新規事業開発の勘違い:事業家のお墨付きなんかもらいに行くな

新規事業開発の勘違い:事業家のお墨付きなんかもらいに行くな

新規事業開発の勘違い:事業家のお墨付きなんかもらいに行くな

新規事業の「目利き」?/スケールする事業アイデアなんて誰も見極められない

ここにおいて、いわゆる

なんぞ、およそスケールしないという話をしました。

それどころか、極端に成功した事業に限って、アイデア誕生時はくそみそに言われたと。

あくまでも私の経験則だが、Yコンビネータのデモデーでピッチするスタートアップは、3~5年後の市場トレンドを映す鏡である。
出典:「御社の新規事業はなぜ失敗するのか? 企業発イノベーションの科学 」田所雅之著 光文社
上記の田所氏の見解には、おおむね賛同します。
だからこそ、本来はライバルであるはずのベンチャー投資会社であるSequoia Capitalのような会社が
Yコンビネーターに資本を入れ、資金を運用してもらっているのです。
が、これはあくまで結果論であり、田所氏の出身であるVC、あるいは大企業の視点からの話で、
Yコンビネーター自身の意図とは、実はどこまでも反します。

YコンビネーターのCEOマイケル・サイベル氏は、スタートアップの創業者に語りかけています。

Yコンビネーターの使い方として間違っているのは、
スジのいい事業アイデアと、そうでない事業アイデアの目利きの仕組みとして利用することだ、
思いついたアイデアがスケールしそうかどうかを、我々に判定させようとしても無駄である

なんとなれば、こっちもそんなものわかるわけないから、と。

どうも、いいアイデアを思いついたらまずはYコンビネーターに応募してみて、

通ったら創業してみようという、けしからん

なんちゃってファウンダー

がいるらしいのです。

そして、上記の事実の根拠として、しつこいくらい何度も繰り返し、

いろいろな機会にサイベル氏が語っているのは、

どんな事業アイデアがスケールするか、アイデア段階でわかる人間は、
(創業者自身もYコンビネーターのパートナーも含めて)この地上には誰もいない

ということです。

新規事業の「目利き」/偉大な事業家だとスジのいいアイデアがわかる?

今では押しも押されもせぬ大事業に成熟した、エニグモ社が提供する、

海外ファッション通販サイトNO.1. BUYMA

ですが、ランチ当初は、事業が伸び悩んだそうです。

同社の創業の物語である

「謎の会社、世界を変える。―エニグモの挑戦 (須田 将啓 (著), 田中 禎人 (著))ミシマ社刊」

という本にこんなことが書いてありました。

BUYMAのアイデアをもんでいた際、こんなことを著者は考えます。

バイマのビジネスモデルに二人で惚れ込んでいたので、「それがどんな形であってもいいから、世の中に出したい」という気持ちだけだった。
(上掲書)

事業企画に関する、熱い想いです。似たような思いをもって

フィル・ナイト氏は Nike を、

ハワード・シュルツ氏はStarbucksの前身となるカフェバーを、

創業していますから、アントレプレナーには必要な情念でしょう。

しかし、

事業企画に関する熱い想い = 客観的には何の意味もない、暑苦しい自己愛

だということを、私も含めた事業屋は絶対に忘れてはならないのす。

自らのアイデアが誰が何と言おうと絶対正しい、というこの確信は、

イケア効果

という名前の付いたバイアスで、

成功した起業家(一握り)も、
めちゃくちゃ頑張ったけど、結局残念ながら失敗した起業家(大多数)も、
等しく具備している

ものです。

この書物の中で、シーズ段階の同社に対して出資を考えている会社の紹介で

堀江貴文氏にアイデアをぶつけるシーンがあります。

堀江氏は圧倒的な決断の速さで、「やったほうがいい」といってくれ、著者たちは大盛り上がりです。

私は、このシーンを読んだ時、

え?なんで喜ぶの???

と、全くピンときませんでした。

これが逆に、

ホリエモンに徹底的にこき貶されたのでピボットした

なら、至極ごもっとも、と頷いたでしょう。

直感に反しますが、

およそ著名な起業家のお墨付きをもらうことほど、危ないことはない

からです。

どういうことか説明していきます。

日本ではテーマパークなどの観光施設でしかお目にかからないセグウェイは、

2001年12月のランチの前の段階では、

スティーブ・ジョブズ氏、ジェフ・ベゾス氏、ビル・ゲイツ氏といった著名人達が
「人間の移動形態を変える革命的な製品」と絶賛した

プロダクトでした。

スティーブ・ジョブズ氏と一緒にAppleを起業した、

名機 Apple Ⅱの技術的な生みの親スティーブ・ウォズニアック氏も同機の熱狂的なファンで、

友だちと一緒に同機を多数そろえて、セグウェイに乗ってポロをプレイしました。

出典:

ベゾス氏に至っては、同機の Amazon.com での専売契約を結んだほどのほれ込みよう、

笑顔で同機に乗る、今となっては恥ずかしいベゾス氏の写真も残っております。

その後、セグウェイは売れたでしょうか?

友人が勤務している、私たち家族の大好きなテーマパークであるハウステンボスで、

かつて一度だけ、私はセグウェイを見たことがあります。

みんな、セグウェイを乗り回す自らの様子を、同行者に写メしてもらっていました。

10年以上前ならともかく、いまどき、家のルンバを自慢げにSNSにアップしたら、

友達にドン引きされませんか?

すなわち、セグウェイの開発者の当初の狙いのように

ロボット掃除機なみに一家に一台のレベルまで普及していない

から、レアものの価値が出てしまっているのです。

セグウェイは、近年、残念ながら製造を停止してしまいました。

それは、どんなに頭のいい起業家だって予測を外すことぐらいあるだろう

いいえ、私が指摘したいのは、そんな話ではないのです。

起業家だからこそ、セグウェイの未来を見誤った
といいたいのです。

Airbnbの創業者、チェスキー氏は、世にランチされたばかりの Uber の熱心なユーザでした。

(後にカラニャック氏と対談し、そのあまりにアクの強いキャラにドン引きしています(笑))

上記のマイケル・サイベル氏は、チェスキー氏とゲビア氏をYコンビネーターに推奨した張本人であり、

Dropbox と Twitter のもっとも初期の(最初の数百人以内)の、アーリーユーザの一人です。

管理人は、上記の偉大過ぎる起業家たちに比べれば吹けば飛ぶような人間ですが、その私を含めて

全ての起業家は、一点で共通しています。

他人の真似をして、つつがなく安定した人生を送ることに興味がなく、
誰もやったことのない何かに、常にチャレンジし続けることで生きがいを感じる

のです。

したがって、新しいサービスが出てきたら、

周囲の評価に全く関係なく、まず自分がまっさきに飛びつきます。

常人であれば、水を飲むと一滴残らず全部吐いてしまうので、

最低でも入院を覚悟した絶不調な状態で、私のように、

どうせならスタートアップのサービスを使っている救命救急病棟にいって、救命を体験してみよう

などという、我ながら変態的といっていい発想をするわけがありません。

簡単に言えば、

全てのエッジの立った起業家は、必ず、Technology Adoption Life Cycle でいうところの
イノベーターたち、すなわち、ベル曲線の端も端、たった0.25%の中に必ずいます。

ですので、失敗ばかりしてきた事業家にビジネスモデルを批判されたらこれは珍重すべきですが、

絶賛されたら、逆に、

うさんくさ、ヤバくないか、我々のアイデアは?

と思うくらいでちょうどよいのです。

では、誰の意見を珍重すればよいでしょうか?

上掲書は、THE LEAN STARTUP刊行前の2008年に上梓されているくらいですから当たり前かもしれませんが、

エニグモの創業者たちは、BUYMAをランチするまでに、

全く顧客インタビューをやっていないように見受けられます。

そして、ランチしてみて最初は全く売れず、市場を読み違えたかと臍を噛みます。

そりゃあ、そうでしょう。

BUYMAの創業者たちは、堀江氏のレビュー結果を歯牙にもかけず、

プロダクトの本格的な開発開始前に、ひたすら顧客のもとに足を運ぶべきでした。

事業企画にお墨付きを与えられるステークホルダーは、たったの一人です。すなわち、顧客です。

BUYMAは売れたからいいじゃないか、とおっしゃるあなたの辞書に、

結果論

とか

とかいうボキャブラリーはありますか?

事業転換/ピボットは新規事業開発と事業再生のきっかけ:
一発で「スジのいいアイデア」を引き当てようとするから失敗する

Founder/Market Fit

では、Yコンビネーターがバッチに参加したスタートアップに対して放置プレイで臨むかといえば、

もちろん、そんなことはないです。

Yコンビネーターは、アイデアは黙殺して、創業者を見るのです。

Customer/Problem Fit (その問題が本当にその顧客の中に眠っているか?)のはるか手前で、

アーントラプレナー/イントラプレナーが気にすべき別の Fit があります。それが

Founder/Market Fit

です。要は、

そのアイデアを手掛けるのに、あなたはふさわしい何かを、レジリエンス以外に具備しているか?
という設問です。
Quicy という、ハーバード大学の
リーンスタートアップ学派
とでも称すべき流派の、
プロの職業婦人にオンラインで自分の体にぴったりフィットするスタイリッシュなアパレル
を提供するという、野心的な試みに挑戦したスタートアップがありました。
過去形で書いたのは、創業してたった半年で倒産したからです。
同社の
秘伝のたれ=強み
は、実際に着てみなくても、リモートでぴたりとサイジングができる仕組みでした。
同社は完ぺきなMVPをつくり、価値仮説を検証した後、
最初のプロダクトラインをランチし、それは大いに売りまくりましたが、
シーズンが変わるごとにタイムリーに次のプロダクトラインを出し続けることができず、廃業しました。

The Lean Startup Method/リーンスタートアップメソッド的には、

ほぼ完ぺきに起業を遂行したにもかかわらず

同社が失敗した原因の一つを、ハーバードの学生だったQuincyの創業者たち二人にアーントラプレナーシップを講じ、

同社に投資もしているトーマス・R・アイゼマン教授は、こう分析しています。

due to their lack of industry experience, the founders had no prior relationships with these partners.
業界の経験がなかったために、彼女ら創業者たちはこれらのパートナー(アパレルを実際にデザイン、製造してくれる業者)たちとの付き合いは事前には一切なかった。
Eisenmann, Tom. Why Startups Fail. Crown.

付き合いが一切なかったがゆえに、

大ブランドからの発注に比べて、ぽっと出のスタートアップの発注がないがしろにされ

シーズンに合わせて速いペースで変化する製品を出し続けることができない、

という悲惨だがほぼ確実に出来すると予測のついたはずの未来を、

このリーンスタートアップ的には優秀な二人の創業者は予測できませんでした。

このように、Founder/Market Fitは、

その事業に対するモチベーション+その事業を遂行するケイパビリティ(個人の強み)

がその創業者に備わっているかどうか?を判断する基準です。

これは、大企業のイントラプレナーに関しても当てはまるチェック項目だと思います。

Yコンビネーターのパートナーの助言で「本業」にもどった Brex

典型例なランチェスター戦略でフィンテックの世界をディスラプトし、

2021年4月時点で、$7.4Bもの圧倒的な時価総額を誇るユニコーン

Brex

は、創業者二人が南アメリカから渡米してYコンビネーターのバッチに参加した当時は、実は、

VRヘッドセット

という、およそ原型のかけらも今は見当たらないプロダクトを造るつもりでした。

Yコンビネーターのパートナーが、彼らの事業アイデアを下記のチェックリストにかけました。

# チェック項目 スコア 備考
1 理論的なスケーラビリティ(TAMの大きさ) その事業アイデアはどれほどスケールしそうか?(TAMがありそうか?) 1-10 Yコンビネーターのマントラ
「(多くの)人々が欲しがるものを造れ」
2 Founder/Market Fit その事業アイデアは、①そのスタートアップの創業者自身が欲しいと思い∧②世の中にそれを実現できるプレイヤーがそんなに多数いるとも思えず∧③その創業者なら高い確率で実現できそうか? 1-10 ①、②は、Yコンビネーターの創業者ポール・グレアム氏自身が設けた基準
3 実現容易性 Demo Day までの3か月に、投資家を納得させるだけの fidelity を誇るMVPが準備できそうなくらい、実現が容易か? 1-10 例えば、量子コンピュータのスコアは1
4 早期フィードバック すでに何人の顧客候補からポジティブなフィードバックが得られているか? 1-10 BUYMAは創業当時はスコアが低かった

VR製品は、ひどい点数でした。

特に、2,3,4は、軒並み 10点満点中、1点か2点という惨憺たる成績です。

そこで、創業者二人は、バック・オブ・ザ・ナプキンに描いたアイデアの段階で、

ピボット

を決断します。すなわち、

なかなか与信されないスタートアップの皆様に、手軽にコーポレートクレジットカードを提供します

という、現在のサービスです。

その結果、チェックリストの各項目のスコアは、爆上がりします。

# チェック項目 スコア
1 スケーラビリティ 10/10(全世界のすべてのスタートアップが顧客になりうる)
2 Founder/Market Fit 10/10(創業者自身がクレジットカードの調達に苦しんでいた)
3 実現容易性 3/10(金融のルールは、南米と北米・欧では、大きく異なる)
4 早期フィードバック 8/10(もともと南米で同じ業態の事業を展開していた
https://pagar.me/)

出典:Yコンビネータースタートアップスクール/Dalton Caldwell – All About Pivoting

この事例は、まあ、元の鞘に収まっただけといえなくもないので、それほど印象的な事例ではありませんが、

いずれにせよ、大企業における新規事業のスポンサーである上長や、

スタートアップにとっての投資家や、

スタートアップが意見を「お墨付き?」とやらをもらいに行った有名な起業家といった

いっても主観的な評価基準

でなく、

極力客観的な基準

をもって事業アイデアの良しあしを測ろうとする態度は、おわかりいただけたと思います。

さて次回は、上記の Brex のように、successful なピボットでスケールするアイデアをつかむ手法について解説します。

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