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ベンチマークするに足る、DXの大成功事例を内緒でお伝えします

DX DXを成功させるためにはどうしたらいいのか

新規事業開発/お手本になるDXの成功事例

管理人は前職のコンサル会社で何十回と

お手本になるDXの成功事例を教えてください
と問われました。
いいですとも、喜んで。
DXという概念が、ウメオ大学教授のエリック・ストルターマン教授によりその論文
“Information Technology and the Good Life” /ITと良い生活
で語られたのが、2004年。
ところが、この会社は、それよりはるか前、1990年代に、エネルギー事業という
最もDXにそぐわないと思われている事業領域をデジタル化で圧倒的に刷新、大成功します。
その当時、ようやくブレイクしつつあったネットを用いて、
エネルギーをオンラインで素早くやり取りできる仕組みを、一から構築したのです。
この画期的なオンライン市場ができたのが、1999年。
Amazon.com の創業が1993年。
1999年といったら、 Amazon.com がどうにか黒字化し始めた時期で
新聞 BARRON’S 誌にベゾス氏を小ばかにする記事が載った、ちょうどその年。
ベゾス氏のTwitter
Listen and be open, but don’t let anybody tell you who you are. This was just one of the many stories telling us all the ways we were going to fail.
聞き耳を立てよ、オープンであれ。しかし、自分が誰であるかを誰にも規定させるな。
このBARRON’Sの記事は、Amazon.com はこんな失敗の末路をたどるであろうとした無数のストーリーのうちの、たった一つにすぎない。
https://twitter.com/JeffBezos/status/1447403828505088011/photo/1
(いやあ、ベゾス氏、かっこいい。将来こんなセリフを吐いてみたいものだ。
というか、この古新聞をまっ黄色に変色するまでとっておいたということは、そうとう根に持っていたのね💦)
つまり、ECサイトなど、うまくいきっこないと市場には評価されていたのです。
ところが、このDXの概念が誕生する5年も前にスタートしたこの会社が導入したいわば
エネルギーの2側面マーケット/two sided market
は、ランチしてからあっという間に無数のトレーダーが参加し、
事業拡大のフライホイールが回って、大々的な成功を勝ち取ります。
すなわち、
Product/Market Fit
です。

この企業は、実に1996年から2001までの5年間、

アメリカで最もイノベーティブな会社

に、Fortune 誌によって選ばれ続けます。

Forbes は、

信じられないほど素晴らしい会社、皆さん、お手本にしてください

と、手放しで称賛する記事を、2002年に載せます。

現在の経産省が

DX銘柄

とかいうすこぶるまぬけ壮大な企画を、我々の血税を無駄につぎこんで起ち上げたように、

当時のアメリカ政府が推進していた、デジタル/ネットを使った

ニューエコノミー

というイニシアティブの筆頭と、同企業はたたえられます。

その企業の正体こそ、むろん、

Enron/エンロン

です。

失敗に終わった事業拡大:なぜ Enronは破綻したのか?

というわけで、

パクりたいのなら、Enronをパクったら良いのではないでしょうか?

はい、この記事終わり。

…………

と終わらせてもいいのですが、読者がさすがに離れてしまうので、

  1. EnronのDXの、どこがここまでイノベーティブだったのか?
  2. そこまで成功したEnronがなぜ粉飾決算せざるを得ないほどの奈落の底まで滑り落ちたのか?

を分析していきたいと思います。

EnronのDXの、どこがここまでイノベーティブだったのか?

1999年に世に出た EOL/ Enron Onlineは、まさに究極のDXでした。

EOLが登場するまでは、エネルギー、例えばガスを調達しようと思ったら、

業者たちは、

別のトレーダー/ブローカーに電話して、交渉して価格を決め、取引していた
のです。

Enronは、最初は中堅どころだったとはいえ、

自身ガス・電気などのエネルギーをトレードする業者でしたから、

これがいかに非効率な方法か、骨身にしみて知っていました。

すなわち、Yコンビネーターの事業アイデアの判断基準の一つである、

自分が苦しんでいる問題を解決せよ

を、このEOLというサービスは、地で行っていたわけです。

EOLの企画者は、せっかくガスという瞬時に取引できる商材を扱っていながら、株式市場のように、

どこの誰が、いくらぐらいで買いたがって/売りたがっているのか?

という市場全体の情報が与えられていないのが問題であると洞察します。

そこで、当時はまだ存在したAOL/アメリカオンラインをもじって、

EOLという、ガスを瞬時にオンラインで取引できる画期的なサービスを世に出します。

このEOLの使用手数料、実は、完全無料でした。

Enronの幹部は、

EOLは無料で、簡単で、ハマりやすかった
と、表現しています。

では、いかにしてEnronは収益を上げていたのでしょうか?

買い手は、EOL上で見つけた取引相手から買っているように一見見えていて、

事実上、いつもEnronから買っていました。

売り手にしても、事実上、いつもEnronに売っていました。

すなわち、EOLは真に自由な取引ができるNY取引市場などとはかけ離れた、Enron独占のマーケットでした。

なぜこんなことが起こるのか?

EOLはオンラインでガスの取引ができる、当時、事実上、唯一のマーケットでした。

ライバルの Dynergy 社がEOLの数か月後に同様のオンラインマーケットプレイスを起ち上げますが、

そのポスターの中で、Dynergy のトレーダーは、EOLを使っているくらいでした。

Yahoo!がGoogleの検索エンジンを導入したのと同じことが起こっていました。

ここには、著しい

情報の非対称性

がありました。

Enronだけが、

コンペの何社がどれだけのガスをいくらで買い付けた/買い付けようとしているか

という情報をすべて握っていましたから、

最強のバイイングパワーを誇るEnronにしかできない価格でガスを買い占めるのは容易です。

一度買い占めたら、今度は、価格を釣り上げて売り、そのお金でまた買い占めを行います。

理論的には、無限に儲け続けることができる

アービトラージ(製品を右から左へ流すビジネス)

です。

特に小口の取引では、Enronの自由にならない取引はありませんでした。

いわば、全員の手札を知っている胴元がポーカーに参加しているようなもので、

Enronは価格を自由にコントロール出来ましたし、ライバルの戦術もシースルーでした。

実際、あるEnronの社員は、

あなたはわが社の独占を十分に活用しました

と人事評価で高く評価されていたような有様です。

ここまで読んで、いくら優れたDXだからといって、

こんなアコギなビジネスが参考になるかと思われたあなた、ちょっと考えてみて下さい。

Dynergy のトレーダーがEOLを使っていたのは、Enronのせいですか?

Enron以外のトレーダ―すべてに、EOLを使わなければならない義務はなかったのです。

むしろ、上記のような

Enronにひれ伏すことを意味することを百も承知で、
ライバル企業たちが使い続けざるをえなかった、事実上一択のEOLは、
間違いなく出色のイノベーションでした。
完全競争市場大嫌いなピーター・ティール氏好みの、秀逸な独占戦略です。

EOLは自他共に認める革命であり、Enronはうなぎ登りの時価総額を享受します。

出典:

Enronはなぜ粉飾決算せざるを得ないほどの奈落の底まで滑り落ちたのか?

重たく眠たいエネルギー事業に新風の金融工学を持ち込んだとたたえられたEnronは、

あくなき野望をもって、今度は新興市場に乗り出します。

自らのEOLを底辺で支えている、ブロードバンドインフラ市場です。

当時は光ファイバー網が急速に広がりつつあった時期で、ここに打って出ようとした

Enronの判断は、エマージング市場の大きさという視点では、間違いではなかったでしょう。

Enronは、二匹目のドジョウを狙って、光ファイバー網の売り買いを行うオンライン市場を起ち上げます。

しかし、光ファイバー網のオンラインマーケットプレイスでは、

どうしたことか、取引はサッパリ行われませんでした。

MCI WorldCom や Verizon Communications といった通信業界の大御所は、一向に参戦してきません。

スキリング社長が400億ドルをEnronの時価総額に加えると宣言したこのビジネスは、

たったの1,600万ドルの価値しか生み出しませんでした。

株主から指弾されることを懼れたEnronは、

子会社を新しく作り、グループ会社同士の取引で会計を膨らませて見せる粉飾決算に手を染めます。

どうやら Enron はこの市場に参入して初めて気が付いたようなのですが、

当時の光ファイバー網は、ガスや電気のように、

需給の関係性から一瞬で価格が決まるようなプロダクトではなかったのです。

なぜなら、同時の光ファイバー網には、地中に埋まっていることは間違いないが、

ファイバーを終端するE/O変換器にもO/E変換器にも接続されておらず、そのままでは通信ができない、

ダークファイバー

だったからです。

簡単に言ってしまうと、レーザーを通すための土管はあるものの、

肝心のレーザー発振器につながっていないのです。

ハードとして完成品ではあってもそのままでは役に立たないものでは、

そのときは無価値ですから、売るのも買うのも、当然時間がかかります。

すなわち、Enronは、Product/Market Fitの4条件のうち、

Adaptability/時代への適合性

が全く欠けた事業に乗り出してしまったのです。

これはなぜ起こったのでしょうか?

原因は至極単純で、この記事で論じた

Founder/Market Fit

を欠いていたからです。

Enronは、もともと、ガスや電気といったエネルギーの取引のプロ集団でした。

しかし、通信に関しては、おそらく、全くの素人でした。

私自身はもともと、出来栄えはすこぶる悪かったですが、通信畑のエンジニアで、

日本で光ファイバー網がようやく伸長しつつあり、

ぴーひょろろろろ

と鳴るモデムをほとんどの日本人がまだ使っていた時代に、まだ現役でした。

ですから、この話を知ったときはEnronらしからぬあまりの間抜けぶりに、

ありえない

と、殆ど呆然としました。

Enronは、調子に乗ってしまったということになるでしょう。

出典:The Washington Post: Broadband Strategy Got Enron in Trouble

ここからEnronは急転直下赤字が膨れ上がり、時価総額を保つため粉飾に粉飾を重ね、

破綻に向けてまっしぐらに落ちていきます。

事業開発とDXの関係性:DXに成功し、事業に失敗した Enron

結果、 Enronは、

DXに成功し、事業には大失敗しました
下表で光ファイバー網のマーケットプレイスの条件の評価で、
フィージビリティのみ、満点をつけています。
なぜなら、EOLのシステムをコピーでシステムは7、8割完成したはずだからです。
すなわち、システムが完成した時点で、DXは成功していたわけです。
Product/Market Fitの条件EOL光ファイバー網マーケットプレイス
Desirability/市場性
Viability/事業継続性×
Feasibility/実現性
Adaptability/時代への適合性×
Enronの事業とProduct/Market Fitの4条件

しかし、事業継続性はその場で一瞬で取引ができないから×ですし、Adaptabilityもしかりです。

ここで多くのイントラプレナーは、実はEnronをあまり笑えないはずなのです。

なぜなら、事業を起こすとき、フィージビリティスタディをやらない会社は珍しいが、

デザイヤビリティスタディ

とか

ヴィアビリティスタディ

とか、FSよりもはるかに大事な調査を行おうとしない事業者はごまんとあるからです。

(ここでいわゆる市場調査はデザイヤビリティスタディには入りません。なぜか、という話は別途します。)

ここに書いた通り、DXのためのDX推進は愚の骨頂です。

本当に大事なのは、時代に乗り遅れないためにDXを進めることではなく、
デジタルを活用しようがしまいが、事業に成功すること、顧客価値を最大化すること、です。