新規事業開発の常識:無償のPoCはダメ、絶対

新規事業開発の常識:無償のPoCはダメ、絶対

新規事業開発の常識:無償のPoCはダメ、絶対

事業開発の新常識:正式な?サービスローンチは必要ないです

あなたの開発中のそのサービス、

正式なサービスローンチ

をする必要は、実はないのです。

Yコンビネーターが教育した、ソフトウェアのスタートアップたちは、

完成品をいつかサービスローンチする

なんてことは、露考えなくて良い、としつけられます。

極端な話、プロダクトは一生完成しなくてよいのです。

ハードウェアのスタートアップですら、

完成品ができあがる前に売れ
と教わります。

新規事業の鉄則は、

無償のPoCはするな、サービスローンチはいろいろなタイプのマーケットに対して繰り返しおこなえ
だからです。

事業開発の新常識:明日から課金してください

YコンビネーターのCEOマイケル・サイベル氏は、スタートアップの創業者からの FAQ の一つである

いつから(=プロダクトがどの成熟段階に達したら)ユーザに課金していいですか?
という質問に対し、
α版とかβ版とか、私はよく知らないけど、とにかくASAPで課金せよ

と指示しています。

「自分のサービスは無料で使ってもらわないといけない、これが唯一のユーザをゲットする道だからだ」
という考え方は根本的に間違っている。自分のプロダクトがいいものかどうかを知りたければ、
ユーザがプロダクトを使うさいのハードルを少しだけ上げ、ユーザが使い続けるかどうか見ることだ
出典:Michael Seibel – Building Product
サイベル氏は別の機会に
MVPはせいぜい2週間~ひと月でつくれ、それ以上かかったらそれは Minimum VPとはいえない

とも発言していますので、この二つのステートメントを掛け合わせると、

新規事業開発開始から、ひと月後には課金し始めろ
という、一見、めちゃくちゃなアドバイスになります。

そんなことが可能でしょうか?

はい、可能というか、それを忠実に実行して、
創立からひと月で10社のお客さんをゲットした、現在成長中のB2Bセキュリティソフトウェアの企業があります。
その名は
Plusidentity
です。2021年のYコンビネーター夏期バッチの卒業生です。

新規事業開発のカギ:PlusidentityのMVP戦略

Plusidentityとはどんなスタートアップか?

Plusidentityがユーザであるスタートアップの従業員に提供する利便性は、

SaaS間のSSO/シングルサインオン
顧客のスタートアップの社員が、開発などに用いている
複数のウェブシステムへのサインオンを、ユーザが一度で行うものです。
この業界には、B2BとしてはOkta、OneLogin、B2Cとしては、LastPassなどが、
大手既存プレイヤーとして存在します。
このPlusidentityのダイレクトコンペはOkta、OneLoginでしょうが、
これはスタートアップがおいそれと使える代物ではありません。
ライセンス料が非常に高いからです。
そこへこの Plusidentity は、ローエンド破壊型のイノベーションをしかけました。
SSO機能を提供する=がっちりしたセキュリティの城壁が必要
というのが、セキュリティ製品の業界では常識です。
実際 LastPass など、パスワード漏洩のインシデントを起こして、大変なことになったことがあります。

しかし Plusidentity は、たった1か月で最初のプロダクトをランチしました。むろん、

そのMVPのユーザにも、最初から課金しています。
私も以前、セキュリティ製品の開発にかかわったことがあるので、誰よりもよくわかるのですが、
セキュリティ・バイ・デザインの考え方を用いたとしても、

たった1か月で、完璧なセキュリティを担保する製品を作るのは、逆立ちしたって無理です。

しかし、Plusidentity のターゲティングは非常に巧みで、
ベースといっていいもので、この落とし穴を免れました。
彼らがクレバーなのは、自身がスタートアップであるがゆえに、
スタートアップが、自分たち自身の使用するSaaSへのSSOに、
そこまでしっかりしたセキュリティなど求めるわけがない
ということを、わきまえていたことです。
大企業は、万が一、自分の知財情報やお客様の情報が外部に漏れたら、
そのレピュテーションコストたるや甚大なものがあるから、
CISOなど責任者をおいてセキュリティをがちがちにかため、
インシデント・レスポンス・チームを置いて万が一に備えます。
ソニーも昔、パスワード漏洩スキャンダルで、パスワードをハッシュしていなかったなどという、
あらぬ嫌疑をかけられて大変な目にあったことがあります。
しかし、立ち上がったばかりのスタートアップは全然知られていないわけですから
レピュテーションもなにもあったものではありません。
売れないスタートアップのサービスのソースコードを、
GitHubのパスワードをわざわざ取得してまで盗もうとする人間がいるわけがありませんし、
使用している IaaS のパスワードが漏れて、万が一サービスが停止したとしても、
数十人しかユーザがいなければ、
最初からやり直そう(溜息)
ですむわけです。
明らかに貧乏と判っているシード段階/シリーズAのスタートアップを、

ランサムウェアでゆする馬鹿がいるわけない。

成熟していないスタートアップが最も気にするのは、それよりも、それこそ、

MVPを一刻も早く製造してランチしなければならないこの状況で、
セキュリティを気にして、パスワードとかいちいちタイプしている暇なんかない!
ではないでしょうか?
ジョブの要素 要素の値
Progress/推進したいこと 開発に使用している複数のシステムへのSSO
Conditions/おかれた状況 自社製品ソフトウェア開発中に、Slackでコミュニケーションしながら
Obstacles/その状況での障害 SSOのシステムに充てられる予算が限定されている
Imperfect Solution/イマイチの解決策 Okta、OneLogin
Quality/妥協できる、下辺の品質基準 個人情報を預かっていないので、セキュリティは正直そこそこでよい

Plusidentity が推進してくれる、スタートアップのソフトウェア技術者の Job To Be Done

上記のジョブのステートメントの、特に Obstacles と Quality をご覧ください。

そこそこの品質で良いから、価格勝負で

ローエンド破壊型のイノベーションをしかけることができるのです。

Plusidentity の「MVP」と製品ランチ

スクショでも取っておきたかったのですが、この会社の誕生時のサイト、

素晴らしい恥も外聞もなさ
を誇る代物でした。
というか、現時点でも、そうとう簡素なサイトです。上掲のサイトを覗いて確認してみてください。
最初にこの製品がランチされ、たちまち10社のユーザを獲得したときは、
さらにもっと簡素で、そのMVPは、
Slack からのSSO/シングルサインオンのみを提供しています
というものでした。
その当時のサイトには、下記のように堂々と謳われていました。
Chromeの拡張機能を使ったSSO?→鋭意開発中です。
iPhoneアプリでのSSO?→鋭意開発中です。
AndroidアプリでのSSO?→鋭意開発中です。
しかし、これでいいというか、MVPとはこうあるべきです。
最小にリリースしたプロダクトを恥ずかしいと思わないのなら、それは遅すぎたということだ
(LinkedIn創業者 リード・ホフマン氏)
大企業ならもしかしたら、
せめて、Slack + Chrome 拡張機能を開発して、まずは無償でPoCしてから、晴れてサービスをランチしたい
と思うかもしれません。
でもその「晴れて」は、以下の甚大なデメリット群をもたらす、「晴れて」です。
  1. デメリット1:製品のランチが遅くなる
  2. デメリット2:自分たちのサービスの価値がわからなくなる
  3. デメリット3:自分たちがいまいかなる仮説を検証しているのか、わからなくなる

デメリット1:製品のランチが遅くなる

これは一目瞭然でしょう。スタートアップのマジョリティを占める Slack ユーザにのみ、

的を絞ってASAPで開発したからこそ、1か月かからずに最初のMVPが世に出せたのです。

これは逆に、失敗したときのデメリットも最小化できることを意味します。

この記事でとりあげたファーストリテイリングの野菜通販事業のように、

全てのサービスを整えてから広いエリアにランチしたら、

失敗したときにダメージが大きいのは火を見るよりも明らかです。

失敗したときの撤退基準をあらかじめ決めておく

とかのたまうコンサルや経営学者の助言は、

さっぱりメイクセンスしませんので、無視しましょう。

デメリット2:自分たちのサービスの価値がわからなくなる

Plusidentity が最初から有償でランチしたのは、

ローエンド破壊型の製品の価格弾力性を算出するため

です。

当たりまえですが、無償でランチしたら最後、

わが社のサービスにはいったいいくらの価値があるのか?

が全く不明になります。

無償でPoCしておいて、無償期間が終わった瞬間に、全ユーザが使わなくなる

のと、

有償でMVPをランチしておいて、全く売れない

という二つの現象を比べたとき、どちらが有益なフィードバックをもたらすでしょうか?

圧倒的に後者です。前者だと、

無償だから付き合ってやっている

という本気度が甚だ低いユーザからは、有効なフィードバックがほとんど得られないのに比べ、

金を支払ってほしいとお願いしている後者のユーザからならこの上なく真剣なフィードバックがえられ、

売れないなら売れないで、売れない理由を突き止め、

様々なパラメータを変更してイテレーションで仮説検証を進めていくことで、

収益を拡大していくヒントが得られます。

その結果どうしても売れないと結論されれば、MVPの段階でピボットすればいいだけの話です。

デメリット3:自分たちがいまいかなる仮説を検証しているのか、わからなくなる

大企業がよくやるように、最初から機能をそろえた、充実した

Minimum??? VP

をランチした場合、どうなるでしょうか?

そこそこユーザがついたとしても、

MVPの一体どの部分がきちんとユーザに訴求しているのか、不明になる

のです。

Plusidentityの場合、最初のMVPで証明したかった仮説はきわめて明確です。

Slackを使うことの多いスタートアップの開発者(イノベーター)たちは、
低セキュリティでもその分 安価ななSSOに価値を見出すか?

わざと Slack のみに絞ったところが絶妙なのです。

なぜなら、Slack 自身が、まずはスタートアップ業界を制覇し、

巨大既存企業は、末端社員レベルからのボトムアップで攻略したサービスだからです。

Plusidentityは、最初のMVPがバカ売れしてほしいとは、恐らく毛頭考えていなかったでしょう。

この段階では、まずは、スタートアップが使うのか?という上の価値仮説が検証できれば良いのです。

同社の場合、

10社のユーザがつくことによってたちまち上の価値仮説が正しいことが証明されたのですが、

万が一これが完全否定されても、ピボットを考え始めればよいだけで、その際、

たった数週間で開発したMVPを葬り去るのは、すこぶるダメージが小さいわけです。

この最初の価値仮説が証明されたら、

長く存続している中小企業(スタートアップよりマーケットが大きい)の従業員たちは、
低セキュリティ(どこまで妥協できるか?)でも、その分 低価格(いくらぐらい?)なSSOに価値を見出すか?

という新たな仮説を、イテレーションで段階的に検証していけばよいということです。

Plusidentity のセキュリティ基準もおそらく「MVP」ならでは

Okta も OneLogin も、自社のセキュリティの方針を、当然中身が正確には外部にわからない形で、
しかし、顧客企業のCISOなどプロにはちゃんと信用される粒度できちんと説明しているのに、
Plusidentity は、このページで、ちょっと笑ってしまうほど簡素な説明で済ませています。
ISMSはおろか
SOC2(SaaSのセキュリティの資格)をとっています
すら謳っていませんでした。
(最近になってSOC2を要約取得しています。)
セキュリティの商売をするのに、SOC2の取得は最低限満たすべき条件ですが、
それすらあえていまは無視しているということは、
SSOが商材ですが、我々は、少なくても現時点では、がちがちのセキュリティをウリはしていないです
(大企業の皆さんは、既存の他社サービスを使ってください)

という確信犯的なやり方です。

SOC2は取得に金も手間も時間もかかり、しかも一度取得したら終わりというものでもないので、
生まれたてのスタートアップには負担が大きすぎ、
このブログ記事の初稿を書いた時点ではMVP水準のセキュリティ方針で我慢してください、ということなのだと思います。

新規事業開発のカギ:マーケットを変えながら、ランチを繰り返していく

最初から一気に成熟度 fidelity の高い Minimum VP(それはもはや Minimum からは程遠い)を開発

無償でPoC

価格を付けて販売開始(「正式」なサービスローンチ)

というのは、ほとんどの場合で膨大な資源の無駄をともなう開発手法です。

なぜなら、たまたまうまくいけばいいのですが、誰も買わなかった場合、

このサービスに需要はなかった、だけど、なぜうまくいかなかったのか、はっきりとはわからない
という教訓しか、膨大なカネと手間をかけて、得られないからです。
さらにまずいことに、
最初から一気に成熟度 fidelity の高い Minimum VP(それはもはや Minimum からは程遠い)を、
数か月かけて一生懸命に開発

1年間、無償でPoC

価格を付けて販売開始(「正式」なサービスローンチ、PR Times とかに告知、話題にはなる)

しかし、誰も買わない、かつ、売れない理由は皆目不明

「結果としてうまくいかなかったけどよく頑張ったね」と、
結果として大失敗して株主から預けられた資金を無駄に使ったのに、
そこそこの人事評価を、担当者は得られる

という、外部から見ると、笑い話にしかみえない珍妙な落ちがつくことすら、ままあるからです。

だから、

無償のPoCはダメ、絶対

なのです。

Plusidentity をはじめとしたYコンビネーターの教えを受けたスタートアップたちは、これを絶対にやりません。

  1. まず、Slackのみ対応で、一番尖ったユーザ(イノベーター)のいるはずの、スタートアップに絞って市場試験
  2. 次に、Slackより使用者数の多いはずの、Chromeの拡張機能対応で、SMBの市場試験
  3. …………

というように、様々なタイプのマーケットに

そのマーケットに一番響く有償のMVPを投入していくことで、

への道を段階的にたどっていくのです。

次の記事では、

をあらためて議論し、それと上記のターゲット市場の話を結び付けて語ります。

ここで語った無償のPoCに関する議論を、よりコンパクトに自著で語っております。

新規事業を崩壊させる5つの常識

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