本記事では、リーンスタートアップの基本的な定義から具体的な進め方までを網羅的に解説していきます。これから新しいサービスを開発しようとしている方や、既存事業の改善を検討している方にとって、効率的に新規事業を生み出していく指針となるはずです。
リーンスタートアップとは何か?
リーンスタートアップとは、2011年にエリック・リース氏が提唱した、無駄を削ぎ落として迅速にビジネスを検証するマネジメント手法を指します。この手法の根幹にあるのは、
ですから、それはアジャイルです!ここを混同している方が嘆かわしいほど、非常に多い……。
確かに、このリーンスタートアップの最大の特徴は、仮説検証のサイクルを高速で回す点にあります。開発者はまず、このような事業コンセプトなら、このような市場に受け入れられるだろう、仮説を立てます。
しかし、その仮説を検証するために必要最小限の機能だけを備えた試作品を作成し、実際のユーザーに使ってもらう……と、ここでもういきなり、
に入ってしまってはいけないのです。なぜ、魔の……などという書き方をしたかというと、
からです。
そこで得られたフィードバックを即座に次の開発に活かすことで、無駄な機能の開発を避け、本当に求められている価値を提供できるようになります。
リーンスタートアップを導入するメリット
リーンスタートアップを取り入れることで、企業は資源の浪費を防ぎながら成長の可能性を最大限に高めることができます。特に資金や人員が限られているスタートアップ企業にとって、この手法は生存戦略そのものと言っても過言ではありません。
本当の意味で、開発にかかる時間とコストを最小限に抑える
Leanとは、トヨタ生産方式でいうところの、「無駄のない」を意味します。リーンスタートアップはなぜ Lean という形容詞を冠しているかといえば、リース氏自身に語らせれば、
だからです。ここで、リーンスタートアップと聞いた人が混乱しやすいのは、ある意味、リース氏のネーミングのせいです。トヨタ生産方式で無駄を省くとは、カンバンなどをフル活用して、生産工程における無駄という無駄を省く、ということを意味するから、どうしたって「製品開発における無駄を省く」と勘違いしてしまいます。
しかし、リース氏の「無駄」とは、トヨタといえど、たとえリーン生産方式をフル活用したところで、売れない車を量産したら、開発にかかる時間とコストをまるごと溝(どぶ)に捨てるも同様でしょう?ということなのです。この意味で、リーンスタートアップの最大のメリットは、新規事業開発(≠製品開発)における「無駄」を徹底的に排除できる点といえます。リーンスタートアップでは、プロトタイプも造らない時点で仮説のまま製品アイデアを握りつぶすことができるため、もし仮説が間違っていたとしても最小限のダメージで撤退や方向転換(ピボット)を決断できるわけです。
市場に求められ続けるプロダクトを開発することが可能になる
リーンスタートアップでは、徹頭徹尾、顧客からの直接的なフィードバックを重視するため、開発側の思い込みによる失敗を防ぐことができます。どれほど優れた技術を具現化し、デザインが優れていても、数多くの顧客が、自分の望む状態をその製品を使用して達成できないかぎりは、ビジネスとしては成立しません。市場の声を迅速に反映させ続けることで、自然と、顧客が飛びついて使用する製品を生み出し、成長させることが可能になります。これは必然的に効果的な事業の成長に直結します。
リーンスタートアップ導入にあたっての注意点
強力な手法であるリーンスタートアップですが、世間の通説を信じて導入すると、事業を逆に崩壊させてしまうこともありえます。メリットだけでなく、導入のミスに伴う潜在的なリスク、デメリットなどの注意点についても正しく理解しておくことが、健全な新規事業開発には欠かせません。
プロダクトの品質が低くなるリスク?
MVPとプロトタイプを混同していると、最小限の機能でリリースすることを優先するあまり、製品としての最低限の品質が疎かになる場合が確かにありえます。数年前から「リーンスタートアップは死んだ」とあしざまに言われることがあるのは、これが主要因です。
しかし、リーンスタートアップをしっかり理解していれば、これは、実はリスクにはなりません。
理由 (1) バグが多い、あるいはデザインが極端に粗末であるといった状態では、顧客は価値を感じる前に離れてしまう……という議論は、明らかに、不勉強による的外れなものです。なぜならば、リーンスタートアップの開祖、
からです。これは私にも一度経験があるのですが、プロダクト/マーケット フィットを見込める製品に限って、
と顧客は言い、品質に関係なく売れていきます。飛行機や医療といった、徹底した品質管理が必要な製品を除けば、顧客が品質を理由にはなれていく製品には、最初から根本的に魅力がないといっていいでしょう。つまり、品質の低さを恐れるのではなく、それを打ち消すような価値訴求を考えるのがずっと大事です。
理由 (2) そして今の時代、特にソフトウェアなら、バイブコーディングでサクッと造ったもので価値仮説の検証は可能なはずです。特にEmergentなど第三世代のそれは非常に優れているため、素早く作っても粗悪品にはなりません。
中長期的なビジョンを見失う可能性
これは、元YコンビネーターCEOのマイケル・サイベル氏が
という造語を作ってまでスタートアップのCxOたちに警告している態度です。
ちょっと挫折したからといって、「バスケットボールのように、小回りを利かせてピボットするのがリーン」とばかりに、年がら年中ターゲット顧客や製品コンセプトを大きく変えていると、当初目指していたビジョン、自社の強みを生かせる部分が失われる危険性があります。常に「自分たちはどこに向かっているのか」という大局的な視点を持ち、検証結果をビジョンに照らし合わせて解釈し、何より、多少の挫折はあっても最初に定めたテーマから大きくは離れないで、市場に対して検証を繰り返し続ける執念深さナシで、新規事業開発は決して成功しません。ちなみに、Pivotiousになっているかどうか自分でチェックするには、
という視点で、冷静に事業コンセプトを見直すのが、効果的なやり方の一つです。
リーンスタートアップを実践する4つの手順
リーンスタートアップを具体的に進めるためには、「構築・計測・学習・再構築」という4つの手順からなるフィードバックループを回すことが基本となります。このサイクルをいかに速く、そして正確に回転させるかが成功の鍵を握ります。各ステップには明確な目的があり、それぞれが密接に関係し合っています。以下に、その具体的なプロセスについて、順を追って詳しく解説します。
手順1:実用最小限の仮説検証手段であるMVPを構築
最初のステップでは、自分たちのアイデアを形にします。ここで重要なのは、製品を完成させることではなく、仮説を検証するために最低限必要な要素を備えた「MVP(Minimum Viable Product)」を作ることです。例えば、新しいアプリケーションの構想がある場合、全機能を開発する前に、主要な機能だけを模したデモ動画や、一枚のランディングページから始めることも有効な手法です。
ここで極めて重要なのは、
ことです。まかり間違って無料で提供してしまうと、いま市場に向けて検証したい、最も大切な仮説である、いったい、このサービスを用いてくれる顧客が数多く存在するのか?という仮説を検証できなくなってしまうからです。
“Its goal is to test fundamental business hypotheses.”「その(MVPの)ゴールとは、最も根源的なビジネス仮説(売れる/売れない)をテストすることにある」(エリック・リース)
例えば、ランディングページをMVPとしたら、かつて起業時に SmartHR が意図的にそうしたように、そこで(一行もコーディングしていないのに)先行発注を取り付ける、という「顧客にプレッシャーをかける」行為が必須なのです。そうでなければ本音が出てくるわけがないからです。
【関連記事】MVPの重要性:新規事業 成功の秘訣を徹底解説 | 生成AIで新規事業開発を効率化する StartupScaleup.jp(スタートアップスケールアップ)
手順2:構築したMVPに対する顧客の反応を計測
次に、作成したMVPを実際にターゲットとなるユーザーに提供し、その反応をデータとして収集します。ここで集めるべき情報は、実は究極的には、たった一つしかありません。それは、何人が購入ボタンをクリックしたか?です。
- 事例1:宅配サービス「ドアダッシュ」の場合:レストランのメニューをスキャンして作ったPDFをざっくり載せただけのランディングページを数時間で作成、デリバリは創業者3人自らが行った。→計測したのは、どこの誰がどれだけ購入したか?というデータ
- 事例2:グリーンな燃料で飛ぶ超音速旅客機を開発しようとしていたスタートアップ「ブームテクノロジー」の場合:プロトタイプですら構築には巨額の費用がかかるため、プロトタイプでない、3種類のMVPを組み合わせてプレゼンし、バージンを含む航空会社2社から、オプション付き先行発注(製品が出来上がった暁には、この安値で販売するという約束)を取り付けた。→計測したのは、売上データと、購入時に航空会社が気にした点
通説だと、
するなどといったトンチンカンな解説が出て来ますが、鵜呑みにしては決していけません。もちろん最初から有償で提供しているから、「有料であっても」という仮説を立てる意味などない、それから滞在時間など、この段階で聞く必要などどこにもないですし、かえって聞いてはいけません。なぜならば、いま、初期段階の、最も手数をかけないで構築したMVP(Low-fidelity MVP)で検証したいあなたの仮説は、「果たして、本当にこのサービスに飛びつく顧客が多数いるのかどうか?」という、リース氏のいう、「最も根源的なビジネス仮説」であって、それが将来成長するかどうかの仮説ではないからです。使い勝手の良し悪しを測るのは、もっとはるか先の話、一旦このサービスは売れる!という証拠が出揃ってから、やおら余裕を持って検証すれば良いのです。この順番と優先順位を間違えると、自分たちが何を検証しているのかわからなくなるばかりか、「使い勝手は非常に良いけど、誰も使わない製品」を開発することになってしまうのです。
手順3:得られたデータから改善策や方向転換を学習
最後のステップでは、計測で得られた結果をもとに、当初の仮説が正しかったかどうかを判断します。もし仮説が支持されたのであれば、そのまま開発を継続し、機能を拡充していきます。一方で、思うような反応が得られなかった場合は、製品の方向性を根本的に変える「ピボット」を行うか、あるいはプロジェクト自体を中止する決断を下します。この「学習」こそが、リーンスタートアップにおいて最も価値のあるアウトプットです。
手順4:学習した内容をもとにサービスを再構築
最後のステップは、学習によって導き出された結論を実際のプロダクトに反映させる再構築の工程です。単なる微調整に留まらず、学習結果が「需要がない」(誰も買わなかった)というものであれば、提供価値そのものを定義し直して新しいMVPを組み立てます。この再構築を素早く実行することで、無駄な開発期間を最小限に抑えながら、次の検証サイクルへと繋げることができます。一度のサイクルで終わらせず、この4つの手順を高速で繰り返すことが、ビジネスの精度を高める唯一の方法です。
新規事業開発のネタの宝庫:IMVUのエピソード
エリック・リース氏の原体験は「新規事業開発あるある」の宝庫です。改めて各ポイントを分析してみましょう。
ポイント① 新規事業の戦略「ネットワーク効果」
ネットワーク効果(バイラルループ)を利用するなら、最初にどうやって勢いをつけるかの目算が必要です。
例えば本ブログでは、SNS等でのシェアを通じて、Googleに認知され上位表示されるまで口コミベースでアクセスを増やす試みをしています。
ポイント② 新規事業を開発する手法 アジャイル
「リーンスタートアップ=アジャイル」と誤解されがちですが、リース氏はアジャイル開発をして大失敗しました。
覚えるべき定義式は以下です。
リーンスタートアップ ≠ アジャイル
リーンスタートアップ = 顧客開発モデル + アジャイル
リーンスタートアップを本気でやるのであれば、その開発方法はすべからくアジャイルしかない、なぜなら、当初に計画を立てる意味がないから、ということだけなのです。
ポイント③ バニティメトリックス(自己欺瞞(ぎまん)のKPI)
無料ユーザ数など、自分たちを安心させるためだけの数値は、事業の問題を正しく捉えるのに役立ちません。これらを「バニティメトリックス」と呼びます。このバニティメトリックスの邦訳は、「虚栄の指標」とされることが多いのですが、私は「盛り指標」と訳すのが最も適切だと考えます。無料のユーザ数がこれであるのは、サインナップして無料のまま退会するか、アカウントを長期間放置するユーザがほとんどであることから明らかです。であれば、「これだけの潜在有料アカウント(?)を我々は持っている、と主張することは、自社サービスに「盛りメイク」を施している以外の何者でもないわけです。これが無料でなくても、採算度外視の低価格有料ユーザ数であっても同じです。上記の「滞在時間」もしかりです。無料のユーザが長時間サービスに居座れば居座るほど、ランニングコストが嵩むばかりです。
ポイント④ ユーザビリティテスト
リース氏たちのテストには、実は「使い方を説明してしまった」という反省点があります。UIだけで価値を伝えられない限り、真のテストにはならないのです。
ポイント⑤ ピボット(事業転換)
ピボットとは、サービス内容や顧客セグメントを根本から変えることです。
| 企業 | ピボットの軸 | 従来の事業 | 現在の事業 |
| 富士フィルムHD | ナノテクノロジー | 銀塩フィルム製造 | 化粧品製造 |
| PayPal | セキュリティ技術 | モバイルセキュリティソフト | メール決済サービス |
| 既存機能の抽出 | 位置情報共有サービス | 写真共有SNS | |
| YouTube | 動画シェア技術 | 動画系出会いサイト | 動画シェアメディア |
ポイント⑥ MVP/Minimum Viable Product
現在はモノづくり系でも多用されています。試作品が完成する前にデザイン画だけのLPを作り、購入ボタンの押下数を計測することで、製品を完成させずに市場性を確かめる手法などがその代表例です。
まとめ
リーンスタートアップは、不確実性の高い現代において、新規事業を成功させるための羅針盤となります。構築、計測、学習のサイクルを回し、常に顧客のニーズを問い続けることで、無駄を最小限に抑えながら着実に成長することができます。失敗を恐れて立ち止まるのではなく、小さな試行錯誤を繰り返すことが、結果として大きな成功への最短ルートとなるのです。
