ベゾス氏は pets.comなどの失敗例については自分から
今回はその黒歴史を暴いていきます。
目次
新規事業開発者の必読書「こち亀」
さてさて、例によって、いきなり脱線から入ります。
これから新規事業開発に取り組む方、もしくは既存の事業からピボットして、事業再生を狙う方。
騙されたと思って、下記のコミックスを読んでみてください。
秋本治 著, 「こちら葛飾区亀有公園前派出所 82」, 集英社刊
古い漫画ではありますが、若い方もタイトルぐらいはご存じでは?いわゆる「こち亀」の一巻です。
このコミックスの中に、両さんが もんじゃ焼き屋(駄菓子屋)の店頭でおにぎりショップを開くという話があります。
このとき、両さんの顧客の行動の分析はびっくりするほど鋭いです。いわく、
であるがゆえに、もんじゃ焼き屋の目の前にあるハンバーガーショップは売れている。
そこで両さんは、さまざまな種類のおにぎりの販売を皮切りに、タイ焼き型おむすび製造機を開発、投入、自分でおにぎりを作るセットや、2か月間保つ冷凍おにぎりといった斬新なランナップを次から次へと投入し、おにぎりショップを繁盛させていきます。
それを目の前で見ていたハンバーガーショップの店長は、まずは自店でもおにぎりを売り始めます。
しかしかなわないと見るや、うどん、おでん、ドーナツなど手広く売り始め(いわゆる競争戦略、多角化というやつですね)しまいに自分自身を見失って、ロレックス、ゲームソフト、ラーメン、ビデオテープなど、手当たり次第に製品をふやしていきます。
このときの両さんの洞察も慧眼です。ちょっと、セブンイレブン買収時の鈴木敏文元社長の、ホットドッグをおにぎりに脳内変換した話を思い起こします。
で、ここがギャグマンガこち亀の真骨頂なのですが、いろいろ手広くやったにもかかわらず、両さんについにかなわなかったのでしょう、目の前のハンバーガーショップはつぶれて、最終的に駐車場になってしまいます……。
何十年か前に、最初に読んだときは、腹の皮がよじれるほど笑いましたが、これ、まじめな話、いまでも現実に見かけませんか?
なんでまた、スポーツジムがジーンズ売っているの?それとは逆に、なんでまた、紳士服のメーカがジムを経営しているの?
(この「スポーツジムがジーンズ売っ」って大失敗した経緯は、この記事末尾の「あわせて読みたい」に引用したほかの記事参照。)
街中歩いていて、「え??」と戸惑う瞬間、ありませんか?
餅は餅屋に任せればいいのに、なぜ、ラーメン屋が餅を売ろうとするのでしょうか?
Apple vs. Amazon.com 戸外にいる顧客との接点をかけた闘争
実はこんな戦いに似たものを、GAFAのうち、2つのAがずっと繰り広げていたのです。
iPodの脅威から生まれた kindle は大成功した
iPodが馬鹿売れしているのを横目に見ていたベゾス氏は、とうの昔に、
(1) 戸外で多数の楽曲を持ち歩け、
(2) 多数の楽曲から選べ、
(3) その楽曲のダウンロードが簡単なことだ
と見抜いていました。したがって、Appleが書籍のドメインに入ってきて同じことをやられたら、食われるな……と真剣に憂えていました。
スタートアップの電子書籍端末に触発されたベゾス氏は、今までハードウェアなんて造ったことはないがやってみよう、と思い立ちます。
そうして、ラボ126(aはアルファベットの1番目、26番目はz)というR&D機関を創設します。
ベゾス氏は子供のころから本の虫ですから、ユーザーインターフェースにとてもこだわります。
と自ら厳命をくだし、自らテストに加わって端末を洗練させていきます。
そして2007年11月、紆余曲折を経て、ようやく kindle の初代端末が世に出ます。
「あわせて読みたい」の記事の中の一つで取り上げたiPhone初代のように、いま思えば、キーボードはついているわ、重いわ、防水ではないわ、信じられないほど使いにくい初代kindleですが、ベゾスが出版社と「ゲリラ戦」を展開して安い値段で書籍ソフト多数をゲットしたため、とてもよく売れます。
スティーブ・ジョブズ氏の最大の発明といわれるiPadが出てくるまで、タブレット市場を完全に席巻します。
現在など、端末は iPad と上手にすみ分けつつ、米国 Amazon.com のECサイトの売上の中で実に8割が電子書籍です。
このときkindleがみっともないUXのわりに売れたのは、ベゾスが本の虫で、
からこそでした。
私もkindleを3枚併用する本の虫ですが、
- 1枚は風呂で読むため
- 1枚はベッドサイドで読むため(夜6時以降にiPadの放つブルーライトを見ると眠れなくなるため)
- 1枚はコードやおしゃれバッグなどに常時入れておくため
に、iPad3枚とすみわけをちゃんとしながら使っています。
Amazon Music は iTunes に敗れた
さて、2007年ときいて、何かを思い出しませんか?
そうですね、Amazon Music が生まれた年です。
そして、Appleにロープライスで迎撃され、このプロダクト単体では敗北を喫します。
ちなみに音楽をめぐる Apple との競争にベゾス氏が敗れたのは、
からでした。
ボブ・ディランのドマニアで、若いころから音楽に耽溺してきたジョブズ氏が考える、アーティスト/曲目、ユーザーエクスペリエンス、プライシング、いずれも、ベゾス氏が、かなうはずがなかったのです。
逆に、Appleの iBooks Store は、今に至るも、kindleの陰で見る影もないですよね。
ジョブズ氏がベゾス氏のような異常な読書家ではなかったからです。
AppleはiPadにkindleのアプリをいれさせていますから、「もうこのドメインでは専門家と競合しない=餅は餅屋」と決めたということで、この判断は正しいと思います。
そういえば、ちょっと前、iPhoneのデフォルト検索エンジンがGoogleになっていることで、反トラスト法で騒ぎになりましたね。
あれも、お互いに、棲み分けがちゃんとできている、ピーター・ティール氏あたりにいわせれば賢いやり方だと思います。
iPhoneの脅威から生まれた fire phone
…..いやいや、もとへ、2007年といったら、皆様ご存じの通り、6月に初代iPhoneがランチされています。
世に出たときは、MicrosoftのCEOスティーブ・バルマー氏に笑い飛ばされたiPhoneですが、みるみる、イテレーションで、
へと変貌を遂げていきます。
ベゾス氏の額に、汗がにじみます。
そこで、困ったときのラボ126に開発を命じて、モバイルショッピングマシーン “fire phone” を造らせ、2014年にランチします。
そして、値段を下げたりいろいろやってみましたが、結局全く売れず、
大惨事になりました。
スティーブ&カレン・アンダーソン氏は、Amazonの発表を引用して、これを
と位置付けていますが([出所] Steve Anderson, “The Bezos Letters”, John Murray Business刊)、かなりのこじつけに感じられませんか?
どう考えても、「やっちゃった系」にわたしには見えます。
1億7000万ドルを一気に溶かすなんで、堂々たる男前な大失敗ですよ。
アンダーソン夫妻のいうように、確かに、失敗してもラボ126のスタッフをクビにせず、同じ技術を使ってラボ126はAmazonエコーを造ったことは偉大ですが、それはこの大失敗そのものの言い訳にならない。
“The Amazon Way on IoT” の著者ジョン・ロスマン氏も、
これもピボットとイテレーションの一環だ
とおっしゃっていますが、であればなぜ、あれだけ一気にたくさん製造して、のちに値段を0.99ドルまで下げてまで売りさばこうとしたんです?
[出所] John Rossman, “The Amazon Way on IoT”, John E. Rossman刊
それ、ベータの扱いでは明らかにないですよね?
ピボットだ、イテレーションだ、いわれても、全然MVP/Minimum Viable Product になっていないのです。
これも明らかに牽強付会で、ジェフ・ベゾス氏ご本人のおっしゃる、ブラックスワンの典型ではないでしょうか。
新規事業開発 fire phone はなぜ大失敗したのか?
この記事の初稿を書いた2021年に、アレクサとした会話:
アレクサ「わかりませんでした、すみません」
こうしてアレクサですら黒歴史として隠したがっていた(?)fire phone のスキャンダルですが、失敗した原因は一目瞭然です。
Amazon.comといえば、
で有名です。
ベゾス少年は、時計などを分解して組み立て直すのが大好きな子でした。
こうおっしゃっています:
Amazon.com は社員に、顧客を巻き込んだ小規模な実験を奨励しています。
実際、Amazonエコーもダッシュボタンも、当初は「ベータ版」としてPrimeユーザーのみに展開しています。
先日ランチした Amazon Astro も、まずは社員自ら試用していたようです。
そして、会議室に「顧客」が座る空席をわざわざ設けたりして、
を全社員に徹底しています。
同社の事業企画には必ず、ランチ時のプレスリリースがカバーされています。
しかしこの fire phone だけは、明らかに、
ラリー・ペイジ君、あれだけ応援してあげたのに、Android なんぞ出しおって、けしからん(怒)
と、コンペと張り合うこと=競争戦略が動機になってしまっています。
(これもベゾス氏の表向きの考え方と矛盾します。氏は、『競合なんぞどうでもいい、顧客第一』を標榜しているのだから)
そして、ハンバーガーショップのくせに、おにぎりを店頭に並べ始めたのです。
要は正規の大失敗新規事業、イリジウムと全く同じあやまりでした。
顧客が誰も欲しがらないものを、線形プロダクト開発(プロダクトアウト)で造ってしまったのです。
このようにセールスが低空飛行を続けたのは、大きな問題を示唆していた:誰もそれを欲しがらず、そして誰もそれを買わなかったのだ。
Steve Anderson, “The Bezos Letters”, John Murray Business刊
プロダクトをとにかく出すことだけを目的にラボ126を駆り立ててしまったのです。
あの、「倹約がなにより大事」が社則の Amazon.com が、多額の資金を突っ込んで。
参考文献
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参考文献 | Steve Anderson, “The Bezos Letters”, John Murray Business |