事業開発の鉄則:顧客をセグメントしても意味などない

事業開発の鉄則:顧客をセグメントしても意味などない

2022.01.18

イントロダクション  ドトールはやはりスペシャリティコーヒーを提供していなかった

スペシャリティコーヒーというのの発祥は、Starbucksではなく、 同じシアトルでも、モノレールの駅だそうです。

1980年から続くMonorail Espressoという、
to go/テイクアウト専門店がモノレールの駅でエスプレッソを始めたのが嚆矢

と、タリーズジャパンの生みの親、松田公太氏が、下記の本で書いています。

[出所] 松田 公太 著, 「すべては一杯のコーヒーから」, 新潮社刊

で、最近、びっくりしました。ドトールコーヒーが

従来の我々は、スペシャリティコーヒーを提供していませんでした
 
ということを自ら宣言している店を発見したのです!

アイキャッチ画像をご覧ください。

わかりにくくてすみませんが、普通のドトールの隣に、特別な香りのあるドトールがもう一店舗。

で、手前のその店「ドトール珈琲店」の店先に、わざわざ

スペシャリティコーヒー

と銘打ってあるのです。

すぐに入店して、たったいまランチを食べながらこの記事を書いています。

「珈琲店のビーフカレー」なるものをとったんですがね。これが、コーヒーとセットでなんと1,370円!

従来の、いわゆる「喫茶店」のお値段じゃないですなあ。

店内の調度はシックに統一してあり、コーヒーは確かに普通のドトールよりはるかに旨い。

敷居高めで、かつ、COVID-19 それなりにはやっている状況なのに、お昼時満席で、待ち行列ができていました。

店の人に伺ってみると、

ドトールが10店舗のみ出している店舗

のようです。東京ではほぼ機能を果たさなくなったかに見える、

昔ながらの喫茶店

を洗練させて、スペシャリティコーヒーを出すというブランドイメージと理解しました。

実はもともと、ドトールがスタバやタリーズの大向こうを張っていないことは、よく知っていました。

街中にいくらでも証拠が転がっている

からです。

事業戦略のポイント:GAFAと真っ向勝負するな

兵庫県三宮の小高い丘の上には、北野の古民家群があり、ヨーロッパ風の、ひなびた感じの観光地になっています。

ここは明治の昔からヨーロッパ人の方々が居を構えていたエリアで、その街並みが保存されています。

その中に、古民家を改造して造った、「普通のスタバ」の中では、恐らく最も瀟洒なスタバがあります。

北野の古民家群の中にあるスタバ  

訪れたのはCOVID-19発生前の年末だったのですが、中国からのインバウンドであふれかえっていました。

入店した客は、私も含めて、申し合せたようにエクステリア、インテリアの写真を撮っています。

やや滑稽なことに、通りを隔てたこのスタバの斜め前に、これは古民家の改築でなく新築ですが、

街並みに合わせた欧亜風のタリーズの店舗があります。

タリーズがスタバとガチバトルしている証拠です。

タリーズコーヒージャパンは、上掲書を読むとよくわかるのですが、米国 Tully’s と、ほぼ無関係な会社です。ブランドを分けてもらっているだけ。

今のタリーズコーヒージャパンは、伊藤園によって経営されていますね。

その証拠に、東京駅のKITTEには、日本茶を出すタリーズがあります。

ひるがえって米国のTully’sですが、Starbucks同様、スペシャリティコーヒーが誕生したと言われる

シアトル

に生まれました。そして、徹底的にStarbucksとバトルしました。Wikipediaによると、

タリーズコーヒーを探す最も簡単な方法は、スターバックスの前に立ち、あたりを見回すことだ

と、シアトルの巷間では云われているくらいガチだそうです。出典:Wikipedia

そして、これもWikipediaの二次情報で申し訳ないのですが、小さなチェーンの買収などでStarbucksと争って負け、

結局おひざ元シアトルのシェアをStarbucksにとられてしまって、一度チャプター11を申請しています。

その後某ハリウッドスターにエンジェルとして出資してもらって事業再生しております。

ここから導出される教訓は、私は以下だと思います。

市場にGAFAMが存在するときは、決して正面切って戦うな

事業戦略はジョブ理論にもとづくべき:スタバ/タリーズ vs. ドトール

三ノ宮の高校生は、スタバ/タリーズとドトール両方を使いうる

翻って、肝心のドトールです。

三宮で私にあらかじめ確信があったのは、

この北野の丘には、ドトールは決してないだろうな
ということでした。

このあたりにあるのではないか?と、丘を降りて、うろうろ探しに行きました。

そして、ちょっと滑稽なほど「案の定の場所」に、それはありました。

三宮の駅の高架下

です。ごちゃっとしていて、地元の方には申し訳ないけれど、おしゃれとはお世辞にも言えないエリアです。

三宮周辺にお住いの人々の生活エリアなのだから、これは当たり前です。

中を少しのぞき込んだら、高校生のカップルが仲良く勉強していました。

ここでマーケティング理論のお偉い先生にご登場いただくと、大喜びして、

スタバ/タリーズとドトールでは、狙っている顧客セグメントが違う

とかのたまいそうです。

確かに、インバウンド観光客というセグメントに関していうと、ドトールのターゲットにはなりにくそうです。

しかし、高校生に関しては、

へえ、ほんとですか、それ?

とツッコミたくなります。

むろん、ここで、ジョブ理論の出番です。

まずはドトールが推進させてくれるジョブを記述します。

ジョブの要素 要素の値
Progress/推進したいこと カフェ勉する
Conditions/おかれた状況 カノジョと一緒に、ときどき会話しながら
Obstacles/その状況での障害 コーヒーの美味しい、おしゃれな店だと、高校生の財布に優しくない
Imperfect Solution/イマイチの解決策 スタバ、タリーズで一緒に勉強する
Quality/妥協できる、下辺の品質基準 コーヒーはそこそこの味でよく、必ずしもおしゃれな店内でよくてもよい

(1) 三宮周辺に在住する高校生が三宮高架下ドトールのサービスを hire して推進する Job To Be Done

ここまでは、いいですね?

ところが、全く同じペルソナが、北野のスタバ、タリーズを使わざるを得ない状況というのは、余裕で起こりえます。

ジョブの要素 要素の値
Progress/推進したいこと お茶しながら休憩する
Conditions/おかれた状況 兵庫県外から訪ねてきた友だちを案内して、北野の古民家群の観光地めぐりをしている途中
Obstacles/その状況での障害 三ノ宮駅までそこそこ距離がある
Imperfect Solution/イマイチの解決策 三ノ宮の高架下まで移動して、ドトールで休憩する
Quality/妥協できる、下辺の品質基準 観光地の雰囲気を崩さない、北野の丘から遠くない場所、値段は高めでもまあよい

(2) 三宮周辺に在住する高校生が北野のスタバ/タリーズを hire して推進する Job To Be Done

ここではっきり言えるのは、以下のことです。

高架下のドトールは、上記の
「(2) 三宮周辺に在住する高校生が北野のスタバ/タリーズを hire して推進する Job To Be Done」
をほぼ完全に捨てて、アドレスしていない

明らかに、このジョブで競争する気がないのです。

地元の住民や三ノ宮の通勤客が頻繁に使用すれど、

インバウンドが大挙してドトールにはいるような事態が極めてまれにしか起きないと考えられるのは、

顧客の、ターゲットとなるジョブ

がドトールのそれと異なるからであり、ターゲットの客層が異なるからではありません

短期に地元に住んでいる中国人の顧客が高架下のドトールを利用することは、当然あり得るわけです。

鉄則:顧客を属性でセグメントするな、顧客のジョブを分析せよ

スターバックスリザーブ vs. ドトール?

と、サブタイトルに?をつけてしまったのは、もちろん、明らかに、この両者が同じ土俵の上で戦っていないからです。

スターバックスリザーブ

この記事に加えてもう一店舗、スターバックスリザーブを紹介しましょう。

 

鎌倉駅から少し歩いたところの閑静な住宅街にある、やや和洋折衷の感がある、こちらも非常におしゃれな店舗です。

この記事で取り上げた中目黒店ほど豪奢な感じでなく、コーヒーの単価も普通のスタバのそれと大差ないのですが、

自前の庭をもつスペシャリティコーヒーの店舗には、初めて入店しました。

混んでいることを除けば、非常に快適で、ゆっくりとくつろげる空間です。

イーロン・マスク氏が Tesla の創業者でないのと同様、

ハワード・シュルツ氏はStarbucksの創業者ではない

のですが、現在のスタバという「サービス」を生み出しました。

Starbucksに勤務していたシュルツ氏は、あるとき、イタリアに渡ります。

そこで、非常に美味なエスプレッソを出す、街の人たちのコミュニケーションと場となっている

エスプレッソバー

の「サービス」を満喫し、その味にも、その場の雰囲気にも深く感銘を受けます。

アメリカに帰国したシュルツ氏はこのエスプレッソバーを始めるようStarbucksの経営者に上奏しますが、

カフェ経営は我々の範疇外

と、拒否されます。

拒否はしましたが、このアイデアを実現したいシュルツ氏が独立開業する際、Starbucks社の経営陣はこれに出資します。

自宅でもオフィスでもない、すこぶる快適な、第三のコミュニケーションの場 The third place

という概念を社会学者レイ・オールデンバーグの著書から引っ張っきて新しい形のコミュニティとしてのカフェを創業した

シュルツ氏は、成功を勝ち取り、ブランドごと、かつて自分を雇い、祝福とともに送り出してくれたStarbucksを買収します。

要は、Starbucksの店舗は、コーヒーを売っているのではないのです。

Starbucks Experience/スターバックス体験

を売っているわけです。海外のスタバではカップに自分の名前を書いてもらえますが、

ああした懇切丁寧な接客も、この快適なコミュニケーションの場を売るサービスを成立させる重要な要素なのです。

一方で、ドトールの事業戦略は全く異なります。

クイズ:街中を自動車で走りながら、ドトールがスタバとガチで勝負していない証拠を見つけよ

このクイズを出題すると、

ええと、コーヒーの単価が安いこと?

とか、おいおい、それ自動車の中からわかるのかい、という回答が返ってきたりするのですが、

下の写真を、上の鎌倉のスターバックスリザーブと見比べていただければ一発です。

スタバは、高速道路のPA/SAの屋内に出店することはあれ、このように、ガソリンスタンドの中に店舗を決して作らないでしょう。

コーヒーを飲みながら、席から誰かが車にガソリンを入れるところが見えてしまうとか、

ガソリンの臭いが店内に漂うことがあったりとか、そんな体験を

Starbucks Experience/スターバックス体験?

とか称したら、庭付きのスタバのひなびた雰囲気を堪能して、ファンになったリピーターたちも、たちまち逃げてしまうからです。

そしてこの2店舗も、たとえこのGSドトールが鎌倉にあったとしても、全く競争しないことが明らかです。

逆に、

鎌倉を車で通過しているだけのあなたが、運転の疲れをとり、眠気をさますために30分だけお茶したいということであれば、
スターバックスリザーブが近くにあると知っていても、ガソリンスタンドの中のドトールに躊躇なく入るでしょう。

そしてポイントは、上記の2つの行動をとるのは、

同じあなたという人物/特定のセグメント

だということです。

事業開発/事業再生に、なぜ従来のセグメンテーションが使えないのか?

このことを、ジョブ理論の生みの親の一人、クリステンセン教授は、この記事で取り上げたGoogleでの講演の中で、こう表現しています。

私の名はクレイトン・クリステンセンです。
私は、残念ながら、64歳です。
残念ながら、昔は、6フィート8インチでした。残念ながら、いまは、6フィート6インチです。
幸運にも、素晴らしい奥さんと結婚しました。幸運にも、子供は5人います。
三人目のマイケルは、残念ながら、ここ(ベイエリア)へきてスタンフォード大学に通っています。
今、私は自分の特徴や属性をすべて述べました。しかし、私は自分の特徴や属性は、ことごとく、
私がニューヨークタイムズを買うことの理由づけにならない
のです。

この説明の前に、教授は、自分が在籍するハーバードを含めた大学で教えられている

マーケティング理論は、逆のやり方をしている

と静かに、しかしはっきりと、喝破しています。

何が逆なのか?こういうことだと理解しています。

従来の、年齢がどれくらいで性別は何で職業が何で………というセグメンテーションが場合によっては機能したのは、

そのセグメントの人物が特定のジョブを遂行することが多い傾向がある

というだけの理由です。この逆の、

ある特定のジョブを遂行する人間が特定のセグメントを形成する

はいえないのです。

例えば私が子供のころは、カプセルトイを買い求めるのは子供と相場が決まっていました。

我々おじさんたちの世代は、スーパーカー消しゴムとか、筋消しを、胸をワクワクさせながら買い求めたものです。

ところが先日新橋駅で久しぶりに降りて、こんな光景を見て、びっくりしました。

新橋駅でカプセル問いを買い求める大人

大人たちが次々とカプセルトイを買い求めています。

役立たずの権威ある、マーケティング理論の専門家とかコンサルファームの先生とかなら、

中に入っている製品が違うのだから、セグメントが変わって当たり前だ

とのたまうでしょう。

しかしこの見識、半分までしか当たっていないです。

ジョブの要素 要素の値
Progress/推進したいこと キン肉マン消しゴム/コップのフチ子を集める
Conditions/おかれた状況 すべての超人/フチ子シリーズのすべてがそろっていない状況
Obstacles/その状況での障害 カプセルトイでしか、購入することができない
Imperfect Solution/イマイチの解決策 おもちゃ屋/Amazon.com で、欲しいものに似ているフィギュアを買う
Quality/妥協できる、下辺の品質基準 ワンコインなら、ほしいものが絶対に出てくるとは限らなくても、まあいいか

カプセルトイの機械を hire して推進する Job To Be Done

気がついたら全く同じ消しゴムが何個も昔の子供たちのおもちゃ箱に入っていた理由は、

必ずしも狙い通りのアイテムを引くとは限らない

という、宝くじの要素があったからです。

俗っぽい言い方をすると、この「サービス」は一見モノ売りに見せかけて、実はその売り方はコト売りだったというわけです。

そして、新橋駅でカプセルトイを買い求める現代の大人もまた、全く同じワクワク感/くやしさを味わいながら

コップのフチ子たちを集めているのです。

すなわち、カプセルトイという仕組みそのものを、顧客のセグメンテーションで考えることには、まるで意味がありません。

鉄則:顧客を属性でセグメントするな、顧客のジョブを分析せよ
 
この記事の前編になっている記事は、こちらにあります。

コメントを書く

送信いただいたコメントは承認後、表示されます。

CAPTCHA