事業開発のポイント:MVPとプロトタイプは違います

プロトタイプ

事業開発のポイント:MVPとプロトタイプは違います

2021.12.05

プロトタイプとは?

公共の建物などに行くと、玄関のところに、良く自分がいま中にいる建造物のモックアップ(模型)が飾ってありますね。あれが典型的な

プロトタイプ

です。要するに「雛形」という意味ですね。このプロトタイプがあれば、実際のモノのイメージがわくので、

顧客 ー デザインチーム ー エンジニアリングチーム間のコミュニケーションがとりやすい

わけです。ここでしかし、留意点。このプロトタイプ、

プロジェクトスポンサー、サービスのコンセプト、最終成果物のおおよその形の3つが、予め決まっている場合もプロトタイプを構築できてしまう

ということ。すなわち、リーンスタートアップのみならず、線形プロダクト開発(※線形プロダクト開発とは正確にはプロダクトアウトとも違う事業開発の旧来のやり方で、)の場合も使えてしまうのです。このとき、

プロジェクトの目的は、顧客価値の創造でなく成果物を世に出すこと

になっている、すなわち、手段が目的化している危険性が 少なからず あります。

 

プロトタイプの種類

スタートアップのハッカーの方々に最もお馴そみのプロトタイプの種類は、

ワイヤーフレーム

だと思います。

ワイヤーフレーム

プロトタイプとしてのワイヤーフレーム

ワイヤーフレームのうまく機能した例として、しばしばアジャイル開発の話で取り上げられるのが、米百貨店のNordstrom が、デザイナーやエンジニアを眼鏡売り場に1週間集結させ、常時顧客と接し続けながら、眼鏡のフィッティングをシミュレートする iPad アプリをゼロから高速で開発した事例です。

この開発の冒頭、コーディングを始める前に、デザイナーは逐次進化していくペーパープロトタイプを顧客に見せながら、UI/UXをその場で設計していきました。

出典: Nordstrom Innovation Lab (youtube)

ところが私に言わせると、このワイヤーフレームタイプ式プロトタイプには、問題点とまではいいませんが、それがきちんと機能するには、隠れた前提条件があります:

  1. 開発しようとしているものがソフトウェア製品であること
  2. ソフトウェア製品であっても、エンドユーザー(顧客とは限らない)が直接触れる画面が、しかも複数機能分、あること(例:API自体が売り物、というタイプのサービスや、機械制御を行うAIを含むソフトウェア製品などには使用できない)
  3. 発注書/LOIが出ているなど、顧客の購入意思が決定的なものであるという、ステークホルダー全員が納得できる証拠があること

条件① 開発しようとしているものがソフトウェア製品であること「紙芝居でPoCしろ(?)」

①については、私は、ある自動車メーカーの事業開発者の方をインタビューしたときの記憶が鮮明です。

そのメーカーには、日本でも一、二を争うほど有名な新規事業開発のプロが率いるアクセラレーターのトレーニングプログラムが入っていました。その著名なプロがトレーニングの中でこう言っていたそうです。

紙芝居(画面遷移図)で PoC しろ

あるエネルギー系の事業を開発していたその女性の事業開発者ははたと困りました。それはそうですよね、画面遷移図なぞ、彼女の事業には登場しようがありませんから。

そこで彼女はその著名人を呼び出し、どうすればいいのか、直接問いただしたところ、はかばかしい返事は得られなかったようです。2回目に彼女をインタビューしたところ、つれない口調で彼女はこう仰っていました。

あの人の言っていることは役に立たない

ちなみにこの「画面遷移図で PoC」うんぬんには、③の問題も、原理的に抜きがたく付きまといます。

理由は簡単で、画面遷移図を見せられたところで、顧客は購入意思を口約束でしか示せるわけがなく、そしてその口約束は、この記事「PoC(Proof of Concept)とは?ほとんどのPoCが失敗する理由を解説」に書いた通りの原理で、ほとんどの場合反故にされます……

条件③ 顧客の購入意思が決定的なものであるという、ステークホルダー全員が納得できる証拠があること

ここで重要なのは、口約束ではないという、顧客自身も含めたステークホルダー全員が納得できる物的証拠があることです。

新しい寝室

私はこの絵を見せられたとき、思わず感動してしまいました。サクッと描き上げたたった一枚の絵で、我が家の二階の一室の未来の姿がパッと分かったからです。

この絵は、我が家の和室のリフォームの建築事務所の方が短時間で作成してきた、最初の見積もりの一部です。 この絵もまた、ワイヤーフレーム型のプロトタイプといっていいでしょう。

この記事の扉絵のような、建築のひな型は造るのに相当の工数を費やすようですが、この絵は、言っても1時間程度でササっと描き上げたそうです。しかし、それでいて十分にプロトタイプとして機能しています。

見積もりをいただいたとき、そのリフォーム業者が抱えていた最大のリスクは、家の持ち主のイメージ通りのリフォームができないというものでした。それを解消するため、上から見た図面だけでなく、出来上がりを明確に想起できるこの絵を、パースをとってサクッと短時間で描き上げ、

家主である我々の想定するリフォームとイメージが合うかどうか?

を確かめたわけです。実際に、この絵が訴えかけるイメージと、家主である我々のイメージが異なる部分を、この絵のおかげで、最も早期に見つけ出し、修正し、合わせこむことができました。

一つ大きなポイントは、建築事務所の方は、この絵を描くことで、エンドユーザでありかつお金の支払い手である顧客とイメージを合わせた、という点です。

(実際、たった今、この通りにリフォームされた書斎で、このブログ記事を書き直しています。)

私がこの業者さんの行動が素晴らしいと思ったのは、万が一受注できなくても、この「プロトタイプ」の作成にはたかだか1時間の工数で済むので、著しく出血が少ない、という点です。いち私邸の、たかだか一室ですから模型を作る作業は省かれましたが、その代わりに、この絵が私たち家族に提示されたわけです。

ただし、この「ワイヤーフレーム」にも、上記の「紙芝居」タイプのそれと同様、③購入意思問題が付きまといます。

この意味で、私はこれも、MVPとは呼べないと思っています。

 

MVPとは何ですか?

MVP/Minimum Viable Product の定義は、例によってこれも人によりさまざまのようなのですが、この記事では、Yコンビネーターの定義を採用します。

MVPは、「プロダクト」でなく、「プロセス」である

実はこの考え方の裏には、

MVPの Viable は、顧客の購入意思を厳密に判定できるという意味である

という隠れた、直感的には理解しにくい前提があります。

要するに③顧客の購入意思の、証拠付きチェックができるかどうか、です。

これだけだと直感的にはわかりづらいので、以下に譬えをあげて説明します。

 

事業化されて何の価値もなかったプロトタイプの例

線形プロダクト開発の大失敗例アウガの歴史

ここに、ある意味、

プロトタイプは作られたがMVPは作られなかった

という建物があります。

もっと正確に言うと、

フィージビリティ(Feasibilty/実現性)をお試しするプロトタイプは作られたが、市場性(Desirebility)を検証するMVPは作られなかった

という建物です。それは青森市のアウガです。

 

アウガはもともと第三セクター・青森駅前再開発ビルが構想していた、青森市の中心地の開発計画を紆余曲折あって青森市が引継ぎ、185億円の開発費をほぼ全額負担して、

市が保留床を購入し、図書館、多目的ホールや男女共同参画プラザと駐車場を整備し、さらに青森駅前再開発ビルが残りの保留床を買い取ってテナントに貸し出す手法を採った(出典:NEWSポストセブン)

ものでした。開発のときは、詳細な図面のみならず、必ず、模型が作られたはずです。上記の、モックアップタイプのプロトタイプですね。

2001年のオープンからすぐに人が殺到したようにみえ、コンパクトシティの成功例として、国内のみならず海外からも称賛されました。

が、実のところ、この施設は、最初の話題性に富んだ時期を過ぎた後は、ずっと赤字続きでした。売上が計画未達で、2008年には第三セクター・青森駅前再開発ビルの債務が約23億円まで膨れ上がります。

青森市はこれを救おうといろいろ動きますが、2016年には資金回収をできなかったことを理由に市長を引責辞任するスキャンダルとなりました。

 

Product/Market Fit/プロダクト/マーケットフィットの4条件のうち、

Viabilty/事業持続性

が、都合、最初の2回の会計年度だけしかもたず、アウガは破綻しました。青森市の都市計画マスタープラン策定に携わった井上隆・青森大学教授は、

アウガは最初から失敗だった』と断言する。中心部に居住する若年層は少ないのに若者向けファッション中心の店舗構成としたうえ、三セクは市の出資比率が60%を超え経営陣には民間出身者が少なく実質的に公営――などの問題点(出典:2016/07/25 日本経済新聞)

を指摘しています。要するに、公営なので、採算性とかろくに考えないで線形プロダクト開発で世の中に出してみたはいいが、お客さんが当初の想定ほど寄り付かなかったという、あるあるのてん末ですね。オヤジギャグ風に言うなら、

建物は建ったが、売上は立たなかった

のです。

 

アウガ企画時点で何をやっておくべきだったか?

私は最大の敗因を、

プロトタイプは作られたが、MVPは一度も作られなかった

せいだと考えています。

この場合最大のリスキーな想定/Assumption は、

果たしてオープンしてから継続的に人がたくさん集まり続けるだろうか?

だったわけですね。膨大な資金を投入し、この巨大な箱モノを建造してからそれを検証するのだと、完璧に、

終わっている

わけです。すべての投資はサンクコストとなり、泣いても叫んでも戻ってこないから。ですので管理人なら、更地の段階の建造予定地で、半年間くらい、テンポラリーなイベントを張り続けます。

 

そして、入居を考えてくださっている企業に対して、自分が調査した結果を共有した上で(例:この周囲の住民は高年齢層なので若者向きのアパレルはおそらく売れません、など)そこに仮店舗を出店をいただきます。

おそらく青森市は、オープン前から、東京なら上野、御徒町に近い場所だったと想定されます。だから、同じアパレルショップを出すのなら、その時点から10年くらいは売れそうな高年齢層につよいブランドを並べられるセレクトショップがいい、とかですね。

逆に絶対NGなのは、実際にアウガでやってしまった、若者に強いブランドです。客層から、このあたりの製品が一番売れそうだ感じだと思われるものを取り揃えていただき、その一自店舗で売ってみていただく。そして、店舗ごと製品ごとの売り上げなど、KPIを全部トラックする。

3か月も とっかえひっかえいろいろな店舗に出店頂ければ、「これがいちばん当たりそうだ」という店舗と、店頭に並べる商品のリストができます。

入居者側も、最低限の経費でマーケットは検証済みですから、あらかじめ自信をもって、店を仕込めるわけです。受け入れるアウガ側にも、店舗の自信を反映した自信があります。これが本当の

MVP

です。つまり、

アウガのためにはプロトタイプは作られたが、MVPはついに作られなかった

のです。

そして、このMVPに価値があると私が判断した理由の一つが、上記のワイヤーフレームの条件、というか実際は制約の、

  1. 開発しようとしているものがソフトウェア製品であること

を全く満たしていない、という点です。

 

結論:プロトタイプとMVPの違いは何ですか?

上で述べた通り、プロトタイプとMVPの違いは、MVPはそもそも仮説検証のためのプロセスであり、モノそのものではないところです。プロトタイプがMVPの部分集合たり得るかどうかは、そのプロトタイプが

価値仮説(製品が出来上がったとき、確実に、わざわざ金を支払ってまで使うだけの顧客価値を生み出すか)

の検証になっているかどうか、それだけです。

この意味で

プロトタイプを用いて無償のPoCを行う行為は、MVPとは呼べない

ということが判ると思います。

言い方を変えると、プロトタイプというだけでは、あくまで作る側の意識を一歩も出ない、ということになります。

私は生成AIのサービスを自分でコツコツ作っているときに、

これはあくまで自分の自己満であって、顧客にとってはどうでもいい話

という意識を欠かしません。自分のサービスがかわいくなってしまい、

これだけ苦労して作ったのだから、お客さん、絶対に関心持つはずだ

という全く客観的とはいえない信念を持つことは、間違いなく自殺行為なのです。

 

MVPを作成するためのヒント

Yコンビネーターの CEO マイケル・サイベル氏は、

顧客のばかでかい問題を解決することはグレートだが、そのために馬鹿でかいプロダクトをいきなり造るのは、NGだ

と、起業家たちに対して警告しています。アウガのプロダクトは、まさに非常に馬鹿でかかったわけです。Runnning lean/リーンで行くとは、めちゃくちゃ熱心なユーザならとっつけないほどみすぼらしくないが、最も安上がりな手段で、一段階ずつ、その時点で最もリスキーな想定を検証してリスクをつぶしていくことを意味します。

また、MVPはプロセスなので、タイミングの「早さ」、それを造る「速さ」も、とても大事です。

“If you are not embarrassed by the first version of your product, you’ve launched too late.”
「もしあなたが自分のプロダクトの最初のバージョンを世に出したときに恥ずかしいと感じないなら、それはローンチが遅すぎたということだ」
(LinkedIn 創業者リード・ホフマン氏)

ホフマン氏の指摘する通り、

タイミング>>>>>完成度

くらいに考えていただきたい。

なぜ早い/速いほうがいいのか?プロトタイプの完成度を上げるよりも、より早くコンセプトを市場にぶつけてみて、サービスそのものが将来的に売れるかどうかをいち早く試すほうが、圧倒的に優先だからです。いつ背後から別の企業が出てきて同じようなサービスでぶっちぎり、御社を置き去りにするかわからないのですよ。

誰かが、どこかのガレージで、Googleに狙いをつけている。
私にこの確信があるのは、Google自身がガレージにいたのがそんなに昔の話ではないからだ。
変化は、最も意外なところからくる。
(エリック・シュミット氏)

プロトタイプの完成度を上げる=ミニアウガを造るです。

なぜなら、

工数と金がかかる割に、それが将来売れるかどうかを保証する実験の開始がどんどん遅れるだけから

です。MVPが牛丼と一つだけ異なるのは、

早くて安いが、必ずしも非常に美味くはない

という点だと覚えましょう。ePaper で時計を作ろうとした Pebble 社が、 Kickstarter におけるクラファンで膨大な開発資金を調達したとき、製品自体はプロトタイプ含め影も形もなく、クールな製品ページしかなかったことを思い出しましょう。スマートHRも、駆け出しの時はコンセプトだけを市場にぶつけて価値仮説を検証しました。

 

以下の二つの選択肢のうち、御社はどちらを選びますか?

  1. 小成功(美しいプロトタイプ)→小成功→小成功→……市場に出して失敗
  2. 小失敗(ダサいMVP)→小失敗→小失敗→……市場に出して大成功
これがMVPを上手に使っていくヒントであり、

MVPは、「プロダクト」でなく、「プロセス」である

という定義の意味です。

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拙著紹介

新規事業開発はこのように、自分たちが常識だと思っていたことが間違っており、直感に反する考え方のほうが正しい、という状況がしばしば起こります。

「スタートアップは、なぜかいつも直感に反する」(Yコンビネーター創業者ポール・グレアム氏)

このような、直感に反する考え方を全部で5つ、まとめて剔抉(てっけつ)したのが拙著「新規事業を崩壊させる5つの常識」です。kindle unlimited に入っておりますので、ご一読ください。

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