一発で画期的な事業アイデアを得ようとするな

事業転換のきっかけ_コマツの建機の盗難

一発で画期的な事業アイデアを得ようとするな

イントロダクション

管理人の大好きなサッカー漫画 DAYS の主人公柄本つくしは、

足も遅いし不器用な、およそサッカーの天賦の才とは無縁の凡人として描かれています。

彼の唯一の武器は、部活を始めたときから、朝も昼も夜も

徹底的な走り込んで身につけた脚力。

とにかく誰よりも試合中に走ること。そうすることで、つくしはチーム全体をいつも鼓舞します。

その脚力の上に、ひとつひとつ、コツコツ、必要なスキルを愚直に積み上げでいきます。

FWであるにも関わらず、聖蹟高校のチームメイトのつくしの評価は、

柄本がシュートを決めるイメージは全く湧かない

という、ひどいものです。

そんなつくしが物語の終盤も終盤も積み上げた最後のピースが、その問題のシュートスキル。

同じFWでも、サッカーの天賦の才にかけては聖蹟一の評価をほこる天才大柴喜一は、

つくしのシュート練習を見ていて、

ボールの置き所に気を遣いすぎだ、時には思い切って足を振りぬくことも必要

と正しく指摘します。

同じくFWで、こちらは怪物と呼ばれるとてつもない身体能力の持ち主水樹寿人キャプテン、

彼のシュートの評価は

シュートした後によく倒れているが、形はどうでも、とにかくゴールに球が入ればいいと思っている

というものなのですが、と一緒にシュート練習をするつくしは、

あることをきっかけに思い切って振りぬくことの重要性に気づきます。

そしてその結果……てん末は、サッカー漫画の金字塔、DAYSをご自分で読んでお確かめください。

突飛なアイデアなんか出てこなくてもよい

前置きが長くなりましたが、

前回、事業アイデアの査定の方法を説いたのは、

この記事で触れたような、

どんなに頑張っても、物議を醸すような画期的なアイデアが出てこない

アイデアの便秘症状

でお悩みのあなたに福音を授ける前触れでした。

日本の、特に大企業のイントラプレナーたちは、柄本つくしのシュート同様、

アイディエーションをとかく特別視しがちなきらいがあると思うのです。ここで触れた

スジのいいアイデア

という言葉を口にするイントラプレナーやVCのキャピタリストにぶつかるたびに、

この人たちはアイディエーションという行為を

デルフォイの信託/イタコの口寄せ

だと勘違いしていないか?と真剣に心配せざるを得ないのです。

どうやらこの現象は日本には限らないらしく、Yコンビネーターが、

この「デルフォイのアポロン神殿の巫女」や「イタコ」に、名前を付けています。

その名も、

Fake Steve Jobs/偽りのスティーブ・ジョブズ

です。

このフェイク・スティーブ・ジョブズ氏、天啓を得て、iPhoneやiPadのコンセプトを授かり、

いきなり完璧な製品として具現化、世に出して、大ヒットさせます。

実際には、特にiPhoneは、誕生時の紆余曲折が、

Appleに損失と甚大なレピュテーション低下をもたらした難産でした。

そしてそもそも、

マルチタッチスクリーンをもつ携帯電話を思いついたのは、スティーブ・ジョブズ氏ではなかった

のです。

このことを語りだすと私はまるまる一晩熱く語れてしまうので、またの機会に書きます。

ここでは、下記の事実を知っておいていただければ十分です。

Product/Market Fitに到達しうる事業アイデアは頭の中に
ある段階でずば抜けた構想である必要性は全くないし、
天才でないと思いつけないものでもない

ホンダのスーパーカブ誕生秘話

MBAなどで教えられるマーケティング理論の中で、非常に有名な逸話があります。かつて、

アメリカを走るバイクの2台に1台はホンダ製だった

という、ジャパンアズナンバーワンの時代が、1960年代から1970年代にかけて、ありました。

この時代を築いたホンダのバイクは、USの州をまたがるスピードウェイに似合う

ハーレーダビッドソンも真っ青の勇壮な大型バイク、などではなく、

今の日本では新聞配達でみかけるようなずんぐりむっくりした原チャリ、

スーパーカブ

でした。

supercub

うわー、確かにアメリカの、しかもL.A. 周辺のワイルドなイメージには全く合わない……。

コンサルファームの大手BCGは、この圧倒的な成功の歴史を、

アメリカのオートメーカの依頼でデスクトップリサーチし、

アメリカの中流階級に的を絞った秀逸なマーケティングに基づくビジネスプラン、戦略の勝利

と結論付けます。

しかしのちに、殆ど既成事実化していたこのストーリーを、

日本研究で著名な経営学者リチャード・パスカル教授が、単なる伝説であるとひっくり返します。

(以下出典は、The Honda Effect, by Richard Pascal. 非常に面白い論文です、おすすめ。)

ホンダに直にパスカル教授がインタビューをした結果、

実はこのスーパーカブ、純粋に瓢箪から駒だったとわかりました。

ホンダも元々、ハーレーダビッドソンの大向こうを張った製品をアメリカに投入しようとしていました。

ところが、

米国の公道は、日本より圧倒的に高速で、かつ、移動距離も段違いに長い
ことから、大型エンジンにガスケットとクラッチの深甚な不具合が続出、テスト失敗となります。
ホンダはやむをえず、
米国の大型バイク市場には、改良した機種を投入しよう

と決心します。

現地の状況を調べるため、スーパーカブをロスアンゼルスに運んで、

L.A. とその周辺のだだっ広い道を右側通行でテコテコ走っていたホンダのスタッフ、

不思議と米人に頻繁に呼び止められ、

そのバイクいいな、どこで手に入るの?

ときかれます。

ホンダのスタッフは、スピードウェイで風切る大型車でなければ北米では人気が出ないと思い込んでいましたから

大いに首をかしげますが、しかし、あまりに何度もいろいろなスタッフがこの珍事に出くわすため、

思い切って、スーパーカブをアメリカで売ってみようか

という検討を始めます。

皆様お分かりの通り、ホンダのスタッフは、意図せずに

Get out of the building して、顧客の生の声からインサイトを得ていた

のです。ここで理解しておいていただきたいのは、この発想、すなわち、大型バイクから原付への

が、いかに当時のオートメーカ、バイクメーカーの常識から見て型破りだったか、という点です。

ある製品をある市場に投入する前には、必ずどのメーカーも、大枚はたいて市場調査をしていました。

日本とアメリカでは、規制や売り方など全く違いますし、

そもそも需要が同じとは思えないわけですから、当たり前です。

(というか、今でもしています、それを確信犯的に全くやらないのは、Ferrari や Tesla ぐらいのものでしょう。)

MVPという概念がなく、計画どおりに製造した完成品をいきなり市場にぶつける、こてこての

線形プロダクト開発

以外の手法を、すべての人間が知らない時代の話です。

しかし、この時のホンダには市場調査を実施する資金がなかったために、

このとんでもない、しかし、最終的には、

何も知らない外野からは芸術的と称賛されるアイデアが採用されてしまいます。

このピボット、追い詰められた事業開発チームの窮余の一策であり、

スーパーカブを売るという最終的な決断には、途方もない蛮勇を必要としたはずです。

この記事の中で着目すべきは、以下の三点です。

  1. スーパーカブを北米市場に投入するというアイデアは、ホンダ社内でも反対者のほうが最初は多かったはずの、
    すなわち検討段階ではスジの悪いとされた、しかし、結果としては画期的なアイデアだった
  2. この発想は、従来のプロダクト開発のやり方からは完全に out of the box な発想だった
  3. この発想は、天才フェイク・スティーブ・ジョブズがひらめきから生み出したものではなく、
    アメリカ市場への製品投入に失敗した事業開発チームの
    ギリギリまで追い詰められた状況から出た、苦肉の逆転の発想だった

ミハエル・チクセントミハイの

フロー理論

の流れをくむ心理学者キース・ソーヤーは、

現実から厳しいダメ出しを食らって、チームにストレスがかかり、
チーム全体がフロー状態(Group Genius)に陥って、即興で適切な判断を下せた

と評価しています。

出典:

この本のタイトルになっている

Group Genius
という言葉、グループで考えるとろくでもない結論が出やすいという
Group Thinking/集団浅慮
の反意語としてつくられた造語で、
追い詰められストレスの適度にかかった状況ではチーム全員の頭脳が活性化して、
素晴らしいアイデアが出やすいというものです。すなわち、
最初卓越したアイデアがなくても、とりあえず船出してみて、
歩き回りあちこち棒に当たっているうちに、
状況にピボットを強いられ、画期的なアイデアを創出することがある
ということです。
この意味でも、Get out of the building はしきりとやってみる価値があるのです。

エアレジもまた、自然なピボットの産物だった

ピボットの時に卓越したアイデアが出る
という、嘘のような、しかし実例が実にたくさん列挙できる現象は、
別にジャパンアズナンバーワンの時代にさかのぼらずとも、現代日本にもときどき見られます。
以下は、麻生要一氏に、その講演の中でうかがった秀逸な事例です。
リクルートが事実上独占プラットフォーマーとなった、小さな小売店がタブレットなどでレジを代替する
エアレジ
ですが、もともとこの事業開発に取り組んで造ったものではないそうです。
もともとは、ホットペッパー事業で、アプリのUIを改良しているときに、
いろいろな小売店の店主に片端からインタビューしていたとき、彼らの共通のペインが出てきました。
専用機器は高いし場所を食うので、気軽に導入できず、お客さんにクレカによる支払いをしていただけない
というものでした。
意外と、クレカの手数料が負担できないから、クレカ支払いが導入できないわけではなかったのです。
ここからインサイトを得たスタッフは、
一般的なタブレット上で動くアプリでこの支払いが処理できないか
と思いつき、エアレジが開発されます。
いまではホットペッパー加盟店の非常に多数にこのエアレジが導入されたために、
ホットペッパー側のサービスにビッグデータによる改良が加えられるようになったそうです。
ここからさらに、もう一つのネタが派生します。
CO-NECT

というスタートアップがあります。

社長の田口雄介氏は、もともと、まさに

リクルートでホットペッパービューティーやエアレジの事業開発を担当されていた方で、

リクルート退職し独立後に最初に起ちあげられた会社は

HIDEOUT CLUB

という、バーとウヰスキーのアプリだけを提供する会社でした。

ところが、バーの方々から話を伺うことが多くなるにつれ、

日本の飲食店が抱えている、もっと大きな問題に気づきます。それは、

このデジタルの時代に、店主は、FAXを使ったお酒の受発注が面倒くさい
→日本の飲食業の B to B支払いは、実は未だに7割がFAX!

という、衝撃的な事実でした。

そこで、このペインにフォーカスしたSaaS、CO-NECTをあらたに起ち上げます。

これは、デジタルリテラシーが低くとも、簡単にデジタルな受発注ができるサービスです。

この事業は順調に業績を伸ばしています。

スーパーカブにせよエアレジにせよCO-NECTにせよ、

後からさかのぼって考えると、至極当たり前に見えると思います。

しかし、それは後知恵そのものです。

Airbnbには、最初、オンラインで宿泊費を事前決済する機能が、実はありませんでした。

MVPだから搭載していなかったのではなく、

そもそもそんな機能が必要であることに気づかなかった
のです。
Airbnbの創業者チェスキー氏が、後知恵では「超・当たり前」に感じられるこの機能が必要だと気づいたのは、
自分たちのサービスを利用して別の都市に渡航した際に、
現金の手渡ししか手段がなかったのに財布を忘れ、
ホストに、サービス自体を詐欺呼ばわりされたのがきっかけでした。
上記はピボットというよりイテレーションの話ですが、このように、

後から外野が考えるよりも、事業開発の現場では、

こうした思い込みを乗り越える判断は、至難なのです。

Group Genius による画期的なアイデアをインサイトとして得られるのは、

自分のビジネス企画にこだわらず顧客の声を常に虚心坦懐に聴き、

ブレイクスルーの瞬間を常に虎視眈々と捕まえようとしているチームだけです。

コマツの「モノからコトへ」も実は瓢箪から駒だった

今ではDXのお手本のようにたたえられるコマツのIoT事業ですが、

これも、偶然から始まりました。

1990年代後半の正月のこと、

コマツの建機が盗難にあった
というニュースが全国を流れました。
むろん、コマツに非は何もないのですが、
コマツ=盗難される建機
などというイメージがついたら、たまったものではありません。
コマツの社長は怒り、部下に対して、
建機が盗難されない仕組みを実装しろ

と、当然のことながら、指示します。

お気づきでしょうか、

Group Genius
のトリガーとなる、ストレスがコマツの社員にかかったのです。
後の会長までおなりになる、当時の経企室長坂根 正弘氏は、このように述懐されています。
当時はすでにカーナビが普及し始めていたので、「あのGPSを搭載したらどういうことが分かるんだ?」と技術者に聞いたら、所在場所が確認でき、通信機能を付けることで位置だけでなく他のセンサー情報も取れるようになるというのです。(中略)それを聞いて、じゃあ同じことを建設機械でやったらすごいことができるじゃないかと私は直感しました。そこでGPSの位置情報のほかに、エンジンコントローラーやポンプコントローラーから情報を集めることで、その機械がいまどこにいて、稼働中か休止中か、燃料の残量はどのくらいかといった情報を取得し、通信機能を使ってコマツのセンターにデータを送る仕組みを開発しました。これが「KOMTRAX(コムトラックス)」というシステムです。
上記のホンダの例とは異なって、新製品をコマツは追い求めていたわけではありませんが、
社外で事件が起こる(コマツの建機が盗まれる)

プロダクト開発チームにストレスがかかる(社長の下司)

チームが打開策を練る(「GPSをつけよう」)

インサイトを得る(「直観」と坂根会長は表現しています)

productise/商品化する(KOMTRAX)

大ヒットする
の展開はそっくり同じです。
社内でうじうじアイディエーションするのではなく、
まずは社外に出て挫折したタイミングが、
画期的なアイデアを売る最高のタイミング
とすらいえなくもないのです。

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