技術シーズとは、企業が保有する技術、特許、研究成果、製造ノウハウなど、将来的に製品・サービス・事業へ発展する可能性を持つ「事業の種」です。
ただし、技術シーズを事業化しようとして、多くの現場で同じ混乱が起きています。肝心のニーズという言葉の意味が、同じ企業の中ですら、人によって大きく異なるためです。
この記事では、技術シーズと混同されやすい「ニーズ」との違いを整理した上で、技術シーズを単なる技術説明で終わらせず、事業化の判断材料へ変えていくための考え方を解説します。
なお、そもそも自社のどの技術を「種」として棚卸しし、どう評価して持つべきかという入口の整理は、別記事で詳しく扱っています。技術の棚卸しから始めたい方は、まず次の記事を土台にしてから本記事へ戻ると、事業化のステップがつながって読めます。
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技術シーズとは?事業の種となる独自技術
技術シーズ(Seeds)とは、その名の通り「種」を意味し、ビジネスにおいては企業が保有する独自の技術、特許、ノウハウ、アイデアなど、将来的に新しい製品やサービスを生み出す可能性を秘めた根源的な要素を指します。これらはまだ具体的な形になっていないものの、育て方次第で大きな事業へと成長する可能性を秘めた「事業の種」と言うことができます。
研究開発の過程で生まれた新素材や、画期的な製造プロセス、独創的なアルゴリズムなどが技術シーズの具体例です。これらは、まだ市場の要求(ニーズ)と直接結びついていなくても、企業内部に存在する価値の源泉であり、イノベーションの出発点となります。
技術シーズとニーズの決定的な違い
技術シーズを説明するとき、多くの記事では「シーズとニーズの違い」が語られます。一般には、シーズは企業側が持つ技術・特許・ノウハウなどの資産、ニーズは顧客や市場が抱く要求や期待と説明されます。しかし、実務ではこの説明が、かえって現場の混乱を生むことがあります。
理由は、「ニーズ」という言葉の定義があまりに曖昧だからです。
あるとき、アメリカで同一企業の新規事業に関わる複数の部門の顧客ニーズを収集する担当全員に、「あなたにとってニーズの定義とはなんですか?」と聞いて回ると言う調査が行われました。その結果、なんと、15個もの異なる「ニーズの定義」が出てきてしまったのです(出典:トニー・アルウィックのYoutube動画)。
| 英語表現 | 日本語訳 |
|---|---|
| Exciters | 興奮させるもの |
| Wants | 欲求 |
| Ideas | アイデア |
| Unarticulated needs | 言語化されていないニーズ |
| Table stakes | 基本条件 |
| Aspirations | 願望 |
| Pains | 苦痛 |
| Delighters | 喜ばせるもの |
| Benefits | 便益 |
| Wishes | 望み |
| Features | 機能 |
| Anxieties | 不安 |
| Gains | 獲得できる利益 |
| Expectations | 期待 |
| Latent needs | 潜在的ニーズ |
| Goals | 目標 |
| Characteristics | 特徴 |
| Specifications | 仕様 |
| Requirements | 要求事項 |
| Problems | 問題 |
| Solutions | 解決策 |
| Must haves | 必須条件 |
| Attributes | 属性 |
| Value drivers | 価値判断の基準 |
| Constraints | 制約 |
特に衝撃的なのは、太字にした、Problems/問題と、Solutions/解決策という、全くの反対語になっているところです。この混乱は、ニーズという用語は、
という表現に近い使われ方をしているということを意味します。この状態で「技術シーズを市場ニーズに結びつけましょう(???)」と言われても、研究開発部門、マーケティング部門、事業開発部門の間で、そもそも何を見つければよいのかが一致しなくなります。
技術シーズの事業化で重要なのは、「ニーズ」という曖昧な言葉の定義する何かと、マッチングさせようとすることではありません。その技術がどの市場機会に生かせるのか、どの顧客のどの行動を変えられるのか、どの用途で選ばれる理由を持てるのかを、具体的に検証していくことです。
「プロダクトアウト」と「マーケットイン」は古い整理の仕方
日本企業では長く、「プロダクトアウトか、マーケットインか」という対比で製品開発が語られてきました。
ただ、この product out / market in は、英語圏の標準的な製品開発用語というより、日本のビジネス界で広まってしまった、和製英語です。
そして問題は、言葉の正しさではありません。上で見た通り、「市場の声(?)を聞く」「顧客ニーズ(?)を見る」と言ったときに、何を見ればよいのかが曖昧になりやすいことです。
顧客の要望なのか。困りごとなのか。欲しい機能なのか。導入条件なのか。ここが曖昧なままでは、技術シーズをどの市場機会へ結びつけるべきかは見えてきません。
| 開発アプローチ | プロダクトアウト | マーケットイン |
| 社内のメリット | 自社の技術や強みから考えるため、既存事業の考え方と親和性が高く、開発自体は進めやすい | 市場調査や顧客の声を根拠にできるため、稟議を通しやすい |
| 実務上の落とし穴 | 技術の価値を過大評価し、将来の顧客の行動変容と結びついていないまま、開発はまっしぐらに失敗へとつき進むことが多い | 「ニーズ」の意味が曖昧なまま、要望や改善案を集めただけで満足しやすく、それは将来の顧客の行動変容を必ずしも約束しない |
「技術視点か/顧客視点か?」から「市場機会を特定できるか?」へ
従来は、技術シーズ起点とニーズ起点の違いを、視点の違いとして整理することがありました。
| 項目 | 従来の整理 | メリット/デメリット |
| 技術シーズ起点 | 「この技術で何ができるか?」から考える | 技術の可能性は広がるが、顧客が行動を変える理由まで見えない |
| ニーズ起点 | 「顧客の課題や要望は何か?」から考える | 要望や改善案は集まりやすいが、ニーズという言葉が曖昧なため、市場機会を特定したことにはならない |
| 本サイトで重視する視点 | 「その技術は、どの市場機会に結びつくのか?」から考える | 顧客が達成したいこと、困っていること、望んでいることを見極め、用途仮説として検証できる |
つまり、技術シーズの事業化で重要なのは、「技術から考えるか、顧客から考えるか」という二択ではありません。
本当に重要なのは、出発点はどちらでもいいので、事業開発の過程で、その技術がどの市場機会に結びつき、どの用途であれば顧客の行動を変えるほどの価値を持つのか?を、具体的に特定できるかどうかなのです。
技術シーズを起点とする戦略のメリット
技術シーズ起点だけで事業化を進めるのは危険です。ただし、自社技術を出発点にすること自体には、明確なメリットもあります。主なメリットを2つ紹介します。
競合優位性の高い市場を創出できる
シーズを基に生み出された製品やサービスは、これまで市場に存在しなかった新しい価値を提供するため、競合が存在しない「ブルーオーシャン市場」を創出できる可能性があります。独自の技術が模倣困難であれば、長期にわたって高い競争優位性を維持でき、価格競争に巻き込まれることなく、高い収益性を確保できます。
企業のブランド価値向上につながる
革新的な製品を世に送り出すことは、企業の技術力の高さを内外に示すことにつながります。「イノベーティブな企業」というブランドイメージが定着すれば、優秀な人材の獲得や、新たなビジネスパートナーとの連携にも好影響を及ぼすでしょう。Apple社が良い例で、同社が持つ革新的なイメージは製品だけでなく、企業全体の価値を高めています。
故に、技術シーズ起点で開発を始めておいて、後で顧客の用途と結びつける用途開発にはメリットが大きいと言えます。
技術シーズを起点とする戦略のデメリットと注意点
大きな可能性がある一方で、シーズ起点の事業開発には特有の難しさやリスクが存在します。
市場に受け入れられないリスクがある
シーズ起点の最大のリスクは、作り手の自己満足に終わってしまい、市場や顧客から全く受け入れられないことです。どれだけ技術的に優れた製品であっても、顧客がその価値を理解できなかったり、価格に見合わないと判断されたりすれば、ビジネスとして成立しません。「技術の墓場」という言葉があるように、多くのシーズが事業化に至らずに消えていく現実も直視する必要があります。
シーズ礼賛は、社内の「イケア効果」(自分のアイデア、自社の技術/プロダクトがかわいくてかわいくてしかたないので、それが成功するに違いないという確証バイアスを生む効果)を強めます。自分たちが造った技術や構想を過大評価し、そのまま「要件定義→開発→販売」というプロダクトアウトに突き進むと、最後に待っているのは「技術はすごいのに、なぜか売れない」という失敗です。
事業化までの時間とコストがかかる
シーズはまだ「種」の段階であるため、市場に投入できる製品として完成させるまでには、多くの研究開発時間と投資が必要です。また、新しい市場を創造する場合には、顧客への啓蒙活動やプロモーションにもコストがかかります。そのため、長期的な視点での投資計画と、経営層の強いコミットメントが不可欠です。
【関連記事】プロダクトアウト「イリジウム」はなぜ失敗したのか?
技術シーズを新規事業に活用する5ステップ
技術シーズの事業化は、「この技術で何ができるか?」を考えるだけでは進みません。
本当に重要なのは、その技術が、どの市場機会に結びつくのかを見極めることです。つまり、顧客が達成したいこと、困っていること、望んでいることを見極め、「顧客の行動が変わるほどの用途は存在するか?」を検証していく必要があります。
ここでは、そのための代表的な5ステップを紹介します。
ステップ1:自社技術(シーズ)の棚卸しと整理
まずは、自社内にどのような技術シーズが存在するのかを整理します。
研究開発部門だけでなく、各事業部が持つ特許、製造ノウハウ、素材技術、解析技術なども含め、「その技術は何を可能にするのか?」という観点で棚卸しを行います。
重要なのは、この段階で無理に用途を決め打ちしないことです。技術者自身が想定していなかった用途で価値を持つケースは、実際には珍しくありません。
ステップ2:市場取材と用途仮説の探索
次に、その技術が使われうる市場を取材します。
ここで重要なのは、「ニーズ調査」をしようとしないことです。前述の通り、「ニーズ」という言葉は意味が曖昧すぎるため、「市場ニーズを集める」だけでは、事業機会は見えてきません。
観察すべきなのは、顧客が実際にどのような作業(ジョブ)を前に進めようとしているのか、その途中でどのような摩擦、制約、不満が発生しているのかです。
そのうえで、
- どの用途なら、顧客の行動変容を起こせそうか?
- どの現場なら、既存手段を置き換える理由が存在するか?
といった観点から、用途仮説を探索していきます。
ステップ3:事業仮説とアサンプションの整理
有望そうな用途仮説が見えてきたら、次に行うべきなのは、「本当にその事業は成立するのか?」を分解することです。
顧客は本当に困っているのか。
既存のやり方を変える理由があるのか。
誰が使い、誰が決め、誰が払うのか。
導入後に継続利用される条件は何か。
このように、事業成立に必要な前提条件(アサンプション)を洗い出します。
技術シーズの事業化で失敗するケースの多くは、技術そのものではなく、この前提確認が甘いことによって起きます。
ステップ4:小さなアサンプションテストを行う
ここで、いきなりプロトタイプ開発へ進んではいけません。まずは、「プロトタイプすら造らずに確認できること」を先に確認します。
例えば、
- 現場観察(ビジネスエスノグラフィ)
- 顧客インタビュー
- 既存業務フローの分析
- 代替手段の調査
などです。
技術シーズ型の新規事業では、「造れるか?」より前に、「本当に顧客の行動が変わるか?」を確認することの方が重要なケースが少なくありません。
ステップ5:開発・PoC・事業化へ進む
アサンプションテストによって、
- 用途仮説
- 顧客の行動変容
- 導入条件
- 事業成立条件
に一定の確信が持てた段階で、初めて開発とPoCへ進みます。
ここで重要なのは、
です。有償PoCまで行ってしまえば、それは事実上の事業化であり、サービスとして儲かるかどうか、結果がすぐ出るからです。
つまり、技術シーズの事業化とは、「技術を市場へ押し込むこと」ではありません。
市場取材とアサンプションテストを通じて、「その技術が、本当に顧客の行動を変える用途を持つか?」を探索するプロセスなのです。
これをフレームワーク化した、米国の最新のプロダクトマネジメント手法が、Continuous Discovery/継続的市場探索です。
Continuous Discovery とは?実践方法・OST・インタビューの基本を解説
技術シーズの事業化に成功した企業事例
シーズ起点の考え方で成功を収めた企業の事例は、事業開発のヒントに満ちています。
【富士フイルム】既存技術を異分野へ展開したヘルスケア事業
富士フイルムは、写真フィルム事業で培った技術シーズを全く異なる分野に展開し、成功を収めた好例です。デジタル化の波により主力のフィルム市場が縮小する中、同社は写真フィルムの主原料であるコラーゲンに関する技術や、写真の色あせを防ぐ抗酸化技術を、化粧品やサプリメントなどのヘルスケア分野に応用しました。既存のシーズを新たな市場のニーズと結びつけることで、事業ポートフォリオの転換に成功したのです。
参考:
シーズとニーズの最適なバランスを見つける方法
シーズ起点とニーズ起点は対立する概念ではなく、両者を融合させることがイノベーション創出の鍵となります。シーズだけで突っ走れば独りよがりになり、ニーズばかりを追いかけると既存の枠を超える製品は生まれません。
重要なのは、シーズという強力なエンジンを持ちつつも、常にニーズというコンパスで進むべき方向を確認することです。開発の初期段階からマーケティング担当者を巻き込んだり、早い段階で顧客のフィードバックを得る仕組みを取り入れたりすることで、シーズとニーズの最適なバランスを見つけ、市場に真に受け入れられる革新的な製品を生み出すことが可能になります。
まとめ
技術シーズは、持っているだけでは事業になりません。
本当に重要なのは、その技術がどの市場機会に結びつき、どの用途であれば顧客の行動を変えるほどの価値を持つのかを、具体的に見極めることです。
実際に、売上2,000億円規模のエレクトロニクス企業様でも、既存の技術シーズを活用した用途開発に取り組む中で、技術シーズの抽象度が低く、すでに具体的なソリューションの形に近いため、なかなか転用先が浮かばないという課題がありました。
この事例では、弊社のAIディアソンとSeeds Collectorを用いて、要素技術情報を整理し、事業アイデアを発案し、詳細レポートへ落とし込みました。
技術シーズの用途が思いつかない、既存技術をどの市場へ展開すべきか見えない、という場合は、まずこちらの導入事例をご覧ください。
▶︎ 技術シーズの用途が思いつかない――売上2,000億円のエレクトロニクス企業がAIディアソンで問題解決

イントラプレナーとして、合計8つの新規事業開発を経験。1,300回に及ぶ顧客インタビューの実施経験を持つ。生成AIによるアイディエーションの世界初のサービスである、「AIディアソン」を、2023年の1月に上梓。それ以降も次々とAIサービスをローンチしている。
翻訳書の発行される前の版の、The Four Steps to the Epiphany (邦訳「アントラプレナーの教科書」、リーンスタートアップの下敷きになった本)を所持するほど、古くから事業開発の方法論を考究。最近はアメリカで最新とされるプロダクト開発のメソッドである、継続的発見(Continous Discovery)手法を取り入れ、エフェクチュエーションと組み合わせて事業開発に応用。
