大失敗は、組織を挙げて恐れるべきである
成功談に耳を傾けてはならない3つの理由
1. 運の良さ:事業に大成功した人物が自分で気づいていないこと
2. スタートアップをエグジットすることには、実は「一発芸」的要素がある
3. 失敗談はウケないから表に出てこない
大失敗は、組織を挙げて恐れるべきである
もう十年前でしょうか、
を務められているという、日系アメリカ人のスタートアップ創業者の講演を聞きに行ったことがあります。
その方は失敗を繰り返しながらめげずにあるコンピュータ周辺機器を開発し、
さんざん苦労しながらも最後の最後に成功をおさめ、
マイクロソフトに買収されるというハッピーエンディングなエグジットを経験なさっていました。
私は、自分より年下なのに、事業開発で失敗ばかり繰り返している自分と異なって、
素晴らしいなと感心して途中まで話を聞いていました。
ところが、です、途中でその方がこうおっしゃったのが、激しくひっかかりました。
日本には失敗してはならないという企業文化が根強すぎる
2番目のセンテンスに関しては、全くその通りでしょう。
日本の大企業で画期的なイノベーションがほとんど生まれない理由の一つは、間違いなくこれです。
ですが、前半は、どうでしょうか、
これを聞いているスタートアップの創業者たちが うのみ にしたら、たいへん危険だと感じました。
講演者が講演の冒頭で、
『最近の潮流としてこうですよ』などという意見があったら、遠慮なく最後の質問タイムに指摘してください
と、寛大な言い方をされていたので、私は遠慮なく 、 質問タイムに指摘しました。
小失敗は奨励すべきです、全くその通りです。
しかし、十把一絡げに『失敗を恐れるな』という言い方だと、
65億ドルもの損失を計上してチャプター11を申請したモトローラ社の衛星電話事業『イリジウム』も、
となってしまいませんか。
であれば、なぜ、当時のモトローラの社長ガルビン氏が引責辞任したのでしょうか。
どう考えても、同社は、大失敗を最初から恐れるべきでした。
顧客開発ランチパッドを開発した西海岸のスタートアップのグールー、スティーブ・ブランク氏は、
といっています」
そうしたら、その講演者、どう反応なさったと思いますか?
激しく眉をしかめられたのです。おかしいですよね(汗)?
成功談に耳を傾けてはならない3つの理由
のです。
スタートアップの創業者/これから事業再生を目指す企業の経営者が、
こうした成功談には決して耳を傾けてはならないのには、三つの理由があります。
1. 運の良さ:事業に大成功した人物が自分で気づいていない/認めようとしないこと
眉をしかめた講演者ですが、実はこれは、スタートアップの創業者によくある反応なのです。
という強い信念を持っていたからこそ、スティーブ・ジョブズ氏は、
世界の歴史を変えるようなイノベーションを起こせました。
逆に、そのような信念が、ジョブズ氏が残念なことに50代で亡くなられたことの原因といわれています。
すなわち、
という信念が、早期にガンを摘出していたらはるかに長く生きられた可能性を、ジョブズ氏から奪ったのです。
非常によく似た考え方を、Starbucks/スターバックスを大成功させたハワード・シュルツ氏も、
自著で断言なさっています。
(242人中217人の投資家が、シュルツ氏の事業はうまくいくはずがないと投資を断ってきたにもかかわらず)
私は一度も、一度たりとも、この(事業)プランがうまくいかないなどと疑ったことがなかった
しかし、事業開発に関わる方は、これを、それこそ決して、うのみしてはならないのです。なぜなら、
長い間、非常な努力を重ねたにもかかわらず、様々な紆余曲折を経て、最終的にはやはり事業をつぶした
すなわち、
結局失敗してしまったアントラプレナー/イントラプレナーの数のほうが、圧倒的に多い
に決まっているからです。
特に、線形プロダクト開発、和製英語でいう「プロダクトアウト」で成功するには、運が必ず必要です。
伝記を読んでいると、スティーブ・ジョブズ氏もハワード・シュルツ氏も、少なからず幸運を引き当てています。
2013年、Tesla/テスラは、倒産の危機に瀕します。
モデルSに対する購入予約が実売になかなか化けなかったため、
資金繰りが火事場になっていたのです。
イーロン・マスク氏は、友人でもあるGoogle/グーグルのラリー・ページ氏に電話します。
次の数週間、Teslaが呼吸をし続けられるか、微妙だから、買収してくれないかと。
そうしたら、いきなり、
マスクが(臨時に)車の営業に転じた500人だかのスタッフが、バタバタと膨大な数の車を販売した。
突然、Teslaはキャッシュリッチになり、何を免れ、Googleへの売却話はお流れになります。
結果として、マスク氏がセールスフォースを強化した施策が奏功したわけですが、
それにしてもいきなりすぎる話です。
これも、上掲書を読む限りは、「運」としか思えません。
そして、運を引き当てた成功者は、こう思うのです。
事業をこれから起こそうとしている、事業再生を試みようとしている方は、
冷静にこれを受け取った方がいいと思います。それは、
のですよね?努力で運を引き寄せられる人間が、存在するわけないのです。
私が若いとき、駿台予備校で私に数学を教えてくださった秋山仁先生が、こうおっしゃっていました。
直面しましょう、これが、現実なのです。
2. スタートアップをエグジットすることには、実は「一発芸」的要素がある
かく言う私には、スタートアップを起ち上げた経験がないです。
だからこそいま、スタートアップを起ち上げる、そのMVPとしてこのブログを書いているわけですが。
しかし社内起業家/イントラプレナーとしては、
を、一度だけですが、つかみ取っています。
そのときの経験と、数々の事業の失敗の経験も踏まえて言えるのは、
特に、 線形プロダクト開発/「プロダクトアウト」で大成功することには、
一発芸的な要素が含まれる、ということです。
決して、私自身が失敗経験のほうが多いから恨みをもって
そうした成功者たちを馬鹿にしてこう書くわけではないのですが、正直なところ、
本来だったら、「ピークを知る男」のように、
とか
「ゲッツ!」
とか、皆さん、覚えてますか?
という状態になるところ、
スタートアップというのは、いちど大成功してしまうと、その後、遊んで暮らせる富と名声が手に入るので、
一度だけの大成功で、このように説得力をもって、
と、偉そうに人を語ってしまうわけです。
やっかいなことに、
という統計的に明らかに有意でない情報であることをみなさん忘れて、
「実話だ」というだけで説得されてしまい、
こうした「散発的な成功」には、再現性がないことになかなか気づきません。
PayPalの創業者の一人ピーター・ティール氏と、
BCG出身で早稲田大学ビジネススクールの教授菅野寛氏が、
異口同音に、同じアンナ・カレーニナを引いて、それぞれの自著でこう指摘しています。
新規事業開発は、アンナ・カレーニナの冒頭の一文
『幸せな家庭はどこも似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれだ』
とちょうど真逆だ。
このテーゼは、二つのことを示唆しています。
- 成功談は参考にならない、真似できないから
- 逆に、失敗した事業の失敗原因を要素分解していくと、地雷の避け方がわかりそうだ
このブログで徹底して追求していこうと思っていることは、2. です。
3. 失敗談は大衆受けしないから表に出てこない
2021年9月、
という記事がマスコミをにぎわせました。
いや、いま嘘つきました。全然、「にぎわせ」てはいないです。
9月の半ばにこの報道があったにもかかわらず、待てど暮らせど、
このブログ記事を私が書いている11月7日時点で、ほとんど情報が出てきていません。
ちょっとググった限りだと、たった3つの関連報道しかない。
2022年2月4日、この記事を更新している本日時点でも、
このメディアの見事なまでのスルーぶりは全く変わっていません。
なぜだとおもいますか?
理由は単純、成功者の成功談と違って、読者ウケするような記事にならないことを
メディアはよくわかっているからです。
すなわち、
読者の憧れをかきたててよく売れるが、
事業が失敗した/していくエピソードを好んで読む(私のような)読者は極めてすくない
ということです。
失敗した事例は、世の中に出にくいというこの事象には、
という名前がついています。
だから、上記の
を証明するのは、実はけっこう難しいんですね。
ジェームズ・ダイソン氏は、5,126個(!)もの真空掃除機のプロトタイプをしつこく作り続け、
資金繰りが非常に苦しくなったとき、5,127個目に、ようやく成功したそうです。
James Dyson on 5,126 Vacuums That Didn’t Work— and the One That Finally Did
これ自体、本当に感動的なエピソードですし、ダイソン氏は私が尊敬するイノベーターの一人です。
しかし、つまらないかもしれないが、より現実的なことを指摘させていただくと、
同じく何百個もプロトタイプを作り続けたが、結局挫折に終わった
人物が世界に一人や二人、いや、ダース単位でいても、全然おかしくない
わけです。で、彼らの失敗談がマスコミをにぎわせる確率はいくつだと思われますか?
ですよね?
最終的な挫折に直面したイノベーターが嬉々として失敗談を語るのはまれですし、
だいたい、だれもそんな記事に興味を持たない。
私が尊敬するYコンビネーターのCEOマイケル・サイベル氏は、あるオンライン講演で、
スタートアップの創業者たちに語り掛けて、こういっています。
ちっとも現実を穿っていない。
(自分の利益のために)彼らは君たちに信じさせたいテーマ(Agenda)があってそんなことを語っている。
同氏は、別のウェビナーでこうも言っています。
これが現実であり、本ブログのテーマを裏打ちしています。