AI時代、事業のピボットは大決断ではない:稟議を通った製品を、用途探索で生まれ変わらせる

AI時代、事業のピボットは大決断ではない:稟議を通った製品を、用途探索で生まれ変わらせる

2022.10.02

苦労して稟議を通し、晴れて世に出した製品。ところが、当初狙った用途では思うように売れない——。新規事業の現場で、これは珍しい話ではありません。むしろ「最初に想定した市場で、計画通りに売れる」ことのほうが稀です。 このとき多くの企業は、その製品を「失敗」とみなして撤退するか、塩漬けにしてしまいます。あるいは、起死回生をかけて事業のピボット(方向転換)に踏み切ろうとする。けれども、ここで多くの人が足を止めます。「ピボットなんて、もう一度大きな賭けに出るようなものだ」「また稟議を通し直さなければならない」と。 しかし、本当にそうでしょうか。 「重い経営判断」「慎重に見極めるべき大決断」として語られがちなピボットの常識に異を唱えます。AIを使いこなせる時代において、ピボットはもはや大出血を伴う大決断ではありません。稟議を通った既存製品でも、顧客との対話を続けながら「用途探索」を回すことで、方向転換は日常業務の延長として、自然に起こしていけるのです。

ピボットとは——ただし、ピボット≠大決断

新規事業は、計画通り行く方が稀である

大袈裟な例えを引くなら、新規事業開発が事業計画通りにいくはずだというテーゼに対する、歴史的に最も強烈な反証は、ソビエト連邦の経済の崩壊でしょう。あれは無数の計画がことごとく失敗したから、その合算として起こった現象です。 あなたがかつて、「事業計画通りうまく行った新規事業開発」を見たことがあるとしたら、とんでもない幸運です。私も一度だけ、かなり昔に、これを目の当たりにしたことがあります。あるモバイルキャリアに勤務していたとき、我々が基地局を打てば打つほど、カバーエリアが広がれば広がるほど、一定時間を置いて、確かに解約率は下がり、加入者は増え続けました。でもそれは、かつては押しも押されもせぬ No.1 だったNTTドコモの業界三位への転落を見れば、業界が基地局でサチったら最後、そうは上手くいかなくなることは、わかりきった話だったわけです(その証拠に、今の若い人に「カバーエリア」とかいってもポカンですよね?)。 事業計画/ビジネスプランに描かれていることは、みなさんご存じの通り、絵に描いた餅に他なりません。どんなに真剣に調査したとしても、いったん新製品が世に出てしまえば、そこからは複雑系の世界ですから、大なり小なり、計画どおりいかないことが出てきます。 それは仕方のないことです。決して事業計画を立てた側の責任ではありません。

JTCの事業開発者の、真に最初に直面する壁

にも関わらず、新製品アイデアを思いついた担当者は、まず第一に、綿密な計画を立てることを強いられます。製品開発計画は、PoCを含めて、社内だけの話ですから、いくらでも綿密に立てることができます。私もウォーターフォールとアジャイル、双方でこれにあたることを何度もやり、その通りに実行してきました。しかし、事業計画は、計画どおり行くかどうか神のみぞ知ることを、計画させられます。 それは稟議のためです。そして稟議では、承認者からこのように「脅される」のです。 「本当にこの販売計画通り売れるんだろうな?」 「X年以内にY億まで必ず達成できるよな?」 「本当にニーズはあるのかっ?!」 これは明らかに質問ではありません、脅しです。こんな言い方をされれば、「この人は、自分がX年以内にこの城を攻め落とさない限り、お前が切腹して責任とれ、と言っているのだな」と、百人が百人とも、解釈するはずです。そして、このセリフを言われる度に、私の中で釈然としない思いが湧き出てきたものです。
私にそんな確信があるんなら、とっくの昔にこの会社辞めて起業しているはずだということに、なぜこの人、気づかないんだ?

ピボットの必要性

さて、計画通りにいかないことが「仕方のないこと」だとして、ではどうするか。答えは一つしかありません。稟議を何が何でも通してしまって、その後にぶつかった現実に合わせて、進む方向を変える。これがピボットです。 ピボット(pivot)とは、もともと「回転軸」を意味する英単語で、新規事業の世界では「事業の方向転換」を指します。バスケットボールで、片足を軸に固定したまま、もう片方の足でくるりと向きを変えるあの動きを思い浮かべてください。軸足は変えない。けれど、向く方向は変える。これがピボットの本質です。 新規事業において軸足にあたるのは、自社が稟議を通してまで世に出した製品であり、その背後にある技術や強みです。それは捨てません。捨てるのは、「この用途で、この市場に売る」という最初の決め打ちだけです。最初の顧客に当ててみて売れなかったのなら、製品を葬るのではなく、「では、この製品の強みを本当に必要としているのは誰なのか」を問い直す。それがピボットです。

ところが、世間のピボット論は「大決断」だと言い張る

ここで問題が起こります。世間のピボットの解説記事を読むと、判で押したように、こう書いてあります。「ピボットはとても難しい経営判断である」「慎重に見極めるべき大決断だ」「失敗すれば取り返しがつかない」と。 なるほど、もっともらしい。けれど、よく考えてみてください。これらはすべて、「ピボット=もう一度、大きな賭けに出ること」という前提に立っています。つまり、また綿密な事業計画を立て直し、また稟議を通し直し、また「X年でY億」と脅され、また神頼みで市場に投げ込む——という、あの一連の「とんぼ返り」をもう一周する、という前提です。 そりは確かに重いし。怖いです。そんなものを何度もやれと言われたら、誰だって足がすくみます。私に言わせれば、ピボットが大決断になってしまうのは、ピボットそのものが重いからではなく、その周りにこびりついた「撤退→再度の計画→稟議→神頼み、もう一度」の手続きが重いからなのです。 では、その重い手続きを外せたら、どうなるか。ピボットは、大決断ではなくなります。日常の、軽い、当たり前の方向修正になります。そして実は、いまの時代、それを可能にする条件が揃いつつあるのです。次章から、その正体を見ていきましょう。

従来のピボット論の見落とし:稟議を通った後の製品の再生

ピボットと聞いて息苦しくなるのは、かつて、ピボットという言葉の生みの親であるエリック・リース自身がそうした通り、「既存の製品は、ほぼ全部ドブに捨てる」という、”To 撤退 or not to 撤退” というハムレット的な苦悩を背負い込むからです。 しかし、本当に、毎回毎回、そんな切羽詰まった状況でしょうか? 新潟県三条市のアーネスト株式会社が2006年に発売した、5枚刃のハサミ「きざみ海苔ができます!」という商品があります。板海苔を一気に刻んできざみ海苔が作れる、という製品です。同社は「インパクトもあるし便利だから売れる」と意気込んだものの、1年間の販売は約7,000本にとどまり、廃番寸前まで追い込まれました。 転機は、顧客からのひと言でした。「うちの奥さんは、これをシュレッダー代わりに使っているよ」と。そこで同社は、製品の基本設計をほとんど変えないまま、名称とコンセプトだけを「秘密を守りきります!」——個人情報を守るハサミ型シュレッダー——へと切り替えます。結果は、シリーズ累計100万本を超えるヒット商品になりました。 注目すべきは、アーネストは既存製品をほぼそのまま別市場で利活用した、しかもそのとき、営業の工数も広告費も大してかけなかった、という点です。刃を作り直したわけでも、新たに莫大な開発投資をしたわけでもない。変えたのは「誰の、どんな用途に売るか」という一点だけでした。 この、製品を別市場で再生する方法を、用途開発と言います。

その前に──ピボットには「軸」がいる

用途開発の具体例に入る前に、ひとつだけ押さえておきたいことがあります。それは、ピボットには必ず軸がいる、ということです。そもそもピボットという言葉は、バスケットボールの基礎技術から来ています。片足を軸足として床に固定し、もう一方の足を自在に動かして相手をかわす。あの動きです。スター選手が華麗にピボットを決められるのは、鍛え抜いた体幹という”ぶれない軸”があるからで、軸が定まらなければボールを抱えたまま転ぶだけです。 事業のピボットも、まったく同じです。回転する以上、回転の中心=軸が必要で、その軸こそが自社の事業コア/強みにあたります。先ほどのアーネストが捨てなかったのは「5枚刃で素材を細かく刻む」という製品そのものであり、変えたのは売り先と呼び名だけでした。前章で触れたYouTubeも、出会い系という用途は捨てましたが「動画を簡単に共有する技術」という軸は手放していません。私が本シリーズで取り上げてきた由紀精密も、精密加工という軸があったからこそ、まったく新しい事業を生み出せたのです。次節から見る富士フィルムやエアウィーヴも、結局のところ「軸足は残し、向きだけ変えた」という一点で共通しています。 ここで本記事の主題とつながります。AI時代にピボットの3つのコストが消え、稟議の重さから解放されたとしても、軸のないピボットはただの行き当たりばったりに終わります。むしろ低コストで何度も回転できるようになったからこそ、「自社の手中にある強みは何か、それをどの用途に振り向けるか」という軸の問いが、これまで以上に効いてくる。これは新規事業論でいうエフェクチュエーションの「手中の鳥」──いま手元にある資源から出発するという発想と、寸分たがわず重なります。健全なピボットとは「全部を捨てて一からやり直すこと」ではなく、軸(強み)は床に残したまま、用途・顧客という”もう一方の足”だけを動かすこと。この感覚を握ったうえで、用途開発の利点とデメリットを見ていきましょう。

用途開発型ピボットの利点

用途開発の最大の利点は、すでに存在する製品・要素技術という「軸足」を、少なくてもまるごとは捨てずに済むことです。ゼロから新製品を起こすのではなく、いま手元にあるものの活かし先を問い直す。だからこそ、新たな大型投資も、稟議のやり直しも、必ずしも必要ありません。 より大きなスケールでも、同じ構図が見られます。 富士フィルムは、アナログカメラの銀塩フィルム市場の「突然の蒸発」という危急存亡の時に、古森社長自らが陣頭指揮を取り、化粧品「アスタリフト」などの新規事業に思い切った投資を行いました。これも、フィルム製造で培ったコラーゲンや抗酸化の技術——つまり「軸足」——を、まったく別の市場で活かした用途開発の一例と言えます(出典:古森 重隆 著, 「魂の経営」, 東洋経済新報社刊)。 また、エアウィーヴは、もともとはプラスチックの射出成型機を B to B で開発製造していた中小企業でしたが、社長が自分の肩こりを直すために、自社製品の打ち出すプラスチックをマットレスに詰めたらいいのでは?と思いついたところから、その方向に思い切って事業の舵を切り、大ヒットしました(出典:山田英夫・手嶋友希 著, 「本業転換――既存事業に縛られた会社に未来はあるか」, KADOKAWA刊)。 そして用途開発で見つけた「新規巻き直し事業」は、軌道に乗れば新たな収益源となります。 当社の開発した、要素技術から事業アイデアを発案する生成AIツール「AIディアソン」のように、自社の強みを深く吟味して、その強みから意外な、全く新しい事業アイデア(ピボット先)の市場を見つける、という生成AIの使い方もお奨めです。

用途開発型ピボットのデメリット

一方で、うまい話ばかりではありません。この話には、そもそも用途開発を、属人的でなく再現可能なやり方で繰り返すためのフレームワークをまだ誰も規定していない、という大きな障害があるのです。 すなわち、富士フィルムもエアウィーヴもアーネストも上手く立ち回ったかもしれないが、それを当社がどうやって真似すればいいのか?と立ち往生する人が出る、ということです。 しかも、よく見れば3社とも、決定的な瞬間は「偶然」に頼っています。アーネストはたまたま顧客から「シュレッダーに使っている」と聞いた。エアウィーヴの社長はたまたま自分の肩こりに思い至った。富士フィルムは、元々扱っていた銀塩フィルムが、コラーゲンからできていた。これでは、再現できるとは限りません。「運よく良い用途に気づけることを祈る」では、戦略とは呼べない、すでに神頼みが再発してしまっています。 では、この「偶然頼み」を、意図的に、繰り返し起こせる仕組みに変えることはできないのか。できます。それがContinuous Discovery(継続的市場探索)です。そして、かつては膨大な手間がかかったその仕組みが、AIによって、いよいよ現実的なコストで回せるようになってきました。  

「ピボット10の型」を採点する──本物のピボットは、結局2つしかない

「ピボット 事業」で検索すると、判で押したように「ピボットの10の型」が並びます。Zoom-in、Zoom-out、顧客セグメント、収益モデル、チャネル……。これはエリック・リース『リーン・スタートアップ』が原典で、日本では田所雅之氏『起業の科学』を経由して広まった整理です。きれいに10個に分かれていて、いかにも体系的に見える。けれど現場では、この10分類を握りしめても肝心の問い──「で、これは”重い決断”なのか、明日にでも気軽にやっていいことなのか?」──には、原則、答えてくれません。 そこで本ブログでは、10の型を列記したうえで、他のどのサイトもやっていない「採点」を加えました。評価軸は2つです。
  • インパクト(★1?5)……その型が、どれだけ「重いピボット級の事業転換」に達するか。★5に近いほど、事業の根本を変える本物のピボット。
  • イテレーションとの境界の曖昧さ(★1?5)……★が多いほど「実は機能改良(イテレーション)と区別がつかない」。つまり★が多い型ほど、ピボットを名乗っているが中身はイテレーションに近い”なんちゃってピボット”だと読んでください。
採点の基準はシンプルです。本ブログは、Yコンビネーター元CEOのマイケル・サイベル氏の整理に依拠し、「顧客セグメントの変更」と「サービス内容の一新」以外は、基本的にピボットではなくイテレーションであると定義しています。私はこの一線こそ、新規事業に携わる人間が手にできる最良の「資源」だと考えています。だから、この2つに近い型ほどインパクトが高く境界が明確になり、機能や成長エンジンの微調整に近い型ほどインパクトが低く境界が曖昧になる──そういう配点です。
# 型(原典:リーン・スタートアップ) 内容 インパクト イテレーションとの境界の曖昧さ
1 Zoom-in(ズームイン) 一部機能をメインプロダクトに格上げ ★★☆☆☆ ★★★★★
2 Zoom-out(ズームアウト) 既存機能を、より大きな製品の一機能に再配置 ★★☆☆☆ ★★★★★
3 Customer segment(顧客セグメント) 製品はそのまま、狙う顧客層を変える ★★★★★ ★☆☆☆☆
4 Customer need(顧客ニーズ) 顧客の抱える課題そのものを捉え直す ★★★★☆ ★★☆☆☆
5 Platform(プラットフォーム) アプリ?プラットフォームの相互転換 ★★★★☆ ★★☆☆☆
6 Business architecture(ビジネスモデル) 高利益・少量 ? 薄利多売の構造転換(≒サービス一新) ★★★★★ ★☆☆☆☆
7 Value capture(収益モデル) 課金・収益源の変更(広告/サブスク等) ★★★☆☆ ★★★☆☆
8 Engine of growth(成長エンジン) 粘着型/バイラル型/支出型の切替 ★★☆☆☆ ★★★★☆
9 Channel(チャネル) 販売・流通経路の変更 ★★☆☆☆ ★★★★☆
10 Technology(テクノロジー) 同じ課題を新技術で解く ★★★☆☆ ★★★☆☆
採点を眺めると、構造が一気に見えてきます。インパクトが★5で、かつ境界が★1(=紛れもなく本物のピボット)なのは、3番の顧客セグメントと、6番のビジネスモデル=サービス一新だけです。残りの8つは、インパクトが中程度に留まるか、あるいは「イテレーションとの境界の曖昧さ」が★4?5に張りついている。とりわけZoom-in/Zoom-out/Channel/成長エンジンの4つは、機能の取捨選択や経路の調整であって、顧客フィードバックを受けた日常的な改良──つまりイテレーションと、ほとんど見分けがつきません。 言い換えれば、世間が「10種類もあるピボット」と呼んでいるもののうち、本当に”重い決断”を要する本物は2つだけ。あとは名前こそ仰々しいが、実態は日々のイテレーションなのです。だからこそ私たちは、整理の便宜として下の3区分を勧めます。10個を暗記するより、よほど現場で効きます。
分類 やること フェーズ 頻度
ピボット(軽) 紙の上でアイデアを検討し変更する。ビジネスモデルキャンバスを”燃やすだけ”なので気軽にやれる。 着手?1か月(Idea) 週に2回起きることも
ピボット(重) 事業アイデアを丸ごと捨て再構築。(1)顧客セグメントを変える/(2)サービス内容を一新する、の2択。 =上表の3番・6番に相当 作り込んだMVP以降(Prototype→Launch)
イテレーション 顧客フィードバックでMVPに機能追加・変更。 =上表の残り8つの型の大半がここに溶ける Prototype→Growth 頻繁
たとえばiPhoneは毎年アップデートされ、iOSも更新のたびに勝手が変わりますが、これは2007年の初代以来ずっと続く磨き込み、つまりイテレーションです。ルンバはもっと極端で、iRobotは軍事用の機雷駆除ロボットの技術を転用して初代を出し、以降ひたすら改良を重ねてきました。新規事業ですらなく、最初から一貫したイテレーションだけで今の完成度に到達しています。一方で本当に「重いピボット」と呼べるのは、顧客層を大学から一般へ開いたFacebook(=3番)、出会い系から動画共有へサービスを一新したYouTube(=6番)くらいのものです。10の型を前に思い悩むより、「これは顧客を変えるのか、サービスを一新するのか。どちらでもないなら、ただのイテレーションだ」と自問する。それだけで、不要な「大決断ごっこ」から解放されます。前章の「ピボット≠大決断」は、こうして10の型を採点してみても、やはり裏付けられるのです。

継続的市場探索が、ピボットを「偶然頼み」から「仕組み」に変える

前章で、アーネストも富士フィルムも、用途の発見は「偶然」に頼っていた、と述べました。では、その偶然を意図的に、繰り返し起こすにはどうするか。鍵は、顧客との対話を一度きりのイベントではなく、習慣として組み込むことにあります。 これをシステムとして設計したのが、プロダクトマネジメントの第一人者テレサ・トーレス氏が提唱した Continuous Discovery(継続的市場探索)です。次の3つを、回し続けます。
  1. 顧客との対話を習慣化する——週に一度でも、顧客と話す機会を構造として持つ
  2. 機会を可視化する——顧客の言葉から「困りごと・望むこと」を拾い、整理する
  3. 小さく検証する——仮説を立てたら、最小コストで試す
なぜ「小さく、継続的に」なのか。その根拠を、二人の先達が語っています。
最初の顧客との接触で葬り去られないビジネスプランはない
リーンスタートアップ運動を事実上創始した、スティーブ・ブランク氏の言葉です。計画は必ず現実とズレる。ならば、大きな計画を一度立てて神に祈るのではなく、小さく当てて学び続けるしかない。同じことを、デザイン戦略家の濱口秀司氏も指摘しています。
商品・サービスを研ぎ澄まさないまま提供することは、顧客に対しても自社にとっても背任行為である。(出典:濱口秀司 著, 「SHIFT:イノベーションの作法」, ダイヤモンド社刊)
濱口氏が勧めるのは「最初の100個を売り切る前哨戦」——β100——に絞って動くこと。莫大な予算を投じる前に、小さく顧客に当てて研ぎ澄ます。これはまさに、継続的市場探索の発想そのものです。 そして、この継続的市場探索を稟議を通った既存製品に対して回すと、ピボットの性質が一変します。「A用途でBに売る」前提で承認された製品でも、顧客との対話を続けるうちに「実はC用途でDが深刻に困っている」と見えてくる。一発勝負の大きな賭けではなく、対話の中から次の用途が自然に滲み出てくる。私はこの、継続的市場探索によって次の用途を発見していく営みを用途探索と呼んでいます。アーネストが偶然たどり着いた「シュレッダー用途」を、偶然任せにせず、仕組みで起こすわけです。

AI時代、新規事業のピボットから「3つのコスト」が消える

ここで当然、こんな疑問が湧くはずです。「継続的市場探索が良いのは分かった。でも、週次で顧客と対話し、分析し、仮説を検証し続けるなんて、結局また膨大な手間とコストがかかるのではないか」と。 その通りです。そして、まさにそのコストの高さこそが、これまでピボットを「大決断」にしていた正体でした。継続的市場探索という考え方自体は、2010年代から存在します。それがJTC製造業で当たり前にならなかったのは、手間がかかりすぎたからです。 ところが、AIがこの前提を根本から崩しました。ピボットを重くしていた3つのコストが、いま劇的に下がっています。
ピボットを重くしていたコスト 従来 AI活用後
①用途探索 (次の用途を見つける) 市場調査会社に外注。 数ヶ月・数百万円。 自社の技術・強みから、 用途候補を数時間で大量に洗い出す。
②顧客インタビュー (顧客の声を集める) アポ取り・訪問・設計・ 文字起こし・分析に数週間。 AIを仮想顧客に予行演習し、 設計と分析を自動化。 人は本番の対話に集中できる。
③仮説検証 (何を確かめるか決める) プロトタイプ製作と テスト設計に時間と費用。 検証すべき前提仮説を AIが構造化・優先順位づけ。 最小コストで検証できる。
この表が意味するのは、ただ一つ。かつて数ヶ月・数百万円かかったピボットの探索が、いまや数日・数万円で回せるということです。ピボットの「大出血」の正体だった探索コストが、AIによって消えていく。だからこそ、ピボットは大決断ではなく、軽い日常業務になり得るのです。 当社がこのプロセスに、AIディアソン(①用途探索)・AI市場捜査(②顧客インタビュー代行)・目利きスコープ(③仮説構造化)を組み合わせて実践しているのも、この「AIによってはじめてピボットが日常業務化できる」という現実を直視しているからです。

だから、事業ピボットはもう「大決断」ではない

継続的市場探索とAIによる軽いピボットには、JTC製造業にとって決定的な利点があります。稟議を、もう一度通し直す必要がないという点です。 理由はシンプルです。あなたが動かしているのは、すでに承認済みの製品だからです。新しい製品をゼロから起案するわけではない。軸足(製品・要素技術)はそのままに、向き(用途・顧客)だけを、顧客との対話に合わせて変えていく。だから、あの「撤退→計画の書き直し→稟議のやり直し→また神頼み」というとんぼ返りに、戻らなくて済む。 ここまで来ると、一つの境界線が溶けていることに気づきます。「用途探索で新しい市場を見つけること」と「新規事業を立ち上げること」は、もはやほとんど同じです。承認済み製品を軸足に方向を変え続ける組織には、「新規事業の立ち上げ」という気負った特別プロジェクトが消え、すべてが地続きの「継続的なピボット」になっていく。 これが、世間が「重い大決断」と呼ぶ事業のピボットの正体です。それは製品を捨てる清水の舞台ではなく、継続的市場探索とAIを使って、稟議の壁を正面突破せず迂回しながら、軽く方向を変え続ける日常業務なのです。  

まとめ:「新規事業のとんぼ返り」に、そろそろ疲れていませんか?

ここまで、新規事業の立ち上げに必要なプロセスやフレームワークを解説してきました。しかし、ここまで読んでこられたあなたは、心のどこかでこう感じているのではないでしょうか。 「理屈はわかった。でも、ウチの会社でこれを本当にやり切れるのか?」と。 正直に申し上げます。これまで世間では「新規事業開発だ」「イノベーションだ」とさんざん騒がれてきました。けれども、冷静に考えてみてください。稟議という強大なブレーキがかかり続ける日本の製造業(JTC)において、市場調査をして、計画書を書いて、承認をもらって、また市場が変わって書き直して……というとんぼ返りを延々と繰り返すこと自体が、そもそも無理だったのではないでしょうか。 そして、この無理ゲーから抜け出すための考え方が、世界の先進企業が実践する Continuous Discovery(継続的市場探索)です。顧客との対話を習慣として組み込み、稟議の手前で「学び」を積み上げていく。組織を改革するのではなく、いまの働き方に新しい一手を差し込むアプローチです。

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