成功事例を探そうとすると イノベーションが死ぬ?!

成功事例を探そうとすると イノベーションが死ぬ?!

どちらかというと心理学が専門にもかかわらず、行動経済学への多大な功績で

ノーベル経済学賞

をとってしまったダニエル・カーネマンは、

いままで直観 vs. 理性というように漠然とわかれていた

人間の思考を

素早い思考(システム1) vs. ゆっくりした思考(システム2)

に分割し、人間は素早い思考で判断したものを、

ゆっくりした思考で後知恵的に正当化しているのだ、と喝破しました。

我々は日常的に

「たぶんこの程度の雪じゃさしものJRも止まらないだろう」
「たぶんこの程度の熱なら2日も休めば治るだろう」
「たぶん花金だから二次会の店は幹事が先に偵察して見つけておいた方がいいだろう」

とか判断して、行動していますよね?

これを

ヒューリスティックス

といって、人間はこれなしでは

次の一歩を踏み出すのに膨大な時間を無駄にし、スムーズに生活できまぜん。

恐らくこれは草原で野獣と共存していた時代に人間の脳に組み込まれた、

生存のためのメカニズムです。

なぜそのCIOはフォード株を数百万ドルも購入したのか?

カーネマンの凄いところは、この

素早い思考

自分が理性的な判断を下していると思っている、仕事しているときの思考

にも、大きな悪影響を及ぼすと指摘したのです。

彼の知り合いのある投資機関のCIO(チーフ投資オフィサー)は、

あるとき、数百万ドル分ものフォード株を取得しました。

その話を聞いたカーネマン教授、あっけにとられました。

フツーに優良株を選定していれば、その時にフォード株を購入するなどあり得ない判断でした。

 

カーネマン「いったいぜんたい、どうしてまたフォード株なんて取得したんだ?!」(気でも狂ったのか?!)

CIO「おれ、こないだ、モーターショーに行ったのよ。そんで、フォードの素晴らしい最新モデルを見たのね。

フォードはさ、やっぱ車づくりの何たるかをよくしっているよ!」

カーネマン「いやいやいや、フォード株の値段チェックしたのかい?今この価格でありえんだろ?」

CIO「もちろんしたよ、したけどさ、それがなんだってんだ?(きっぱり)

肝心なのは、あんたがフォードのあの最新機種を見てないってことだ。

あれを見る者が見れば、これからはフォードが『くる!』ってわかるのさ」

 

カーネマンは、

CIOが数字より自分の(直観的)判断を優先したことを あっさり 認めた

といっています。

すなわち会社のお金を莫大な額 投資するといった、

失敗が許されないはずの究極的に理性的な判断の中で、CIOの

「素早い思考」がまず判断を下し、それを「ゆっくりした思考」が『論破』できなかった

ことは明白でした。

Thinking, Fast and Slow

成功事例のある事業領域でイノベーションは起きない

かつて大きなコンサルファームに属していた時代、

成功事例を挙げてください

というリクエストを受けるたび、私は

成功事例を収集してどうするんですか?
標本にして、箱の中にピン止めし、会議室に飾っておくんですか?

と聞きたくて仕方ありませんでした。

イノベーションは常に逆張りを必要とする

成功事例など、イノベーションを起こすのに何の役にも立たないことは明白だからです。

ジェフ・ベゾス氏がAmazon.comを創業したのは、その当時のネット上のECサイトで、

書店だけは大成功事例がなかったから

でした。

ウォルト・ディズニーがディズニーランドを造ったのは、嫁と一緒に巡り歩いた

ヨーロッパの観光地で、トイレも含めてピカピカの快適で夢みたいなテーマパーク(成功事例)が全くといっていいほどなかった

からです。

イーロン・マスク氏がストローベル氏が起ち上げたばかりのテスラ社に資金を付けた2003年は、

GMの世界初の商用EV、その名も『EV1』が大失敗に終わったその年でした。

実にあったりまえの話ですが、

他社と同じことをやっていてイノベーションは起きません。

成功事例をかき集めるとイノベーションが絶対に起こらない原理

1900年代前半、イギリス人のアマチュア考古学者ハワード・カーターは、

カーナヴォン卿というエンジェルに資金を付けてもらって、

伝説の少年王ツタンクアメン(ツタンカーメン)の墓を探していました。

大富豪だったカーナヴォン卿も、ついに資金が底を突き、

あちこち掘り返しては見つからずに失敗ばかりしているカーターにこう言いました。

ハワード、これが最後の投資だよ。この金で、どこを掘り返すのかね?

せっかくの恩情に対して、カーターはトンデモをいいだしました。

王家の谷の、観光客の人通りが激しい一区画の、別の王の墓の敷地内が臭いと思います。そこを狙います。

ちなみにデイヴィスという、その当時有名な発掘の権威が

王家の谷はすべてこの俺が掘り返しつくしてしまったよ、逆さに振っても鼻血もでないよ

と宣言していました。

その状況でカーターはラストトライをし、ついにその大王の墓の墓堀人夫の小屋の近くで、

黄金のマスクをかぶったツタンカーメンの墓を発掘することに成功します。

ツタンカーメン発掘記 上 (ちくま学芸文庫 カ 18-1)

この最後の資金調達の交渉で、読者のあなたには想像していただきたいのです、

カーナヴォン卿がこう宣言していたらどうなっていましたか?

ハワード、すでに観光地になっている他の王の墓の近くで 新たに別の王の墓が発見された
成功事例
を持ってきてくれたまえ。
でないと投資は怖くて付けられないよ。

なぜあなたの上長は成功事例をもってこいというのか?

私の主張は、あなたの上長も持っているかもしれない成功事例バイアスもまた、

かつて既存事業で成功事例を分析してパクってうまく行ったから、新規事業も大方そうだろう

というヒューリスティックスが働いているせいかも、ということです。

 

すでにPMF達成済みで、いま収益をどんどん挙げているキャッシュカウの事業の最適化には、

この成功事例が効くケースがままあります。

トヨタ生産方式を徹底的に導入したインディテックスが、

顧客の声を集めて造ったプロトをあっという間に量産することで

猫の目のようにくるくる変わるファッション業界で帝王となったように、

TTPは既存事業においては機能することが多々あります。

 

しかし、TTPでは、原理的に絶対にツタンカーメンの秘宝は見つかりません。

そこで、

成功事例がないと稟議は通らない、でも、パクったら最後、PMFは望めない

という、

イントラプレナーのジレンマ

が生じることになります。

次回からこの矛盾をいかに解消していくか、

どうやったらおバカさんでもSHIFTを引き起こしていけるか、

という話をします。

コメントを書く

送信いただいたコメントは承認後、表示されます。

CAPTCHA