事業再生のカギ:強み RIZAPは、英語を教えてもいいのに、なぜ、ジーンズは売ってはいけないのか?

RIZAPの破断のある戦略ストールー

事業再生のカギ:強み RIZAPは、英語を教えてもいいのに、なぜ、ジーンズは売ってはいけないのか?


イントロダクション

ついさっきまで、

女性のトレーナーがついて、モテる体型に変えます

的な、新興のパーソナルトレーニングの体験をしてきました。もちろんスタイル抜群の爽やかな美女トレーナーに妙に気に入っていただき、営業という以上に、「せっかくここまでモチベ高いのだから、勿体ないからぜひ入会してください」と薦められたのですが、以前、RIZAP的なパーソナルトレーニングに通ったことのある私にしてみると、「あっちに戻れば同じサービスを、より廉価で受けられる」となって、入会に踏み切れず、でした。

いちばん気になったのは、このジムでは、

トレーナー自身が栄養学に通暁しているのではなく、栄養士がトレーナー以外に別途つく

というところ。ちなみに本記事で取り上げるRIZAPは、トレーナーになるまで、きついブートキャンプで

接客・接遇、栄養学や運動生理学も叩き込まれるそうです。

「とにかく覚えることが多く、ついていくのに必死でしたね。そして1カ月後、トレーニングと食事アドバイスのロールプレーイングテストを受け、合格したらようやくトレーナーとしてようやく現場に出られます。(中略)研修中、『こんなことまで覚える必要があるのだろうか?』と思ったことが、全て役に立っているんですね」(星野トレーナー)
出典:リクナビNEXTジャーナル「「2カ月で結果にコミット」RIZAP急成長の理由と、今後の戦略」

MBA的な経営理論だと、「競争戦略の失敗」「差別化の失敗」との太鼓判押されておしまいでしょうが、それは顧客の行動パターンを解析する

ジョブ理論

を知らないからそうなります。この記事では、この「強み」「事業コア」について解説していきます。

新規事業開発する上でも、事業を再生する上でも、多角化する際も、この上なく重要な概念です。

事業再生のカギ、強み:RIZAPの歴史

RIZAPの起源:健康コーポレーション

さて、クイズです。

RIZAPの、2003年創業当時の本業とは何だったでしょうか?
健康食品等の通信販売

です。YouTubeの例ほどにはさすがに驚かないですかね、みなさん………。

もともと健康食品等の通信販売を手掛けていた健康コーポレーションの社長が、あるとき、ケトン体ダイエット※(※糖質制限をかけて筋トレすると、通常の三倍のスピードで筋肉が増量する)を試してみたら、すごい勢いでいい体になり、精力的になったので、それを事業として始めたわけです。ちなみに健康食品の通販を手掛けていたころは、ダイエット効果があるという「豆乳おからクッキー」を開発し、大ヒットさせています。

冒頭で紹介したジムは、トレーナーのほかに栄養士がついて、三食のメニューを指導してくれるそうです。

RIZAPはしかし、もともと、

自社の強み(1) 健康食品に関しての膨大な知識

という、

事業コア=その企業の強み=ピボットの軸

があったから、後発のパーソナルジムと違って、わざわざ栄養士をハイアリングすることなく、ケトン体ダイエットの提供が可能だったわけです。

RIZAPのもともとの強み

健康食品に関しての膨大な知識という、創業当時からある事業コアから、RIZAPは別のコアを育て上げました。

創業者のお二人は、祖業である健康食品とは異なり、接客を伴うサービス業です、そこで創業者の方々は、まずジムとは必ずしも関係ないサービス業のお店に熱心に足を運び、サービスの提供の仕方を研究して、その基本を学んだそうです。

そうして組み立てた原型に当たるサービスを、いきなり大量生産→大量販売するわけではなく、まずは都会の人口密集地のマンションの一室をひっそりと借り、

このサービスは本当にファンをつかむことができるのだろうか?

という最も大切な疑問を自らに投げかけながら、試運転をします。

事業開発にお詳しい方が既にご存じの通り、これは MVP/Minimum Viable Product です(MVPについては、以下の「あわせて読みたい」の別の記事をご参照ください)。

有償のPoC

と呼び変えてもよいものです。

試運転をしながらサービスをどんどん磨き上げ、だんだんと熱心なファンをつかんでいきます。その熱心なファンたちが「使用前→使用後」の肉体を披露してくれるという、一目見れば誰でもわかる形でのCMも始めました。

RIZAPはここで別の仕掛けを投入します。それは、

CM→無料相談会→返金保証

というサービス設計(カスタマージャーニー)です。

  1. CMは、サービスを申し込んでくれた客の LTV (一年間にその客が支払ってくれる金額)が莫大なので、CAC(顧客獲得コスト)が大きくても問題なく、大々的に展開することができます。
  2. 無料相談会という戦術も巧みで、これは、営業はせず、その道のプロとして相談にのることで、勝手にサービスが売れることを狙っています。のちに「ほけんの窓口」がこの方法をコピーしています。
  3. 返金保証は、実績ができてきてから投入したものでしょうが、殆どの顧客にとっては非常に高いはずの初期コストを支払うさいの、心理的な障壁を大きく下げています。

こうしてRIZAPは、パーソナルトレーニング界で、圧倒的な実績という、競合他社がおいそれとまねできない社会的信用を生み出すことに成功しました。

このときにRIZAPが身に着けた、食品の知識以外の事業コア=自社の強みは、

自社の強み(2) 返金保証してもサービスを維持できるパーソナルトレーニングのノウハウ

ということになります。

事業転換:RIZAPがはジムの利用そのものを「売っていない」

RIZAPが乗り出したパーソナルジム事業は、既存の事業の延長線上にあるもので、十分意味のあるピボット(事業転換)でした。

でも、このパーソナルジム事業、実は、ジム施設を利用してもらうサービスを売っているわけでは全くない、って、ご認識ありますかね。

RIZAPがたどり着いたビジネスモデルは、天才的な思い付きでした。

  1. ダイエットしたい人でも、意志が弱くて、何度も挫折してきた顧客にターゲットを絞る
  2. パーソナライズされたサービス
    パーソナルジムのトレーナーは、1対1で面倒を見るいわば「鬼教官」で、三食のメニューに対して、ビシビシ指導を入れていく
    (RIZAPのために誤解しないでください、怒鳴りつけたりとか、そんなことはもちろんしないです)
  3. 意志が弱い顧客なので、期間を絞る。ケトン体ダイエットは短期間で効果が出やすい
  4. 多数の顧客に差し障りのない価格で提供するのではなく、
    数少ない①の顧客に対して、非常に高価格な、「贅沢」な②を提供する
  5. あまりにハイエンドの価格帯から手控える顧客に対して、ダイエットに失敗したら返金することで訴求する

というビジネスモデルです。そして、上掲の、鬼教官が潜り抜けるべき一か月間の厳しいブートキャンプは、

  1. 健康コーポレーションが従来から具備するケイパビリティ:ダイエット食品と、
  2. 新たに獲得した新しいケイパビリティ(接客、トレーニングのガイド)を

トレーナーのDNAに埋め込むために行われるわけです。RIZAPは、一見ジムを使ってもらうサービスに見せかけて、

鬼教官サービスと、それに付随するコミットメント

を商材にしているわけです。

だから、英語にこれをまんま拡張して、これも大ヒットしたのです。すなわち、単に英語が喋れるようになりたい顧客でなく、「今まで英会話スクールや英語教材にどんなに投資しても続かなくて一向にしゃべれるようにならなかった顧客」のみをターゲットにして、

鬼教官サービスと、それに付随するコミットメント

を売っているわけで、実は事業ドメインが異なるだけで、商材は全く一緒です。

いわば、RIZAPは、パーソナルジムの事業ドメインで獲得した、新たな強み「自社の強み(2) 返金保証してもサービスを維持できるパーソナルトレーニングのノウハウ」のさらに一部である、

自社の強み(3) 鬼教官サービス

を巧みに使って、多角化したわけです。ここまでは、非常に賢かったと思います。

RIZAPがその後の多角化に失敗したわけ

RIZAPグループは、2018年度上期決算で前年同期比138億円減の88億円の営業赤字を出し、成長企業の呼び声高かっただけに、マスコミで大きく取り上げられました。パーソナルトレーニングや英語の事業は非常に順調でしたが、買収した多くの子会社が赤字を出していたのです。

業績が順調に伸びているのをそのまま延長していくため、

  • カジュアル衣料のジーンズメイト(そういえばうちの近くにもありました)
  • 補整下着のマルコ(現MRKホールディングス)
  • 雑貨のパスポート(現HAPiNS)
  • 女性向けアパレル通販の夢展望

など、3年間で計80社を買収していったのです。

しかし、そのときのストーリィが非常に苦しい。

(社長の瀬戸氏は)トレーニングとダイエットをすると体形が変わり、自信が生まれ、ファッションや雑貨など次の自己実現への関心が高まる、としていた。RIZAPで自己実現を果たした人がさらに生活を充実させようと雑貨を買ったり(イデアインターナショナル)、ネットカフェに出かけたり(SDエンターテイメント)、音楽を聴こうとしたりする(ワンダーコーポレーション)という見立ても、(マネックス証券アナリストの)益嶋氏に言わせれば、『風が吹けば桶屋がもうかる程度の連動性しかない』となる。(2019/06/24 日経ビジネス「新規事業という病」)

この益嶋氏の指摘、管理人もその通りだと思います。同社にCOO(最高執行責任者)として松本晃氏は、M&Aによる拡大路線に、ことごとく反対票を投じられたそうです(出典:日経ビジネス 2018年10月「敗軍の将、兵を語る-「結果」を出すしかない 瀬戸 健氏 [RIZAPグループ社長]」)。

顧客にとって解釈するのに無理があるストーリィの多角化がなぜ起こるのか?買収のための買収になっているからです。RIZAPは自らの強みを見据えて、それときちんとシナジーを出せるような子会社を買収すべきでした。

上記に列挙した子会社群、どこが「健康食品に関しての膨大な知識」「鬼教官サービス」といった、同社が培ってきた強みと連動するのか、少なくても、私にはさっぱりわかりません。結果論にならないよう慎重に評価すべきではありますが、結果として、業績に伸び悩んだRIZAPが次々と不採算事業の売却を行ってきたことも事実です。

事業再生を図る(ピボットする)にせよ、事業再編を実行するにせよ、多角化を狙うにせよ、

  • 顧客にとってわかりやすいストーリィ
  • 従来の強みときちんと連動していること

上記二つが満たされていないと、成功しにくいと思います※。

※「しにくい」というのは、青木紳士服のように、徹底的にパクる戦略でそれなりに業績を上げてしまっている例があるからです。

chocoZAPの成功と企業の強みを活かした事業再生の具体例

そのRIZAPグループに、本質へ回帰する動きが現れました。chocoZAPです。

chocoZAPは、RIZAPグループが展開する新しい低価格帯のフィットネスジムです。これまでの成功した事業の強みを活かし、新たな市場へと展開した具体例として非常に注目されています。

まず、chocoZAPの強みの一つは、既存のRIZAPブランドの信頼性を活用している点です。

自社の強み(4) RIZAPブランドの信頼性

RIZAPの厳しいトレーナー研修や栄養学への豊富な知識は顧客に高品質のサービスを提供し続ける基盤となっていました。この基盤を維持しながら、しかし、chocoZAP が巧みなところは、RIZAPとは全くカニバリズムを起こさない、まったく別種の顧客の行動パターン(ジョブ)に注目したところです。

  • RIZAPの顧客の行動パターン(ジョブ):きわめて質の高いサービスで、ビシビシ指導してもらって、自らの肉体を美しく鍛え上げる
  • chocoZAPの顧客の行動パターン(ジョブ):質はそこそこでいいから、コスパよく、通うのも便利なところで、最小限の手間で、太りすぎといわれない肉体を維持したい

ここで注目ポイントは、同じ従来のマーケティング理論でセグメンテーションされる「30代の健康に気遣う女性」であっても、

  • ストイックに精進してアンチエイジングし美しくあり続けたい女性
    と、
  • もう結婚して子供もいるから別にモデル体型などほしくない、それよりは保育園のお迎えがあるから、ジムでわざわざ着替える時間すらも勿体ないと考えているママ

とでは、なすべきこと(ジョブ)が明らかに全く異なるところです。

総じて、chocoZAPの成功は、RIZAP自社の強みを最大限に活用し、新たな市場への進出を果たした好例です。これにより、企業の強みがいかに事業再生に重要であるか、具体的な形で示されています。

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