絶体絶命に追い込まれたときに出る力が本当の力です。
本田宗一郎
シン・ゴジラ 脚本・総監督庵野秀明 東宝配給
絶体絶命の状態からの事業再生:湯佐和の壮絶な大復活劇
ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた本を、最近読みました。
著者湯澤氏は、キリンビールで、世界を飛び回る充実したエリートビジネスマンの生活を送っていました。
入社時はかなりの苦労をなさったようですが、
というすごい理由で、キリンビールで頑張り続けます。ところが、そのお父様が、経営なさっている居酒屋「湯佐和」の資金繰りに苦しみ、ストレスのあまり若くして急逝されます。
社長として後を襲って驚愕したことに、残った借金、なんと40億。
鬼のような借金取りと戦い続けながら、従業員が法律に触れるような金銭的な不正を行っていたり、ストライキで一斉に店を休んでしまったり、客と店内でマージャンしていたり、一緒に店の酒を飲んでいたり、想像もつかないほどすさんだ状態の30余りの居酒屋の経営を立て直していきます。
一度はふらふらと地下鉄に飛び込みかけたり、
というトリプルパンチに見舞われたときは、さすがに店をたたもうと決心したことも。並々ならぬ苦労を潜り抜け、湯澤氏はお店を盛り上げ、16年で40億円を返済しきります。苦労に苦労を塗り重ねるような修羅場続きの実話なので、読み終わった後、
(実際には、湯澤氏は一時期深刻に体調を崩されています)
と天を仰いで慨嘆するしかないような、そんなすさまじい本です。本当にオススメなのでもう一度リンクを掲載。
そんなこの本に、私が注目した一節があります。
湯澤氏は、「一点突破」と表現されるのですが、すべての店舗を立て直していくのは資金的にも湯澤氏のマネジメントリソース的にも限定された状態では当然不可能なので、一店舗、自宅の近くの戸塚の店舗にしぼって、これを
に全力で引き揚げ、そのオペレーションのノウハウを「横展開」しようと考えます。この考え方は新規事業開発のノウハウ的にも非常に理にかなったもので、
といったりするのですが、ほかのすべてを放っておいてもいいから、事業成長のため、全力でこのKPIだけは何が何でも伸ばしていく、という考え方です。
そこでこの店舗へテコ入れとして「マグロとアボカドのミルフィーユ仕立て」とか、「鎌倉野菜の彩サラダ」とか、旧来の居酒屋メニューでは考えられなかったような女性客向けの新メニューを投入します。リフォームが終わって張り切って再オープンした店ではしかし、閑古鳥が鳴き始めます。
お客さんの反応を実地に検証したら、いずれも、
という惨憺たるものでした。なにより、ずっと自分の店を使い続けてくれていた顧客も離れてしまったのです。ここで、湯澤社長、この失敗から学んで、
旧来ずっと自分の店を使い続けてくれた、中高年にペルソナを設定、その日常使いにのみターゲットを絞り、女性客狙い、ファミリー層狙いを思い切ってやめます。それどころか、他の店の真似をして、まんべんなくいろいろなサービスを向上させる取り組みもやめてしまいます。
すべてにベストを求めると、本来、注力すべき特長、強みへの取り組みが弱くなる。
そして、お客様に対する自店のウリ、とんがりが弱くなる。そう信じた。
メイン顧客を明確化し、その人が喜びそうな店をつくるのだ。
(上掲書)
この記事に書いた、総花的な幕の内弁当戦略の真逆の、典型的な「弱者のランチェスター戦略」で、これは当たりました。
競合があまたある飲食業界の他のどんなプレイヤーの考えの外にあったしかも団塊世代という市場的には実は最も大きなところを、限りあるリソースを集中させて狙う卓抜な戦略で、
上掲の戸塚店を皮切りに、どの店も軒並み1.5倍~2倍の利益を生み出すようになりました。ワークマンが「機能性が高く、しかもリーズナブルなウェア」という、他のプレイヤーの視野の外にあった4000億円の空白市場にターゲットを絞って成功したのを彷彿とさせるエピソードです。
出典:酒井 大輔 著, 「ワークマンは商品を変えずに売り方を変えただけでなぜ2倍売れたのか」, 日経BP刊
成功した事業再生のパターン
この記事で取り上げた由紀精密も、上掲のそうなのですが、成功した事業再生にはパターンがあるような気がします。
- 会社が外部要因 and/or 内部要因で苦境に陥る
- 社員が、自社にしかない強みを全力で棚卸しする
- 強みに基づいて集中すべき事業領域を絞る(弱者のランチェスター戦略)
このとき、ピボットが走ることもある - 絞った領域に限られた経営資源を集中し、強み=尖ったところをさらに徹底的に磨き上げる
- 尖ったところを駆使して、③の領域で成功を得る
事業再生の成功例:旭酒造には杜氏がいないのに、なぜベストセラーの酒を造れるのか?
旭酒造は、BREW DOG とそっくり同じ構造の強みを持つ酒造メーカーです。
旭酒造ときくとそんなメーカーは知らないと思われるかもしれませんが、
恐らく読者の大半が、このメーカーの作っている酒を知っています。
旭酒造が①外部要因 and/or 内部要因で苦境に陥ったのは、
なんと、1999年に新規事業に失敗、杜氏が辞めてしまったことでした。
象徴が検査室だ。酒造りの全行程で詳細なデータを取り、検査室のパソコンに蓄積して分析することで、酒造りの最適解を見つけ出してきた。
(出典:日経コンピュータ)
酒造の機器にセンサーをつけて、データをとって分析、
杜氏の管理なく品質も量もコンスタントに生産できるシステムを整えました。
つまり、IoTですね。
(ここで「暗黙知」「明白知」という言葉は、つかいません。
もともと哲学者マイケル・ポランニーが、
と定義したのを、一橋大の名誉教授を務める「経営学ジャーナリスト」の某教授が
めちゃくちゃ適当に解釈して、誤った理解を人口に膾炙させてしまったからです。)
彼らは少しずつデータを積み上げ、
初年度から杜氏が仕切っていた時より味が良くなった吟醸酒である
2015年は赤字覚悟で30億円を投資して12階建ての半導体の工場みたいな新本社工場を完成、
従来の3倍という最大年間500万本(1.8リットル瓶換算)の生産能力を達成しました。
(出典:2016/10/20 日経新聞)
同社は、この獺祭を、コンスタントに、かつリーズナブルな価格で提供しつづけたい、と考えました。
そこには、実はもう一つのハードルがありました。
そこで、この問題を解決すべく、富士通と組んで、ITを導入しました。
山田錦の栽培農家に生産マネジメントを導入し、品質を落とさずに、気候にあまり左右されず、
コンスタントに必要な量、毎年作ってもらえるようにしました。
こうして二つの工程でITを駆使することで④獺祭を徹底的に磨き上げ、
数々の品評会で賞をとり、今では海外に輸出して大きな収益を上げています。
同社は自分たちの技術とその結果である獺祭に誇りを持ち、
とキャンペーンを張ってまで、多くの人に、
馥郁とした香りのうまい大吟醸を送り届けるというビジョンを貫いています。
出典:
事業再生の成功例:大量販売から舵をきりなおした酔鯨酒造
もう一つ、酒造メーカーの秀逸な事業再生の事例を紹介します。
酔鯨酒造の二代前、現大倉広邦社長の祖父に当たる方は、ゼロ戦のパイロットだったそうです。
敵機を落とすたびにふるまわれる日本酒がひどくまずく、戦後、
地元の酒造を買い取って、自ら日本酒を造り始めました。
当然、それだけのこだわりがあればうまい酒が造れるはずで、
山内容堂の異名、鯨海酔侯から「酔鯨」の名を冠した地酒はベストセラーになったのですが、
大倉氏の先代の社長の時に悪い方向にピボットしてしまいました。
丹精込めて作ったお酒がディスカウント酒店に並ぶ姿を目の当たりにし、酔鯨のファンにも従業員にも申し訳ない気持ちになりました。」
大倉 広邦社長
(出典:事業構想 2021年11月号)
住宅地に立つ蔵は狭く、老朽化して製造量は限界だった。
進化するには最高の環境での酒造りだと、土地を探す。
すると山を背に川も近い土佐市の5000坪と出会う。
杜氏たちと討議を重ね、最新鋭の精米機、蒸米機、放冷機、サーマルタンクを完備した新蔵が18年に竣工。
(中略)
「大借金しましたーっ」と苦笑する広邦さんだが、売り上げは約2倍に。
(出典:ダイヤモンドオンライン)
コロナ禍を受け、同社は宅飲みにいまはターゲットを絞っています。
巣ごもり需要を開拓し、2021年9月期は増収となる。
(出典:2021/09/23 日本経済新聞)
終わりに
事業再生のみならず、新規事業を起ち上げる際も、上掲のストーリィを意識していただきたいと思います。
- 会社が外部要因 and/or 内部要因で苦境に陥る
- 社員が、自社にしかない強みを全力で棚卸しする
- 強みに基づいて集中すべき事業領域を絞る(弱者のランチェスター戦略)
このとき、ピボットが走ることもある - 絞った領域に限られた経営資源を集中し、強み=尖ったところをさらに徹底的に磨き上げる
- 尖ったところを駆使して、③の領域で成功を得る
管理人がひそかに懸念しているのは、
両利きの経営で取り上げられ有名になった富士フイルムも、本当の意味で
血相が変わったのは、銀塩フィルム市場が2000年前後に蒸発してからです。
ここで取り上げたコマツもまた、一時期悲惨な経営状態に陥っていたのを大手術して復活しました。
そう考えると、スタートアップの強みは、