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現代のビジネス環境は、急速に変化し続けています。技術革新や社会的な変動、そして国際的な競争がますます激化する中で、将来の不確実性に対して十分に備えることが企業にとって不可欠です。
そして、かつて アリババグループ創業者ジャック・マー氏が、中国当局ににらまれて生命の危険すらあると承知の上で、
とスピーチしましたが、この名言どおり新規事業とは、計画通りには全くいかず、次々に立ちはだかってくる障害を乗り越えながら開発するものです。だから、事業計画段階で将来の不確実性について考えておけば安心ですし、うまくいけば、
です。
この記事では、将来の不確実性を言葉にする方法として、シナリオプランニングという手法を取り上げます。
シナリオプランニングは、将来の不確実な状況に対して複数のシナリオを想定し、それぞれに対応する戦略を考案する、要するに
を決めておく方法です。この手法を実践することで、企業は持続的に成長し、逆境でも競争力を維持するどころか、事態を逆転させることすらできる(下記の伊藤忠の事例参照)ようになります。
この記事では、シナリオプランニングの基本ステップや具体的な事例、ひいては、
についても解説します。
(ここでは丁寧に説明できない「事業戦略とは何か?どう扱えばいいのか?」については、この記事「製造業における事業戦略:新規事業で新たな成長を創出する」で詳細に解説しています。)
シナリオプランニングとはシン・ゴジラに備えることである
よくある誤解の一つですが、シナリオプランニングは、未来予測ではありません。理由は単純で、予言者でもない限り、未来を予測することなどできっこないからです。
シナリオプランニングの定義
シナリオプランニングとは、未来予測ではなく、将来の不確実な状況を予測し、複数の可能性を考慮したシナリオを作成することです。
シナリオプランニングでは、まず現在の状況やトレンドを詳細に分析し、その結果に基づいて複数の将来シナリオを描き出します。次に、それぞれのシナリオに対する適切な戦略を検討し、最も有望な戦略を選定します。これにより、将来の不確実性に対処するための準備を整えることができます。
シナリオプランニングの目的
シナリオプランニングの主な目的は:
- 組織が将来の不確実性に対して柔軟に対応できるように準備する
- 組織全体の、トップダウンではなく、ボトムアップの形での意思として、その戦略に対してコミットする
ことです。
この手法は、将来の様々な可能性を考慮し、異なるシナリオに対する戦略を事前に策定することで、予想外の事態に迅速に対応できるようにします。また、シナリオプランニングは、組織全体で共通のビジョンを持つことを可能にし、長期的な戦略目標を達成するための一貫した行動を促します。
シナリオプランニングを直観的に理解するために最適な映画「シン・ゴジラ」
私がゴジラ映画の中で、ゴジラ第一作の次に突出した名作だと思っている庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」(アマプラ会員なら見放題です)の中に、内閣府特命担当大臣の金井というキャラクターが登場します。私のカウントが正しければ、この金井は、3回も「想定外」と口にします。
「想定外の事案だ。仕方ないだろ」
「全く想定外の大きさだ!」
庵野秀明監督は3.11の地震をゴジラに投影してこのポリティカルフィクション作品を仕上げているため、当時政治家が連発していた「想定外」を脚本に盛り込んでいると思われます。
シン・ゴジラを一度見ていただくと、
と、この記事の内容が肌感覚でピンとくると思います。ぜひとも、一度ご覧になって下さい。
シナリオプランニングの基本ステップ
シナリオプランニングを成功させるためには、いくつかの基本的なステップを踏むことが重要です。
テーマ設定
まず初めに行うべきは、テーマ設定です。これは慎重に行う必要があります。
例えば同じ「地政学リスクに対する施策を講じるためのシナリオプランニング」というテーマであっても、
- 直近最大で4年間のトランプ関税の影響に日本の自動車メーカーが対応しようというケースと、
- 同じトランプ政権が「世界の警察」であることをアメリカに放棄させ、4年後に喩え民主党政権となった場合であっても、友好国との関係は不可逆に壊れてしまった、それが十年後の日本経済にどのような影響を与えうるか
というお題では、タイムスパン的にも地理的にも大きな差があることは明らかですよね。
こうした前提条件を、シナリオプランニングを実施するチーム内で、きちんと定義づけておくことが重要です。
環境分析:現状の認識
環境分析を通じて現在の状況を正確に認識することです。内部環境と外部環境の両方を評価します。
内部環境では、企業の強みや弱み、資源の状況などを把握、外部環境では市場の動向や競合の状況、経済や技術のトレンドなどを幅広く分析します。
例えば、自動車業界では若者が自動車を運転しなくなった、飲料業界では消費者がビールを飲まなくなった、といったトレンドがあり、その原因を考慮に入れる必要があります。このような外部要因が将来どのように変化し、企業にどう影響を与えるかを予測することが求められます。
この段階の作業では、
が多くの場合用いられます。STEEP分析では、以下の5つの要因を分析することで、将来の市場や経営環境の変化を予測し、戦略立案に役立てます。
カテゴリ | 分析する動向 |
---|---|
S:Society(社会) | 人口動態、ライフスタイルの変化、価値観の変化、教育水準、健康志向など |
T:Technology(技術) | 技術革新、新技術の登場、技術の普及率、技術開発の方向性など |
E:Economy(経済) | 経済成長率、インフレ率、金利、為替レート、雇用状況など |
E:Environment(環境) | 地球温暖化、資源枯渇、環境汚染、自然災害、環境規制など |
P:Politics(政治) | 政権交代、政策変更、法規制、国際関係、政治情勢など |
将来像の描画:戦略シナリオ作成
(注:やり方によっては、このステップの前の段階で、「ベースシナリオ」と呼ばれる、無難で確からしいシナリオを作っておきます。)
次に、様々な将来像を描きます。これは、異なる状況や外部環境の変化に対応するために複数のシナリオを構築するプロセスです。それぞれのシナリオは、異なる未来の可能性を探求するもので、例えば高成長シナリオや低成長シナリオといった形で具体化されます。
このシナリオという考え方を直感的に理解するのに、以下の3つの動画を見比べるのは非常に役立ちます:
シナリオの描画においては、未来に影響を及ぼす主要なドライバー(要因)の特定から始めます。上記の環境要因分析で出てきたファクターのうちいくつかを、そのままドライバーとして使用します。ドライバーを特定した後、それらがどのように変化する可能性があるか、そしてその結果どのようなシナリオが考えられるかを洗い出します。
例えば、テクノロジー企業であれば、AI技術の進展が業界に与える影響や、新たな規制の導入が市場に与えるインパクトについて考慮し、シナリオを構築します。この段階で多くの可能性を検討することで、予想外の事態に対する柔軟な対応策を持つことができます。
シナリオを構築し終わったら、一つ一つその可能性を詳細に検討していきます。
戦略の考案:対策の立案
将来のシナリオが描かれたら、それに基づいて具体的な戦略を考案します。この段階では、各シナリオに対して最適な対応策を立案し、それを戦略としてまとめます。重要なのは、それぞれのシナリオに適応できる柔軟性のある戦略を構築することです。
例えば、あるシナリオでは市場の成長が予測される一方、別のシナリオでは市場の縮小を予測している場合、両方の状況に対応できる戦略を立案します。市場が成長すれば投資を拡大し、縮小すればコスト管理を強化する、といった具合です。
新規事業開発のコンテキストで言えば、このときに、
ことがあります。
アクションプランの制定:実行計画の策定
最後に、戦略を実行に移すための具体的なアクションプランを作成します。アクションプランとは、戦略を現実の行動へと移すための詳細な計画です。これは誰が、いつ、どのように行動するかを明確にするものであり、計画の実行をスムーズにするために不可欠です。
これなくしてシナリオプランニングは完成しません。なぜなら、計画だけなら、絵に描いた餅に過ぎないからです。(事業戦略の考え方については、この記事「製造業における事業戦略:新規事業で新たな成長を創出する」で詳細に解説しています)
アクションプランの作成では、目標の設定、具体的なタスクの明確化、必要なリソースの割り当て、タイムラインの構築などが含まれます。例えば、製品開発を進める場合、新技術の研究開発、MVP、といった各ステップを詳細に計画します。
この段階で重要なのは、計画の実行可能性を高めるために綿密なスケジュールを作ることと、進捗を定期的に確認し、必要に応じて計画を修正する機能を組み込むことです。これにより、変動する環境にも迅速に対応し、計画通りに成果を上げることが可能になります。
成功するシナリオプランニングの秘訣
成功するシナリオプランニングには、いくつかの重要なポイントがあります。
多角的な視点で考える
シナリオプランニングで成功するためには、多角的な視点を持つことが不可欠です。特定の視点に固執せず、さまざまな側面から状況を分析することが求められます。
例えば、経済的な要因だけでなく、社会的・環境的な要素も含めて考慮することで、より現実的で実行可能なシナリオが作成できます。また、多様な意見を取り入れることも重要です。異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まり、それぞれの視点から意見を出し合うことで、より豊かな議論が生まれ、斬新なアイデアが生まれやすくなります。
企業内外からの情報やトレンドも積極的に取り入れることで、シナリオの幅が広がり、突発的な変動にも柔軟に対応できます。このように、多角的な視点を持つことで、未来の不確実性に対する準備をしっかりと行うことができます。
業界全体を視野に入れる
シナリオプランニングでは、業界全体を視野に入れた分析が重要です。特定の企業やプロジェクトだけに限定せず、業界全体の動向や競合他社の動きを把握することが成功の鍵です。
例えば、業界全体の技術革新のトレンドや規制の変更などを把握しておくことで、自社の戦略に影響を与える要因を予測しやすくなります。また、競合他社の動向を定期的に分析することで、自社の強みや弱みを把握し、適切な戦略を立てやすくなります。
定期的な見直しの重要性
シナリオプランニングは一度作成したら終わりではありません。定期的な見直しが非常に重要です。急速な変化が常態化している現代において、一度設定したシナリオが時代遅れになる可能性が高いからです。
例えば、年に一度または四半期に一度、定期的なレビューを行うことで新しい情報や状況の変化に合わせてシナリオを更新することができます。また、見直しの際には関係者全員が参加し、現状の評価と将来の課題を共有できるようなフレームワークを構築すると良いでしょう。
このプロセスによって、シナリオプランニングは常に最新の情報に基づいた、実行可能な戦略を提供し続けることができます。定期的な見直しを実施することで、シナリオプランニングの効果を最大限に引き出し、不確実な未来に対処するための柔軟な対応が可能となります。
シナリオプランニングの新規事業への応用
シナリオプランニングは、単なる未来予測のツールではなく、「想定外」を想定することで、事業アイデアの発想力を飛躍的に高めるフレームワークです。特に新規事業の開発フェーズでは、その真価を発揮します。
『シン・ゴジラ』に登場する「矢口チーム」は、著しい不確実性の中で新たな「ソリューション」である「ヤシオリ作戦」を考案するというミッションを背負った組織(チーム)として描かれます。これは、
――“著しい不確実性の中で、何か新しいものを産み出すために設計された組織”――
と完全に一致します。
シナリオプランニングは、このような切羽詰まった環境下において、既存の枠にとらわれない突飛なアイデアを引き出すための思考訓練の場でもあるのです(莫大なストレスがかかると、人間の集団は、天才的なアイデアをひらめくことが証明されています。[参考] Keith Sawyer, “Group Genius: The Creative Power of Collaboration”, Basic Books刊)。
実際の、新規事業にシナリオプランニングを生かす実践においては、「ゴジラが東京に来襲する」といった極端な前提を置いてみることが、ともすると無難なところに固まりがちなメンバーの発想を、常識的な、陳腐な思考から引きはがして「ぶっ飛ばす」鍵になります(なぜ発想を「ぶっ飛ばす」のが人間や生成AIにとって難しいのかは、この記事で映画「ブレードランナー」を譬えにして説明しています)。
私がかつて遊びでやってみたワークショップの、架空の菓子チェーンを題材とした演習では、「メタバース上のみで展開する菓子店」や「リアル店舗には試食のみを並べ、デジタル上で受注生産するビジネス」など、通常の考えの枠を超えたアイデアが浮かびました。
ここで大切なのは、「未来を当てにいく」のではなく、「発想の幅を意図的に広げる」ことです。
現実には、シナリオの多くは外れます、神ならぬ人間の想定だから当たり前です。だからこそ、「どのみち初期案は大きく方向転換される」という前提で、自由に思考を展開することが推奨されます。
上の例でいうと、「メタバース上のみで展開する菓子店」が稼げるビジネスにそのままなる可能性は低いわけで、ここではその実現性、リアリティに固執せず、子供のように自由に発想をひろげることが大事なのです。iPhoneだって、天才スティーブ・ジョブズの頭から「ぽっと」出てきたわけではなく、七転八倒を繰り返して今の形になったのだから。(iPhone開発の秘話に関しては、当サイトの人気記事「iPhoneは、天才スティーブ・ジョブズの発明だという大嘘」をご参照ください。)
また、発想の際には、未来の環境要因を逆算して事業案を作るのではなく、まずは高い抽象度でSTEEPの要素を洗い出すことが肝心です。そこから、影響度と不確実性の高い要因を軸に据え、シナリオを構築していくプロセスは、まさに未来の可能性を耕す作業といえます。
新規事業におけるシナリオプランニングは、単なるツールではなく、「思考の慣性」に抗う手段であり、「常識」という見えない制約から解き放つ装置でもあるのです。
シナリオプランニングの具体的な事例
直近で具体的かつ最も衝撃的な事例は、メソッドがシナリオプランニングそのものだったかどうかは不明ですが、伊藤忠商事がシナリオ別のコンティンジェンシープラン(いざ大変な事態が起こったときの計画)を事前に用意しておいて、コロナ禍真っただ中の2020年度、連結純利益や時価総額、株価での史上初の“商社No. 1”を達成したことが挙げられます。
まさに、備えあれば患いなし、ですね。
事例1:シェルのシナリオプランニングと1973年オイルショック
1970年代初頭、国際石油会社シェルは、将来の石油市場の不確実性に備えるため、シナリオプランニングを導入しました。シェルのチームは、当時の政治・経済・社会情勢を詳細に分析し、複数の未来シナリオを作成しました。例えば、OPEC諸国の影響力が増し、石油供給が制約される「供給ショックシナリオ」や、従来通り需要が増加し続けるシナリオなどです。
特に「供給ショックシナリオ」では、アラブ諸国の政治的動向によって石油価格が急騰し、世界経済に大きな影響を与える可能性が指摘されていました。シェルはこのシナリオに基づき、重油からガソリンなどの軽質油に転換できる精製設備への投資や、どんな原油でも処理できる柔軟な製油所設計など、具体的なアクションプランを事前に準備しました。
1973年、実際に第1次オイルショックが「ドンピシャ」で発生すると、シェルは他社に先駆けて迅速かつ的確に対応し、市場シェアを拡大しました。この成功により、シナリオプランニングの有効性が広く認知されることとなりました。
事例2:農村地でのシナリオプランニング
京都府A町では、農村地域の将来を見据えたシナリオプランニング・ワークショップが行わました。
この事例では、専門家の召集や大規模な事前調査を行わず、少人数の住民主体で複数の未来像を描き、それに備えるための議論を実施しました。
ワークショップを通じて、参加者は「複数の未来像を考えることで備えができる」「参加者の考え方が更新される」「多様な関係者のつながりが強化される」といった効果を実感しています。
出典:農村地域におけるシナリオプランニングを応用したワークショップ手法の実践および参加者への学習効果
シナリオプランニングの注意点
シナリオプランニングを行う際に、いくつか気を付けたいことがあります。
自社で実施するか?生成AIにまかせるか?
いちばんオススメなのは、弊社(株)StartupScaleup.jpのファシリテーターなどをご活用いただき、自社でシナリオプランニングワークショップをやってみることです。シナリオプランニングの本質的な目的は、近い将来の不測の事態に対応して、事業戦略を社員一丸となって自分たちの意思で組み立てる(経営陣からトップダウンで落とされるのではなく)ことにより、その戦略に息を吹き込むところにあるのだから。この意味で、戦略コンサルタントに丸投げする、という行為は、あまりオススメできる方法ではありません。
定期的な見直しの方法
シナリオプランニングの見直しは、定期的な時間を設けて実施することが重要です。
定期的なレビュー会議を計画し、関係者全員の意見を集める場を設けます。その際、最新のデータや情報を基に現状のシナリオが適切かどうかを評価します。また、市場や技術の変化を反映させるために、外部環境の分析を再度行います。評価基準を明確にし、必要に応じてシナリオの修正や更新を行います。さらに、変更点や新たな方向性については、社内全体に周知徹底し、理解を深めるためのトレーニングやコミュニケーションの機会を提供します。
トランプ2.0対策
しかし、猫の目のようにくるくる政策が変化するトランプ2.0時代、
- いかんせん、本気でシナリオプランニングをやろうとしたら、時間がかかりすぎるという話を聞いた
- せっかく苦労して立案したシナリオが、見直しを待たずに、想定していたドライバー(要因)がころっと変わることで意味をなさなくなるのでは?
- あまりに不確定すぎて自分たちの立案したシナリオに自信が持てず、ぶっちゃけ、社内で後ろ指刺されないように責任転嫁したい
ということは、正直あると思います。
そこで弊社(株)StartupScaleup.jpでは、トランプ政権の政策が変わるたびに、その時点で得られるフレッシュな情報に基づいて生成AIが自分の中でシナリオプランニングを実行し、来るべき不測の事態のシナリオを準備する
というサービスを開発しました。
そのデモとして、トランプ2.
まとめ:シナリオプランニングの重要性
シナリオプランニングは、将来の不確実性に備えるための有力な手法です。急速な技術革新や社会変動に直面する現代のビジネス環境では、企業が持続的に成長するためには、未来を予測し準備する能力が求められます。
(株)StartupScaleup.jpでは、簡易的なシナリオプランニングで事業開発者の頭から思い込みを外し、思いもよらない事業アイデアをひらめかせる「バイアスブレイク・シナリオプランニング」ワークショップの開催をサポートしています。東邦ガス様をはじめ、数々の企業に導入実績があります。
また、トランプ2.0の朝令暮改ぶりや、世界で突然起こる戦争に即日対応する、最新の生成AIシナリオプランニングツール、「インスタントレポート」もご用意いたしました(サンプルレポート「トランプ2.
いずれかにご興味ございましたら、こちらから資料を請求ください。