事業再生のカギ:偽りの指標に騙されるな

事業再生のカギ:偽りの指標に騙されるな

事業再生のカギ:偽りの指標に騙されるな

イントロダクション

先年の人間ドックで、

家族性の高脂質症

疑いと診断されました。

一般には「悪玉」と呼ばれるLDL(Low Density Lipoprotein:低比重リポタンパク質)の数値が非常に高く、

コレステロールを下げる治療をしてください、というわけです。

結論言ってしまいまいますと、コレステロール下げる治療、やっていません。

十把一絡げのLDLの総量と、動脈硬化との間には、直接の因果関係がない

からです。

私は10年来、LDL高めとされてきたので、

コレステロールのメカニズムについては、めちゃめちゃ調べできました。

その結果、複数のペーパー、医学論文を読んで、上記の医学的な事実を突き止めています。

特に下記の参考図書は、LDLが悪玉とされたのは、

草食のウサギに無理やり肉を食べさせ、当然、ウサギの体が異常な反応を見せるのを、

LDLのせいにしたというアンフェアな医学論文のことを教えてくれ、

問題なのはLDLではなく、

サビた(酸化した)LDL = LAB(LOX-1 ligand containing ApoB)

だけだということを教えてくれました。

診断下してくださった女医さん、なかなか面白い若いドクターで、

あなたのLDLにちょいワル(普通のLDL)が多いのか、極悪(LAB)が多いのか、この検査だけではわかりません

と、ユーモラスな喩えで、私の疑問に答えてくれました。

で、この診断の後、私は、「LOX-index」という、

血中の酸化したLDLを狙い撃ちで計測する、保険のきかない高価な検査を受け、

LABは、理想的な状態にあと一歩

という結果を得たので、新たに1時間の散歩を日課に加え、

定期的にコレステロール値を測るだけで、治療は行っていないわけです。

ここで取り上げたLDLの総量のように、

一見、大勢に影響を与えそうに見えても、その実、さほど意味のない数値

を、The Lean Startup Method/リーンスタートアップメソッドの生みの親エリック・リース氏は、

バニティ・メトリックス/偽りの指標
と呼んでいます。

ビジネスプランの欠点

さて本題。

申し訳ないのですが、しつこくビジネスプランがもたらす弊害について議論し続けます。

私が見る限り、特に最初に策定した「ビジプラ」は、以下の理由で、
速攻で再生ゴミに分類して捨て去るべき
代物です。
  1. 一度策定し承認されてしまったら、PoCをやるまでは、大きな方向転換(ピボット)がしにくい
  2. よいROIが出ますと主張するが、そのRが全くの妄想であり、信じられないことに、
    事実上、妄想であってもよいと、社内で公認されている
  3. 鋭意努力をつぎ込めばつぎ込むほど、かわいくなって、捨て去りにくくなる(イケア効果)
  4. PoCの開始時期までに製造を完了させることそのものが目的にすり替わる
  5. 記載されている数値がことごとくバニティ・メトリックスである
①、②はすでにリンク先の記事で論じましたので、そちらをご覧ください。
③については、デザイン思考と絡めて、あらためて他の記事で議論します。
本記事では、④、⑤について深堀していきます。

新規事業開発のタブー:社員が無償のPoCをこなした実績で評価されてしまう?!

…………なんてこと、御社ではございませんかね?
これ、わるいけど、ちょっとおかしいわけです。
そもそも、会計制度では法人を、
将来にわたって永続的に存在するもの
と定義しています。mortalである/いつか死ぬ 自然人の定義とは、ここが全く異なるわけです。
そして、営利企業が永続的に存在する=going concern するためには、
未来永劫、コストを賄える顧客価値を生み出し続けること
が、法人の当然のミッションとなっており、
それを株主が納得いく形で説明するのが、すべからく経営陣の義務です。
ですので、世の中には、
無償のPoC、よく頑張って実施したね、大変だったろう
と、
無償のPoCを実施した件数を人事評価してしまう
と、株主総会で、
なんじゃそら、私の金を無駄に使うな!
とヤジられたら、経営者は、ぐうの音も出なくなるわけです。
無償のPoCを実施した
=自分の会社の経費を使ってしまったのは確実だが、顧客に価値を生み出したかどうかはわからない
ってことですから。
Anything that does not provide value to the customer is a waste.
顧客に価値をもたらさないすべて(のもの、活動)は無駄だ。
(J. J. デルガド氏、リース氏の書籍 “The Lean Startup” の Linkedin 上の書評にて)

でも、その会社の経営陣の苦しいお気持ちも、察してあげていただきたい。

新規事業など当たり外れがある、だから顧客の価値を将来生み出すかどうかわからない
しかし、人事評価上のインセンティブが何らない状態だと、今度は社員が何もやろうとしない
このジレンマを解消するために仕方なくこうしているのだ

この困ったジレンマはどこから来るのでしょうか?

原因は3つあります。

  1. 新規事業は、無償のPoCができる「Minimum」Viable Product まで
    少なくてもプロダクト開発が進まないと、価値が測れないと、思い込んでいる
  2. そもそも、Yコンビネーターが絶対の禁じ手としている「無償のPoC」を実施してしまっている
    α版とかβ版とか、僕には定義がよくわからんけど、とにかく、顧客に対する課金はASAPでしろ
    YコンビネーターCEO マイケル・サイベル氏、スタートアップの創業者に対して)
  3. 新規事業を含めたすべての事業を、P/Lとくに新規事業の場合は RoI で測るしか手段がない

②は別の記事で詳細に論じます。

③については、前の記事で議論しましたが、後にさらに深く議論します。

①みたいな

思い込み

に経営陣がしばられると、どうなるでしょうか?

経営陣は、その新規事業が本当に顧客にとっての価値を創造するかどうか極めて疑わしいにもかかわらず、

「Minimum」Viable Productの開発の進捗と予実管理

で、新規事業を評価するしか、なくなるのです。

このKPIの中のどこに、顧客にとっての価値、含まれてますでしょうか?

以下のような悲劇を、この計測方法で、避けることははたしてできますか?

担当が一所懸命にビジプラを社内の壁打ちで一か月近くかけて仕上げ、
Minimum??? Viable Product を会社の資金1千万とチームの半年の工数かけてつくり、
一年間無償のPoCをつつがなくまわして人事評価は高かったが、
ついに誰も買わなかった
さて、次の株主総会、どう準備しましょうか?

事業再生の道が見つからない:
「フリーミアムで獲得した顧客/ユーザベースをどう活用してよいかわかりません」

ビジネスプランはフォーキャストと予測で構成されており、これらは常に、グロスのメトリックス建てである
(これらは、リーンスタートアップ運動の中では、バニティ・メトリックスと称される)。
出典:

エリック・リース氏は、自らが手掛けた3社目のスタートアップIMVUの成長を示す

ホッケースティック曲線(数値がしり上がりにあがっていく曲線)

を、自著 THE LEAN STARTUP で例示し、自らこう解説しています。

毎月、会社は新しい顧客を獲得することができ、ROIはプラスである。
これらの顧客からの収益は、次月に投資され、さらなる新しい顧客を獲得する。
この(ホッケースティック状の)成長はここからきている。
太文字筆者)
しかし、と自らリース氏は、これが誤魔化しの指標であることを、自ら厳しく指摘します。

IMVUは新しい顧客を追加し続けているにもかかわらず、 (コホートの)それぞれのグループからの収益は改善していない。
IMVUの(成長)エンジンはチューニングされているが、そのチューニングの努力は大した成果を生み出していない。
伝統的なグラフのみからでは、IMVU が持続可能なビジネスを順調に構築しているかどうかは、読み取れない。
もちろん、IMVUのチームがどれだけ効率的に経営しているのかも、見当がつかない。
イノベーション会計は、グロスの数値などの、このようなバニティ・メトリックスでミスリードされていると機能しないのだ。
代替手段は、自分たちのビジネス、自分たちの学習のマイルストーンが判断できるようなメトリックス、私が

アクションに結び付くメトリックス

と呼ぶものである。

出典:

バニティ・メトリックス
のバニティとは、虚飾の/誤魔化しのという意味で、化粧台は英語で a vanity miller と呼びます。
リース氏はこの偽りのKPIをもって、スタートアップ/新規事業は、投資家/稟議承認者のみならず、
自分たち自身をもだます
と厳しく指摘します。
このバニティ・メトリックスには、以下のような数値が、残念ながら、含まれます。
Vanity Metrics の例
Gross Revenue/益金
Gross Profit/粗利益
Growth Rate/成長率
総ページビュー数とその伸び率
総ビジット数とその伸び率
総いいね!数とその伸び率
アプリ/コンテンツの総ダウンロード数とその伸び率

残念ながら、と書いたのは、読者の皆様お気づきの通り、

このような数値こそ、ビジネスプランにしばしば出てくるものだからです。

ホッケースティック曲線式に粗利が積みあがってきていたとしても、

あるコホート(使い続けてくれているユーザ群)からの利益が拡大していないのであれば、

それは経営のパフォーマンスが上がっていないということです。

また逆に、PayPal がスケールアップに悪戦苦闘していた時期のような、逆の状態もあり得ます。

PayPalの最初のユーザベースは24人、PayPalの従業員全員だった。
バナー広告で顧客を獲得するのはコストがかかりすぎると判明した。
しかしながら、サインアップしてくれた人々に直接ペイバックし、
口コミで紹介してくれたらさらに報酬を支払うというやり方で、PayPalは目覚ましい成長を成し遂げた。
このやり方のコストは$20/顧客だったが、7%/日で成長した、
つまり、我々のユーザベースは10日ごとにほぼ倍に増えていった。
四、五か月で、数十万のユーザを獲得し、
CACを最終的にははるかに上回る小額の手数料の送金というサービスで
巨大な企業を築く持続的なチャンスをものにした。

出典(上記は原著からの意訳):

この節のタイトルにさせていただいた

「フリーミアムでプラットフォーム上に獲得した顧客をどう活用してよいかわかりません」
という言葉は、冗談でなく、ある会社から聞かされた言葉です。
これなどは、典型的に、バニティ・メトリックスに引っ張られた気の毒な結果ですが、
このようなことにならないようにしたいものです。

大成功した WealthFront 社の事業再生

これらのバニティ・メトリックスに振り回されるのを防ぐためには、

エリック・リース氏のいう、

イノベーション会計

をきちんと定義し、トラッキングしていく必要があります。

イノベーション会計を本格的に語りだすと多数の記事を新規に書き起こす必要があるので、

本記事の中では、バニティ・メトリックスをちゃんとそれと認識して、

無視した
いい例を紹介します。

これも上掲の THE LEAN STARTUPに掲載されていたものです。

kaChing.comは、

Customer Segment: アマチュア投資家
Value Proposition: 面白いオンライン投資ゲーム+同じアルゴリズムを使った投資信託分析サービス

というビジネスを展開していました。

ちなみにkaching/カチンとは、レジが動くときの「チーン」という擬音です。

このオンライン投資ゲームはフリーミアムで、

450,000人

ものゲーマーが参加する、人数だけを見れば、「大ヒット」ゲームにたちまち成長しました。

彼らが創業当時掲げていた価値仮説は、以下のようなものでした。

kaChing.com のフリーミアムの投資ゲームの中で、十分に多数のプレイヤーが、
アマチュアながら、ファンドマネージャーとして、実戦でも儲けられる才覚を示し、
アマチュアの中にも投資信託で成功する者が現れることを示すだろう
成長仮説は、以下ようなものでした(価値仮説と成長仮説については別の記事で詳説)。

才覚のあるアマチュアFMをしり目に、自力では十分にうまくお金を増やせないと自覚した一般的なプレイヤーは、
現実の投資信託分析サービスが提供されたら、有償でもそちらを使うだろう

そして実験結果は以下の通りとなりました。

KPIと実験結果 データの意味 実験結果
450,000人ものゲーマーがプレイ
ゲームはフリーミアムなので、意味なし
7人しか、ファンドマネージャーとしては、才覚をあらわさず アマチュア投資家は、現在のサービスのターゲットとして顧客としては魅力的でない ×価値仮説を否定
有償サービスへのコンバージョン率:ほぼゼロ このサービスは全くスケールしない ×成長仮説の否定
7人のプロ投資家が電話してきた プロが自分たちのアルゴリズムを評価している 〇新しい価値仮説を示すサイン
この実験結果を受け、kaChing.comの経営陣は、どうしたと思いますか?
45万人ものユーザがいたにもかかわらず、
既存のゲーム事業をクローズして(たぶん轟々たる非難だったでしょう)、
ピボット/事業転換

し、以下のような事業を始めました。

Customer Segment: プロ投資家
Value Proposition: 資産管理サービス

着目すべき指標はフリーミアムのサービスに積みあがったユーザベースではなく、

無料サービスから有償のサービスへのコンバージョン率でした。

これがほぼゼロということは、いまのサービスはサービスとして失格ということです。

ゲームのシステムもタダで維持できるわけではないので、いまのサービスは、

やればやるほど赤字が積みあがるだけです。

一方で、意外なことに、アマチュアでなく、プロの投資家がこのサービスに興味を抱いてくれました。

すなわち、提供しているものはよかったが、刺さるお客様に刺していなかったのです。

これは、新しいサービスの萌芽であるわけです。

そこで、kaChing.comはカスタマーセグメントピボットを決行しました。

かなりの出血をもたらしたであろうピボットですが、

この事業が、ロボット資産管理サービスの草分け WealthFront の基礎を築いたのです。

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