派生型新規事業開発の鉄則:NTT東日本はいかなるドローンを開発すべきか?

事業開発の基礎・自社の強みの発見

派生型新規事業開発の鉄則:NTT東日本はいかなるドローンを開発すべきか?

イントロダクション

NTTグループの会社の社長の一人が、どの会社の社長の発言か失念してしまったのですが、

既存事業で収益の高いものがあると、どうしてもそれに頼り切ってなかなか新しい事業の柱を造りに行く気になれない

と発言されていたという記事が、昨年、何かの雑誌に載っていました。これは両利きの経営の難しさを端的に表しています。

(いきなり余談ですが、日本レジストリサービスのような会社も、経年劣化でこのような状況になるのかもしれません。)

NTTグループの通信関連事業群は、レッドオーシャンに包囲された状況といっていいでしょう。

NTT東日本の有価証券報告書を見ると、

8,119千(2019)⇒7,528千(2020)と、Technology Adoption Cycleの右端にいた、固定電話など使いもしないのに、よく考えずに、なんとなくそのまま家の中に電話機を放置してしまっている頼みの綱の既存顧客たちも急速に離れ(一年で実に △590千 △7.3%)始めていますし、ほんの数年前まで圧倒的に携帯電話業界をリードしていたNTTドコモもまた、現在は第3位に甘んじ、殿様商売ぶりをかなぐり捨て、アハモで、楽天モバイルの価格 ¥3000弱/月に、もろぶつけに行くというなりふり構わない施策に打って出ています。

一昔前なら公取委やマスコミから非難囂々だったはずのNTTドコモの、4.3兆円を投じたNTT子会社化、併合は、ある意味寂しい感じで、世間にスルーされました。

昔はS&P500のトップに君臨していた巨竜が、持ち株の澤田社長の指揮のもと、ようやく逆襲に打って出ようとしています。

NTT東、ドローンなど新規事業に3万人配置 社員の半数

私が本記事を書こうと思い立った理由が、この記事です。

NTT東、ドローンなど新規事業に3万人配置 社員の半数
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC261UK0W1A221C2000000/

電話も光回線もレッドオーシャンの最たるものとなり果てたいま、澤田社長はNTT東をスマートワールドと称する、街づくりや工場などのデジタル化のサービスの先兵としてポジショニングしなおしています。

以下では、NTT東日本がどの方向へ向かおうとしているのか、あくまで外から見える情報に基づきますが、分析していきたいと思います。

派生型新規事業開発の原則1:顧客からストーリーが明確に見え、断点がない

下記「あわせて読みたい」にリストした記事で議論した通り、

なんでまたこの企業がこんなサービス始めたのだ?

というサービスは、いっても、せいぜいが「下の上」です。

NTT東日本(神奈川事業部),一般社団法人KAKEHASHI, JMAMが横須賀で農業・漁業の課題解決に挑む

というPRを読むと、東日本は、ローカルの隅々まで行き届いた固定回線網を用いて、地域振興のビジネスに打って出たい、というビジョンが見えなくはないです。

同社の神奈川事業部のサイトを見ると、

新しい働き方としてテレワークの推進が求められていますが、オフィスのパソコンに接続することがテレワークではございません。会社への「リモートアクセス環境」に加え、社内外との「音声通話環境」や「コミュニケーションツール」の整備、情報セキュリティ対策などが必要になってきます

と、地域ビジネスへの貢献の一つの形が謳われてあります。私がこれを読んで、少なからずびっくりしてしまったのは、回線網を敷いたもの勝ちで悠々と売上を立てていたあのNTTが、かくもスケールしにくいビジネスを始めていた、ということを知ったからです。かつてのNTTグループといったら、新規事業を造るときに、1000億以上の年間売り上げを建てられないような事業企画を持っていったら、「こんな小さなビジネス、うちの会社で始められると思っているのか!」と、稟議のときに怒られ突き返されたと小耳にはさんだことがあるくらいですから……(嘘かほんとか知りません、NTT様、嘘でしたら申し訳ございません)

土管屋になってはだめだ、上のレイヤーのビジネスを組み立てろ

という至上命令が末端まで浸透しているのでしょう。ここは経営努力を素直に認めるべきだとは思うのですが、いま一つ必然性を感じないです。例えば、NTTコムがこのビジネスやるのならまだわかるのですが、いちばん下のレイヤーのインフラを持っているだけのNTT東日本がわざわざなぜ?という疑念がぬぐえません。

Amazon.com がAWSを始めたのは、Twitter や Slack などと一緒で、自分たち自身が助かるオペレーションシステムを社内でまずは徹底的に洗練させ、出来上がったものを外だししてサービス化した、というもので、ここには全く無理がありません。

しかし、NTT東日本の、

土管を持っているから、その上のアプリケーションレイヤーも弊社にぜひお任せあれ

というストーリーは、かなり苦しくないでしょうか?残念ながら少なくても私には、NTT東日本やNTTグループのいかなる誰にも負けない強みをもってこの事業を設計し、始めたのかが、明確には見えないのです。どこの誰が固定電話や光ファイバーを使っているかを知っていたからといって、その人物がテレワークを始めたいかどうか、わかるわけがないでしょう。

この記事の下のほうで取り上げる、NTT東日本が大々的に始めたドローン事業にも、強固なストーリーが残念ながら見出しえません。

さらにダメ出しをさせていただくと、同社は、以下のような、通信に全く関係ない事業にも手を出しています。

派生型新規事業開発の原則2:バズワードをもとに事業を作ろうとし、そこからビジョンを逆算しない

イーロン・マスク氏は、

これから電気自動車がくる!

という風潮があったから Tesla Motors に出資したわけでも、

人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、すでに半世紀が過ぎていた(声:永井一郎、©創通エージェンシー、日本サンライズ)

から、ロケット事業に参入したわけでもありません。

CO2をたくさん出す自動車がこのまま増え続けていいはずがないという自分が抱いてきたビジョンに数千個のバッテリーをつないでその電力で高速で走るという、同時の誰もが狂っていると断じたアイデアの電気自動車が合致したから投資したのですし、ロケットメーカーが発注ごとにロケットをスクラッチから製造して、撃ちあげたら宇宙で廃棄という従来の手法が馬鹿みたいに無駄だと思ったから(スペースシャトルの打ち上げロケットも毎回特注生産→廃棄していた)、宇宙と地上を往復する宅急便ロケットを開発したのです。

同様にマスク氏は、スマートシティに貢献したいからハイパーループの大穴を掘り続けていたわけではありません。

DXしなければならないからDXするのだ

というのは愚の骨頂だと、下記「あわせて読みたい」にリストした記事二つで指摘しました。同様に、

スマートシティが流行だからこのドメインに打って出る

というのは、以下のことを意味します。

  1. 手段と目的のすり替え
  2. 知的怠慢
    企業も、その会社から業務を請け負ったコンサルファームも、前人未到のサービスの発想が逆さに振っても出てこないから、しかたなく流行に合わせているだけだろう?といわれても反論できません。
  3. 激しい競争が避けられない→Product/Market Fit達成が至難

むろん、澤田社長とNTT東日本がデジタルだのスマートだのといった流行語に振り回されているとは全く申し上げませんが、すくなくても私がググった限りでは、澤田社長オリジナルの強烈でクリアな世界観が、出てきませんでした。

持ち株の中計などでこれから明示的に表明されるであろう、NTTグループとNTT東日本の戦略に期待といったところです。

派生型新規事業開発の原則:たくさんライバルのいる事業分野に参入しない

最初、

NTT東日本が点検のためのドローン開発の新規事業開発を始める

という報道に接して、最初は、おっ、さすが、やるな!と思ったんですよ。

しかし、BUILT NTT東日本らがインフラ点検扱うドローン会社を設立、2021年度の売上目標は10億円という記事を読んで、1トンほどのため息が出ました。

点検する対象が、よりによってなぜ鉄塔なの?

大いに謎だな、と思いました。

この原稿執筆している2022年3月初めにおいて、drone inspection tower で google.com で検索をかけると、約 6,250,000 件の検索結果が0.55 秒で得られます。さすがGoogle速い。ってそういう問題ではなくて、カオスマップ描くまでもなくすぐにわかるのは、

それだけこの業界にはコンペがひしめいている

ということです。戸惑いながら少し調べてみると、以下のようなクロステックの記事が見つかりました。

NTT東はなぜドローン「製造販売」に進出?専業会社を譲り受けた思惑

「現在のドローン市場では、農業と点検・測量が圧倒的な2大勢力」だからだ太字引用者)。通信会社であるNTT東日本だが、実は農業との関わりも深い。同社は東日本エリアにくまなく事業展開していることを生かし、地方の中堅・中小事業者や自治体などの困りごとをICTで解決する地域密着のソリューション展開に力を入れている。なかでも農業は、2019年にスマート農業を手がける子会社のNTTアグリテクノロジーを設立するなど、注力領域の1つだ。

ということで、ドローン事業買収のストーリーは、この記事の上のほうでも触れたNTT東が途中で派生的に始めた農業のICTまでさかのぼれることがわかります。

NTT東日本は地域の隅々にまでインフラの枝葉を伸ばしている

NTT東日本は地域密着のソリューションができる

地域密着といえば、ローカルでは盛んな農業だ

農業といえば、ドローンの大勢力だ

ということらしいのですが、このストーリー、すんなり頭に入って得心が行く方、画面の前で挙手願います。…………

私の頭にパッと浮かんだのは、やはり、RIZAPであり、Netflix です。

すなわち、このストーリーにも、スマートワーク云々同様、あくまで個人の感想ですが、大きな断点があるとしか思えません。

目先の利益貢献というよりは、(NTT東日本グループとしての)引き出しを増やすことで貢献していきたい。5年後や10年後に、当社がこれだけ多くの社会課題を解決できた、NTT東日本の課題解決力を広げてきたと言われるようにしたい(NTT e-Drone Technologyの山崎顕代表取締役)

………なるほど、ご立派ですね。ぜひ頑張っていただきたい。

同事業のトップ自身が認めている通り、農業と点検・測量が圧倒的な2大勢力、すなわち

最も競争の激しいところ

に自ら覚悟して飛び込んだ、NTT東の前には、前途洋洋たる市場は、当然開けていません。ピーター・ティールの第一定理に残念ながら もとる 決断ということになります。

NTT東が本当に始めるべきだったドローン事業とは?

私が、おっ、さすが、やるな!とちょっと思ってしまった理由を説明します。

NTT東が点検ドローン事業に打って出る、この決断は、全く間違っていないと思うのです。

よりによって、そのドローンのケイパビリティが、

(橋梁はともかく)鉄塔の点検

だからです。だからため息がでました。

ではどんなドローン事業を始めるべきでしょうか?

NTT東は、まずは自分の強みの棚卸から始めるべきだったと私は思います。

通信エンジニアたちは、日本の地面の下に埋まっている回線ネットワークのほとんどがNTT印だということをよく知っています。他の事業者とコロケーション(設備の共存)することがあっても、その場所を握っているのも、必ずNTTです。すなわち、

日本一長い通信の土管、配管を持っており、その土管(とう道という)の保守点検にかけても、日本一のケイパビリティを持って

います。通信設備の保守点検という作業、一見単純に見えますが、ミスが許されないという意味において、忍耐力と綿密性を必要とする本当に大変なお仕事です。

いったんう回路まで含めて回線が落ちてしまったら、総務省からとっちめられるのですよ、責任重大。この地下迷路のようなとう道とその点検スキルこそ、

以外の何物でもありません。私がドローン事業を起ち上げるのなら、絶対に、とう道内の通信設備の点検を行うドローンを開発します。

すなわち、NTTコムウェアのもつドローンを使ったスマートメンテナンスソリューションの、ハードウェア側を、今回の買収に使ったお金をぶち込んで、場合によってはスクラッチから、徹底的に開発、洗練します。

日本一厳しくて有効なフィードバックを返せる、通信設備点検の現場が納得するドローンがいったんできてしまえば、無償のPoCなどする必要は全くありません。

自分たちのドローンで自分たちの設備を点検してOPEXを下げ、本業の利益率のアップをさせると同時に、通信設備の保守点検という、他業者がおいそれと参入できるはずのない難しい事業ドメインに投入、最初からばりばり有償で世界に打って出ます。

AWS、 Amazon for Business、キーエンスのプラットフォームサービスと同じやり方ですし、自社の事業で散々使用してきたというのは、最強のテスティモニアル(お客様の声)です。

何よりこうして出来上がったストーリーは、顧客の誰もが、それこそ小学校高学年でも納得できる単純さを誇っています。

註:上記の新規事業には、フィージビリティスタディが必要です。それは、

海外の通信事業者が、はたしてNTT東同様の とう道 とその中の機器のような構成をとっているのか?

という問題で、ちょっと考えにくいのですが、これが国内と国外で全く異なるのであれば、このビジネスの外販は難しいということになります。

NTT東は海外にも拠点を持っているので、上記のスタディの結果、この種のドローンの開発は無理だと結論付けた可能性はあります。

 

あわせて読みたい

この記事に関するコメント

  • 小島 より:

    強みを活かすことや競合がいない市場を狙うという基本的考えを抑えることが重要だと本内容を読んで再認識しました。
    一方、これといった強みがない場合、或いは強みがあるものの実質的に既存事業でしか使えない(=両利きの経営が理解されない)といった場合には、新たに強みを獲得するしかないという理解でよいでしょうか。
    仮にこの考えが正しいとして、獲得すべき強み特定のために留意すべき事項はあるのでしょうか(各々の強みに関連性がないと戦略としてチグハグになると思いますので、各々の強みが一貫性のあるストーリーで語れることが必要なように思います)

    • 富岡 功 より:

      ご質問ありがとうございます。

      まずおすすめするのは、御社の中で強みの棚卸しを行うことです。富士フィルムが2000年前後の銀塩フィルム市場の急速な縮退時に行ったような、です。
      ビジネスモデルキャンバスを作った、アレックス・オスターワルダーの講座に参加すると、自転車2台を使ったビジネスを短時間に何個も案出するといったワークショップがあります。
      これは、ともすると強みでないと思われるような(NTTのとう道のような)資産であっても実は強みであり、それを基軸にして新規事業を起こすというトレーニングです。
      /2021/12/05/strength2/
      私がファシリテートする「強み発見ワークショップ」でも同様の効果が望めますが、そのノウハウは無料のブログでは公開できません。

      次に、いきなり強みを買収などの手段でゲットしに行くというリスキーな方法ではなく、小粒のケイパビリティを自社のスタッフで温め始めるのがおすすめです。
      Airbnbの創業者ゲビア氏とチェスキー氏は、二人の根性(レジリエンス)以外の強みを持ち合わせていませんでした。
      しかし、倦まずたゆまず起き上がりこぼしのように失敗と改善を繰り返して、いまの時価総額を創出したのです。

      • 小島 より:

        ご回答ありがとうございました。
        強みの棚卸は非常に大事だと思うので、改めて実施しようと思います。
        ただ、強みとして導出したものが新規事業に活用できない(既存事業に独占される)可能性が高く、富士フィルム様のような急速な市場縮退を会社全体として受け止めないと厳しいかもしれません。

        また、強みの獲得方法についてですが、本ブログで記載されているリーンスタートアップを通じて少しずつ具備していくということでしょうか。ノウハウや知見に近しいところから獲得を目指していくように感じましたが、認識相違ないでしょうか。

        • 富岡 功 より:

          「強みとして導出したものが新規事業に活用できない(既存事業に独占される)可能性が高く」
          →御社のブランドなど、一見強みに見えないものが漏れている可能性はございませんか?
          ゼロックス製のPCなど、そのブランドにまるでそぐわないものを造ってしまった場合はイタイことになりますが、顧客の視点から見て不自然なところがなければ、スケールする事業が造れる可能性はございます。

          「本ブログで記載されているリーンスタートアップを通じて少しずつ具備していくということでしょうか」
          →全くその通りです。徐々に強みを洗練して、世に大々的に認められた時は、Moat で守られているようにします。
          /2022/01/01/moat/

コメントを書く

送信いただいたコメントは承認後、表示されます。

CAPTCHA