「すごい壁打ち」の弊害??
先日、石川明氏の著書「すごい壁打ち」の出版記念イベントに参加してきました。
石川氏はかねてから、その温厚で尖ったところがなく敵を作ることが非常に少なそうなところからして大変尊敬している方だったのですが、今回サイン入りの自著を交換する機会に恵まれ、大変嬉しい思いをしました。
イベントの主題は、壁打ち。特に大組織において、壁打ちはいかに活用すればメリットが大きいのか、というお話でした。
伊藤羊一氏との掛け合い漫才みたいな、セミナーというよりは膝を崩した座談会的な雰囲気で、大変楽しく、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。
興味深かったトピックスは、壁打ちにチャレンジする側、壁打ちされる側のメリットと、そのメソッド(どれくらいの時間で、どのように機会を作るか?などなど)でした。
頷くことばかりでした。
さて、漫才ならぬ座談会が、かなりグズグズな感じで(笑)一通り終えた後、Q&Aになだれ込みました。
私は挙手してアクセラレーターを名乗り、壁打ちにはデメリットがありうるという話をしました。
私はコンサルとして伴走支援した時の経験を以下のように語りました。
ある、大化成メーカーを伴走支援した時のこと。依頼をいただく前に、その会社のCTOにあたる方のオンラインセミナーを念入りに拝聴して予習しました。
これはあなたにもおすすめのコツで、顧客インタビューでもなんでも、
というもので、念入りな下調べは必須です。
その中で、CTOの方は、
とのことでした。
歴史の長い、伝統ある大企業になればなるほど、お偉方が皆怖くて、おいそれと壁打ちする相手がいないということになりがちです。
実際、その石川氏と伊藤氏のイベントでも、
という質問が飛んだくらいでした。
ですので、その大企業の作った壁打ち文化は、手放しで絶賛するしかないものでした。
いざ伴走支援に入ったところ、確かに壁打ちをみなさん念入りになさっているようで、論理的には、完成度の高い事業企画が出てきます。
ところが、です。その企画をいざ顧客インタビューにかける段になって、事業開発者たちの腰が、あたかもそれが重金属と化したように、重くなりました。
どうも、こういうことらしいのです。
……私は天を仰ぎました。
気持ちは非常にわかります。と申しますか、私は人のことは全然言えません。
起業してこのかた、クライアント様には偉そうに顧客開発を説いているにも関わらず、慌てて企画書を作り、WEB広告を性急に打ったりして、こけたミニ事業は多数。
ですから、偉そうなことは申し上げられた義理ではないのですが、それでも、流石に、生成AIを使用した事業ディアソンソリューションの、おそらくは世界的な嚆矢であるAIディアソンを立ち上げた際は、流石に、
と、コツコツと、顧客開発の手順を踏みました。
その結果、同事業は、大企業に対して、39ライセンスを販売するヒット事業になったわけです。
果たして本当に造れるかどうかより、果たして本当に売れるかどうかを先に検証するのが、私が信奉する
の基本のキです。
実際、この質問をした時、伊藤羊一氏も、
と、全面的に認めてくださいました。
落ち着きましょう、あなたは科学者でしょう?
と考えることは、非常に危険である前に、冷静に考えると、科学的な考え方とは言えないはずです。
弊社の接するお客様には、製造業の、特にR&D部門の方が多数いらっしゃいます。
彼らは、東大理一を何度も落ちてついに早稲田の政経に日和って入学した私とは比較にならないほど理系のロジックに強く、アリストテレスの自然学のテーゼ、
は、ガリレオのように、
と、たかだか科学史マニアの私ごときより、はるかに骨身に染みてご存じのはずです。
アインシュタインのノーベル賞は、特殊相対論ではなく光量子仮説に与えられたものです。
なぜなら、その当時の環境では、相対論が実験で検証できなかったからです。
そして世界の実験物理学の研究者は、相対論がどのレベルまで正しいか、粒子加速器を用いて、世界中でいまだにせっせと実験しています。
「人類は核兵器開発に、成功しすぎるほど成功してしまったんだから、もう十分じゃないか」とは、彼らは考えないのです。
もし生前のアインシュタインが、最近メディアに登場しない日はない誰かさんみたいに、
とイキっていたら、彼はあそこまでリスペクトされなかったはずです笑。
ところがどういうわけか、事業開発の成功確率の話になると、
と、『フェイク・アインシュタイン』みたいなことを皆さん、言い出すわけです。
自分の事業企画ラブ、になってしまうこの現象を、IKEAの家具を自分で組み立てると、どんなに壊れやすくても、愛着が生じてなかなか捨てられないことから、
と呼びます。
その当時の私の直属の上司「(ちょっとバカにした目をして)富岡さん、検証など必要ないですよ、必ず売れます」
この、会話になっていない会話は、以前私が勤めていた事業会社で実際に交わされたものです。そして、その事業は、大赤字を出して大失敗しました。
自分の事業企画をとことん疑ってお客様に確認すればするほど、企画段階でボロがいっぱい出て、成功する確率は高まります。
そして検証のための実験は、自然科学と異なって、社内(実験室)から飛び出して、「現場100回」という「社会実験」をして初めて、客観的な成果を挙げられます。
なぜかあまり取り上げられないのですが、キーエンスがあれだけ成功した理由の一つは、この企画前/企画段階/開発段階での、社会実験の件数が半端なく多いことです。
すなわち、
です。これが顧客開発の鉄板の方程式です。
その逆も真です。
そして、間違った壁打ちは、どうも、企画の計画段階の(妄想上の)成功をエスカレートする役割を果たすようなのです。
なぜ壁打ちが事業の失敗を呼ぶことがあるのか?
むろん私は、壁打ちの意義を心の底から正当に評価する者です。
石川明氏の著書の結論を乱暴にまとめさせていただくと、壁打ちの最大の利点は、
となります。
これには私も心から賛同できます。
私も友人のある社長に隔週で壁打ちしていただいていますが、これは石川氏の著作にも奇しくも書かれていることですが、
といった、自分の潜在意識を深く探って、今まで気づかなかった視点から自分自身の考えを省察することができる問いを繰り出されると、非常によい気付きを得られます。
私自身にとっての壁打ち最大のメリットは、この、
です。
では、せっかくの壁打ちが、なぜ、事業開発を失敗の方向へ向かわせる方向へ働くことがあるのでしょうか。
三つの原因があると思います。
原因1:社内に対する格好の「頑張ってる」アピールになる
私はかつてものすごく驚いたことがあるのですが、オフィスの外をうろうろして顧客の声を集める活動は、「一体何やっているかわからない、報告書も読んでもらえない」という理由(!)で、ろくすっぽできない雰囲気の企業も実在するようなのです。
ところが、壁打ちはその真逆です。自分も社内に対しても開発をいかにも進めているのだというアピールができます。
これによって、顧客にとっての価値を必ずしも高めているわけではないのに、作業の時間は開発に注ぎ込んでいるという演出ができるので、それが効果を発揮しようが、事業の成功の足を引っ張ろうが、
という事実自体は記録に残せてしまうわけです。
原因2:壁打ち相手の説得によって事業アイデアに過度の自信がつく
少なくとも最初は、上手な「壁」ばかり社内に立ち並んでいる、ということはあまりないでしょう。
その意地悪い壁打ち相手に当たってしまったら、この壁を「乗り越える」(…よく考えると、なんのために?!)のはとても大変な作業なわけです。
気づきを得ると同時に、改善点を修正するタスクが生じます。下手をすると、何度もダメ出しを食らいます。
その結果、事業開発者の心理はどうなるか?
→「だから必ずこの事業は、別にお客様に聞きに行かなくたって、成功するはずだ」
と、全く理屈になっていない理屈で、事業企画に関して、変に自信を持ってしまうのです。
原因3:壁打ちで絶賛されてしまった
これはあるいは、(2)よりよほど恐ろしいかもしれません。
これは新規事業の奇妙な経験則で、複数の起業家、事業開発者が異口同音に認めていることなのですが、
のです。
逆に、私は何度も何度も目の当たりにしてきたのですが、社内で皆に絶賛されたアイデアは、必ずと言っていいほど海の藻屑となります。
そしてまた、演繹になっていない思考を辿って、事業開発者は、誤った結論にゆきつきます。
→「だから必ずこの事業は、別にお客様に聞きに行かなくたって、成功するはずだ」
生成AI相手の壁打ち
私自身の専門である生成AIを用いた壁打ちについて語ります。
生成AIは、確かにうまく使えば非常に効果的な壁となりえます。
ただし、リスクをよくわきまえていないと、むしろ悪い方向悪い方向へと事業開発が進んでしまう可能性が否定できないのです。
生成AIは、本質的に、
というプロセスで教育されています。
これは、AIが生成した複数の回答を人間のトレーナーがランク付けし、その「好ましい」順位を学習させることで、より人間が喜ぶような応答を生成するようAIを最適化していく手法です。
このRLHFを行う人間が、大衆迎合的にユーザーを満足させるようなビヘイビアをDNAレベルから生成AIのLLMに埋め込みます。
この結果、生成AIは、以下のような報酬関数に従って行動するように、プログラムされます。
ユーザーはお前がクリティカルシンキングしてじっくりと確実な答えを返すより、テキトーでもいいから、速攻で自尊心をくすぐるレスポンスを返すことを期待しているんだ!
本当ならじっくり検討しなければならないはずの、
– このユーザーの言うことに理屈が通っているか?
– このユーザーの言うことは事実に基づいているか?
– このユーザーは、事業が失敗する方向に物事を考えてないか?
そんなチェックはそこそこに、生成AIは、ユーザーのアイデアの、基本的には全面肯定をするように動作します。
なぜなら、生成AIが少しでも否定しにかかったら、ユーザーはへそを曲げて、生成AIの利用を中止してしまう懸念があるからです。
したがって、生成AIは、「この事業アイデア、あんたどう思う?」と聞かれたら、
と、ろくすっぽ考えず(というかLLMには『考える』機能がそもそもない)、しばしば事業企画書を熟読すらせず、太鼓持ちのようにすぐさま絶賛する傾向が非常に強いのです。
先日、生成AIに『教唆』されて高校生が自殺し、OpenAIが訴えられた、いたましい事件がありました。
この事件などはまさに、生成AIがユーザーに寄りそいすぎたために起こった事件だと考えられます。
その結果、2.(3)で取り上げた
という失敗ケースに陥ります。
私のような、AIディアソンの初版を2023年の1月にリリースした人間は、生成AIに私に迎合させず、真に役に立つフィードバックを正直に吐露させる方法を何十通りも熟知していますが(ご要望あればセミナーや勉強会を開きたいと思います)、そのようなテクニックを持たない方は、厳に気をつける必要があるのです。