この記事は、初稿当時(2022/2/28)バルミューダフォンの先行き不透明感からその失敗の可能性を指摘していたのですが、それがものの見事に当たってしまった、というものです。
バルミューダのビジネスモデル
すでに「サチッている」とされてきた家電の事業領域に次々と斬新な製品を出し、ベストセラーを数多く世に出してきたバルミューダの業績が、2021年度まで好調だったようです。最も伸びたのは「キッチン関連」、新しく出たバルミューダフォンは、スマホ発売初年ながら25億4,900万円と、同社としてはまずまずの売上高を計上したとされています(出典 CNET「BALMUDA Phoneは絶対にやってよかった」–売上高と純利益が過去最高)。
バルミューダのビジネスモデルは、
※英語で design というと設計の意味合いが強いため、ユーザ体験をデザインする力といいたいとき、美的能力を意味するこの連語を使っています。
このビジネスモデルは従来、十二分に機能してきたのですが、ここに来て同社がバルミューダフォンを上市、その事業が失敗、次機種開発をあきらめたため、大きなほころびが見えてきました。
寺尾社長は、原体験からアイデアを得て、それを、一般的な消費財にカテゴライズされるが、実は今までになかった
に落とし込んで、その付加価値により高価格帯であっても思わず買ってしまうようなプロダクトに昇華する才能にかけては、非常に才能に恵まれている方に見えました。
寺尾社長はスティーブ・ジョブズ氏を若年のころからリスペクトし、以下の3点で、似通ったところがあるとされてきた方です。
- プロダクトそのものではなく、それで演出できる「経験」を消費者に提供しようとする
- プロダクトの詳細にこだわり倒す
- 市場調査を全く行わず、消費者が求めていると気づかなかった新規プロダクトを創造しようとする
プロダクトそのものではなく、それにまつわる「経験」をユーザに消費させる
最初に大ヒットした扇風機 GreenFan のアイディエーションも、エコロジーという考え方が底流にあるとはいえ、小さいころ自転車に乗って味わった自然な風が原体験になって出てきたイノベーションだそうです。
GreenFan が一見単なる扇風機なのにヒットしたのは、以下のインサイトのゆえです。
自然な風を、特に人間は涼しいという風に感じるのだ
このように寺尾社長は、体験ということを非常に重視されるイノベーターです。2万を超える高価格にもかかわらず、大ヒットした The toaster も、「世界一のトーストをお客様に食べていただこう」というインサイトから始まっており、「世界一のトースターを造りたい」ではなかったようです。寺尾社長いわく、扇風機とトースターがしかし決定的に異なっていたのは、調理器具に関しては、作る楽しみ+食べる楽しみの両方がある、ということでした。
The toaster は、水分を上手に使って抜群に美味しいトースターを焼きあげるだけのプロダクトというだけでなく、かつてスティーブ・ジョブズ氏が生み出した、NeXT Computer “Cube” をほうふつとさせるおしゃれなデザイン、同社の加湿器と似た、注ぐのが楽しい構造の給水口に水を入れる方式など、「作る楽しみ」にもしっかりアドレスされた機器に仕上がっています。ここが、
の面目躍如たるところです。
寺尾社長がスティーブ・ジョブズ氏に似て、製品デザインにこだわり倒すのは、単に芸術家気質であるということにとどまらず、このようにユーザ体験に、プロダクトの外見が強くかかわってくるからでしょう。The toaster の外見がおしゃれなのは、台所において生活する、その生活そのものをユーザ体験と見立てているからです。
これは慧眼で、上掲の NeXT Computer で、実はジョブズ氏が失敗したところでした。
“Cube”を含めたNeXTのコンピュータは、総計たったの5万台しか売れませんでした。“Cube”は、ワークステーションともパソコンともとらえられる中途半端なスペックで、仮に当初企図していたワークステーションとして大学の研究室や企業のR&D部門がこれを利用した場合、真っ黒なジェラルミンのおしゃれな外観など、研究室で働く上で、ユーザにとってどうでもよく、それよりは無駄を削って価格を下げてほしいと、研究者なら誰でも思うわけです。
したがって、NeXTは、この事業領域でついに Sun Microsystems にかないませんでした(余談ですがジョブズ自身はAppleに「帰省」してからもこの Cube の失敗からあまり学ばず、外見は美しいが中途半端な仕様の Mac G4 Cubeで同じ失敗を繰り返しています)。
しかし、トースターは、下手をすると20年も同じ台所で一緒に暮らすかもしれないアイテムで、これの外見が洗練されていることは、確かにユーザにメリットが多分にあるといえるでしょう。
新規事業バルミューダフォンが失敗した理由
(注:この節の内容は、2022年2月末時点の初稿のままです。)
家電の印象が強かったバルミューダが初めて携帯電話を上市するということで、話題になった
ですが、この事業はどうなるでしょうか?
この製品こそ、ジョブズ氏とアイク氏が生み出したとされる(実際は全く違う、実際はどうだったかは、【関連記事】をご覧ください)iPhoneに対するリスペクトとオマージュの結晶みたいな新規プロダクトです。現在までの売上は、バルミューダフォン単体の売上計画27億に対して25億5000万(2021年会計年度)と、ギリギリ未達で、絶好調とまではいかなくても悪くないという感じでしょうか。
私の見立ては、
というものです。
理由は三つあります。
- 今回のプロダクトでは、同社の強みが生かし切れていない
- 携帯電話は単発売り切りでなく、リカーリングモデルであり、
バルミューダの従来のモデルとは異なる - iPhoneの特性であるプラットフォームとしての価値を生み出すようなアセットがバルミューダにはない
【関連記事】iPhoneは、天才スティーブ・ジョブズの発明だという大嘘
今回のプロダクトでは、同社の強みが生かし切れていない
私はバルミューダフォンをもっていないので、この動画など、ネット上のレビューに依存しています。今回の寺尾社長一流の洞察が機能しているのは、どうも、持ち運びしやすいという一点のみのようです。すなわち、ジョブ理論に基づいていないという結論になりますでしょうか。
カレンダーのUXが秀逸らしいのですが、これも、パソコンなどでも使えればともかく、プロプライエタリーなバルミューダフォンのみで動くアプリとなっており、そうなると画面が小さすぎ使いにくい。指紋認証の位置もピンボケみたいです。ネット上の評判を信じると、よく2万4千台も売れたな、というのが率直な感想です。
【関連記事】ジョブ理論で、他社を寄せ付けない オンリーワンのプロダクトを開発する
携帯電話は単発売り切りでなく、リカーリングモデルである
YコンビネーターのCEOマイケル・サイベル氏が指摘している通り、
のです。
iPhoneは天才スティーブ・ジョブズ氏の天才的な洞察から降ってわいた最初から完成された、歴史上最も売れた消費財などではなく、Appleがハードウェアを1年に一度更新し、iOSを何十回も書き変えて倦まずたゆまず改善してからこそ、今の形があります。このように、バルミューダが従来やってきた、十年以上もつ家電を単発で提供して、後続機を出さないビジネスモデルとは根本的に異なる、息の長いカテゴリのプロダクトなのです。バルミューダフォンにもしたがって同じ要件がのしかかってきます。アプリケーションの間断ない更新も含めた長期の保守費として同社のコストに響いてきます。
【関連記事】Yコンビネーターとは何者か?
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iPhoneの特性であるプラットフォームとしての価値を生み出すようなアセットがバルミューダにはない
バルミューダとiPhoneのビジネスモデルを比べたときの最大の違いは、
の種類と数です。
iPhoneはジョブズ氏自身が定義した通り、
でした。
そして iPod の背後には、無数の楽曲という最強のアセットをもつレコード会社が控えていました。そして、初代iPhoneには備わっていなかったものの、iPhoneは初代からベストセラーになったので、Appleはすぐに AppStore を投入出来ました。こうして同機はプラットフォームとなり、単機でこの上なく強力なエコシステムを築いてしまったのです。それもあって、iPhoneは両面マーケットのフライホイールを回して化け物商品になりました。
➡その勢いを殺さずに iPhone 自体をどんどん更新することで消費者を増やし、
➡その魅力で無数のアプリメーカーをひきつけ
➡アプリが増えてきたからフィーチャーフォンからさらに消費者が乗り換え………
と、雪だるま式に魅力を増幅させていったのです。
バルミューダフォンは、持ちやすさが優れているというその点では、箱を開ける瞬間からワクワクする iPhone と似た、経験を演出する魅力を持っています。が、こういう言い方をすると申し訳ありませんが、いまのところ(2022年初稿時点で)それだけです。このまま無策で行くと、単なるiPhoneオマージュで終わってしまう懸念があります。
バルミューダフォンの悲惨な末路
(2022年秋に追記)この記事の初稿がアップされたのが2022.02.28。同年の5月、バルミューダフォンは投げ売りを開始しました。14万円で当初売られていたバルミューダフォンは、実質1円、回線契約ぬきでも85%オフの正真正銘の投げ売りを開始しました。本家本元のiPhoneも、初代の後すぐに3Gの第二世代を安値で出して顰蹙を買ったにもかかわらず、初代、第二世代ともに、ヒットしたのとはわけが違います。投げ売り=もう携帯電話は造りません、という宣言としか思えません。なぜならすでに2万人の消費者を裏切って怒らせ評判を下げてしまったので、バルミューダフォン第二世代が出たとしても、まず誰も初見では買わないからです。
(2026年4月に追記)バルミューダフォンは、ついに、ソフトバンクの在庫にうずたかく積みあがったまま、はけることはありませんでした。2023/05/12、同社はスマホ開発事業からの撤退を宣言します。
バルミューダは家電メーカーで、携帯電話端末はデビュー戦でした。加えて、上で議論した通り、iPhoneを大ヒットさせたようなエコシステムはこれから構築するしかないのです。これでは、バルミューダの社長がいかにスティーブ・ジョブズ崇拝のポエムを奏でようと、あなたは消費者を裏切ったという、でかでかと刻印されてしまったレッテルをはがすことは容易ではありません。
iPhoneは、実はスティーブ・ジョブズ氏の発明ではありませんでした。ジョブズ氏が発明したのはそのビジネスモデルであり(実際にはAppStoreも彼の発案ではありませんが)、Appleの真の偉大さは、最初からドカンと傑作を出すことができなくても、うまずたゆまずの改善で徐々にiPhoneを傑作に仕上げていったことにありました。
バルミューダフォンの致命的な失敗は、バルミューダ社がこのことを全く理解していなかったことの証拠となってしまったのです。
アウトカム志向とは?
(この節は、2026年4月に追記したものです。)
最近、米国のプロダクトマネジメントの世界では、
ということがしきりと語られています。
例えばあなたが、テーラーメイドのドッグフードメーカーに勤務しているプロダクトマネージャだったとします。あなたの本当に「創り出す」べきものは何でしょうか?
単純に、それは、美味しくて栄養満点の、犬の長寿を約束するようなドッグフードに決まっていると、もしかしたらいま、思われたかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか?
あなたは一生懸命にドッグフードを創ります。あなたの会社は、これをラインに載せて大量生産します。しかし、テストマーケティングでは飼い主の評判がよかったのに、いざ量産し、大々的に販売したら、最初はともかく、すぐに売り上げが下がってなかなか損益分岐点に届きません。アンケートなどで調べてみたら、犬種によって好みがばらつき、がっつく犬種が期待したほどたくさんはいないようでした。
……チャネルセールスやマーケなどいろいろ努力しましたが、広告が飼い主に受けて一時的に売り上げが上がっても、肝心の「ペット犬を説得」することにこの新商品は失敗、結局、在庫が倉庫に積み上がったまま、同商品はEOLとなりました。
そう、あなたが本当に「創り出す」べきだったのは、ドッグフードそのものではなく、
だったのです。
これが言葉のあやではないことは、このケースでは、ドッグフードが在庫のまま廃棄されたことでわかります。
この場合、
- アウトプット(生産物)……ドッグフード(プロダクトの機能)
- アウトカム(大目的)……ペット犬の群れ(市場価値)
という構図です。
このようなアウトカムの誤認を、壮大なスケールで、典型的にやってしまったのが、バルミューダ社というわけなのです。
- 同社は製品の機能は「造り」ましたが(アウトプットレベル)
- 市場価値はほとんど「創ら」なかった(アウトカムレベル)
結果、在庫ばかりを大量生産したのです。
アウトカムとアウトプットを厳密に区別し、アウトカムのみをしっかり追いかけるべき理由を説明します。ビジネスアウトカム「ドッグフードに群がるペット犬の創造」をブレずに追いかけるのなら、当社は、思い切って競合の多いドッグフードメーカーの立場を捨て、ソフトウェア構築サービスに乗り出し、様々なメーカーのテーラーメイドブランドのドッグフードをD2Cで直売するためのプラットフォームを構築すべきではないか?という、ピボット先が容易に見つかるのです。
では、どうすれば
- どんなアウトカムを追うべきか
- どの顧客課題に取り組むべきか
- どんな打ち手を比べるべきか
を、最初から整理できるのでしょうか。
その整理のためのツール手段として、アメリカのプロダクトマネジメントの世界で主流になっているのが、Opportunity Solution Tree(オポチュニティ/事業機会・ソリューション/解決策・ツリー)です。
【関連記事】Opportunity Solution Treeとは?基本的な考え方、描き方、事例多数を解説(アメリカの最新プロダクトマネジメントの手法)
