧客インタビューは、格段にうまくなりました。
放っておいても、顧客のほうが、次から次へと自社の抱えている困りごと、悩みを
吐露してくれるようになったのです。
事業開発の必須スキル、インタビュースキルの計測方法
日本で新規事業開発の権威と称される人物の、顧客インタビューに関するセミナーを聞いたことがあります。
その時のスライドに、
顧客インタビューのコツは、顧客に弟子入りするつもりで、その教えを乞うことだ
と大真面目に書かれていて、失礼ながら、失笑しました。
言わんとしていることはわかりますが、ぶっちゃけ、これほど役に立たない助言も珍しいでしょう。
こんな助言より、男性のアーントラプレナー/イントラプレナーの方々にはるかにオススメの、
自らの顧客インタビュースキルを測る方法があります。
COVID-19の影響がおさまったら、女性のいる夜の店に行ってください。金もかかるので、一度でいいです。
私は、何にも面白くないですし、冒頭で取り上げたようないかにもモテないオヤジ客ばかり目について
非常に不愉快なので、付き合いでなければこの類の店には断じて行きませんが、
読者に試していただきたいのは、そのような店で、
自分の話を女性にほとんど聞かせることなく、席についてくれた女性にどれだけ喋らせることができるか?
です。店を出た後、その女性の情報をどれだけゲットできたか、をKPIとしてください。
何歳くらいなのか?どこ出身か?昼間の職業は?何が趣味か?どんな男性とどんな付き合いをしてきたか?
こんな些細なエクササイズを苦しいと感じるようでは、インタビューを受ける顧客も、
本音がいえないな、このインタビューアには………
と慨嘆している可能性が高いですし、
事業開発にとって何より大切なお客様の内情を、深いところまで学習できていない
と思います。
こんなこと自慢しても始まらないので、あくまで、お前はどうなんだといわれるのを防ぐための布石ですが、
私は、お客様のお気に入りの嬢が在籍する夜の店に幾度かご一緒したとき、
面倒くさいので同じ嬢の方を指名していたのですが、そういう世界ではあり得ないことに、
その嬢の方に、昼間の仕事の名刺をそっと渡されたことがあります。名刺の裏には、
あなたは私のオアシスです
と書かれていました。
嬢の皆さんは、みな、内心ではこう思っているのです。
どいつもこいつも、コーデがクソダサいし、嘘まみれのモテ話、武勇伝しかしやがらない。
カネもらっているから、毎晩同じような話を徹夜で何度も何度も聞いてやっているんだ、こっちは。
ビジネスだから媚を売っている、ということがわからないバカが、なんで自分はモテると勘違いできるんだ?
だから、ごくごくたまに、しょーもない自分話、自慢話を全くせず、口説いてもこないで、
ひたすら自分の話を大切に聞いてくれる、おしゃれに気を遣っている客が現れると、
たいしてイケメンでないおじさんでも、どんな手を使ってもキープしたくなるのです。
何てくだらない記事だ、キャバクラでモテるモテないの話はどうでもよい
全くおっしゃる通りです。
私のポイントは、夜の店という、「他社との差別化」が異常に簡単な空間ですら相手を引き付けられないあなたが、
顧客インタビューを実施したとき、お客様が下記のようには絶対思っていないとなぜ保証できるか?です。
こいつ、こっちが興味がないといっているのに、自社のソリューションの売り込みしかしやがらない。
付き合いがあるから、忙しい中話を聞いてやっているんだ、こっちは。
こちらが、ビジネスだから仕方なく時間を割いてやっているという簡単なことがわからないバカが、
なんで魅力のあるソリューションを開発できるのだ?
果たして顧客は馬鹿なのか?
顧客インタビューの際、私が自分に禁じていることがいくつかあります。そのうちの一つは、
このインタビューイは馬鹿だ
と断じることです。
ここで語った通り、エリック・リース氏のIMVU時代の最初のユーザテストのインタビューイは、女子高生でした。
その女子高生は、リース氏たちの期待通りには、サービスを使ってくれませんでした。
もちろん、リース氏は言葉には出しませんが、いくつかの氏のインタビューで、この最初の女子高生をユーザとして軽視し、
まあ、この子は使ってくれなくてもいいやと思った
と思ったと発言しており、心の中ではバカにしていたかもしれません。
このような気持ちに私もなったことがあります。
こんな正論が通らないバカな企業の客は、別段俺の優れたサービスを使ってくれなくても構わない
と思ったことは、正直、一度や二度ではありません。
しかしこれは、人間が自分に好ましい情報のみを判断材料としてくみ取るという、
確証バイアス
そのものです。これは、
おれは50冊も脳梗塞の本読んだのだから、オヤジなんかよりもよほど正しい
といっていた時の私からサッパリ進歩していないということです。
そのことに気づいた私は、この客は頭が悪いと失礼ながら感じてしまった時は、
相手が自分たちの開発しようとしている顧客セグメントの、現時点では(Tech Adoption Cycle上の)範疇外にいる
か、
インタビューアである自分のほうがよほど馬鹿で、サービスに欠陥がある
と疑ってかかることにしました。
そのおかげで、得られる情報量が飛躍的に増えました。
ごく最近も、売り込みという意味では失敗に終わった顧客インタビューから
自分たちのサービスの欠陥に気づいてすぐにそれを修正、次のお客様に
そこまで行き届いたサービスならぜひ欲しい
といっていただくことに成功しています。
この記事で取り上げた日本マクドナルドのカサノバ社長も、どんな顧客を相手にした時も、
絶対にお客様が馬鹿だと思ったことはないはずです。
顧客の声に謙虚に耳を傾けない限り、ああしたV字回復は望みようがありません。
次回、顧客インタビューを実施するとき、読者のあなたは、
1時間の顧客インタビューで50分以上顧客がしゃべっている
状況を創り出して下さい。
そうしたマインドセットが、成功する事業開発では最も大切になります。