なぜ生成AIに「この商品は売れますか?」と素で訊いてはいけないのか?

生成AIもごまをする

なぜ生成AIに「この商品は売れますか?」と素で訊いてはいけないのか?

イントロダクション

デザインファームに勤務する、ある事業開発者仲間から聞いた、笑うに笑えない話です。

彼は、ある食品会社の新規事業開発プロジェクトに、プロジェクトマネージャーとして関わり始めました。

このプロジェクトは起案後すぐに、某大手コンサルティングファームによって市場調査が行われ、その結果を受けて稟議が下り、あとはビジネスプラン通りに開発を進めるだけ、というフェーズになっていました。

彼はその市場調査の結果をクライアント会社から入手し、片っ端から赤を入れたそうです。

ここは稟議を通すためだけに確証バイアスがかかっている。調査結果を修正する必要があります
この部分は、そもそも正しいことを証明するためのメソッドで調査されているので、根本的に一からやり直す必要があります

と、徹底的にズバズバ指摘したそうです。

その結果、その努力が認められるかと思いきや、クライアント企業の担当者は激怒しました。

そもそも我々はビジネスプラン通りに開発するため、サービス企画ではなく、UI/UXをデザインするように依頼したのだ。それを、金を払ってまでビジネスプランを否定されるとはどういうことだ

というわけです。サービスに対する対価の支払い手として、仰っていることは確かに理にかなっています。

彼はめでたくプロジェクトマネージャーを解任され、むしろ せいせい したそうです。

すぐにデザインファームでは、クライアントの言うことに忠実に従うプロジェクトマネージャーが後任としてアサインされました。

そして

ビジネスプランに忠実にサービスを実装した結果、そのサービスは、事業化が中止されたのです。

1. 生成AIも常にあなたの顔色をうかがっている

あなたがプログラマーなら、こんな経験が一度はあるのではないでしょうか。

先生AIに「原理的にこういうことは可能か?」と聞きます。最初の答えは、ほぼほぼ「それは可能です」と返ってきます。

「可能なのか?その方法は?」と、心躍らせながら、あなたは熱心にAIとやり取りを重ねます。

小一時間ほど議論した結果、結局AIは手のひらを返して、途中からこう言い出します。

やっぱりそれは実現不可能です

あなたは「はぁ?ふざけてんのかよ」とキレます。「最初に可能だって言い切ったじゃないか!」

先生AIは平謝りです。

結局、この生成AIと全く無駄な会話に費やした1時間を返せ、とあなたは徒労感に見舞われます。

これは何が原因なのでしょうか?

こうなる原因には、生成AIに設計レベルで埋め込まれたメカニズムの、3つの要素がかかわってきます。

①生成AIはコンテキストを理解していない

一つ目、生成AIのLLM(大規模言語モデル)は、長いコンテキストを把握して答えを生成しているわけではありません。

トランプ政権の政策並みに首尾一貫性のない、場当たり的な答えをとっさに回答し、あたかも空気を読んで答えているかのようなふりをしているだけです。

だから、上で自分が言ったことと平気で矛盾する回答を「その場の気分で」返してくるのです。

②一発で適切な情報を見つけてこられるとは限らない

あなたにも経験があるかもしれません。

最初「そんな情報は見つかりませんでした」とつれない答えを返した生成AIに対して、「そんなことはない、確か、このような情報があったはずだ」としつこく食い下がると、相手はあっさり手のひらを返して「そういえばそんなのありました」と情報を回答してきた、という経験が。

③生成AIはユーザの(言葉に出してコマンドしない)期待に応えようとする

これが、この記事で最重要とみなしている原因です。

すなわち、冒頭の例に登場したコンサルファームと全く同じ原理に基づく動作なのです。

あるビジネスプランにニーズがあるかどうか調査を依頼された調査会社が、

世界の果てまでそんなニーズなんかありません。こんなセンスのないビジネスプランは捨ててください。今すぐさっさと

などということは絶対にありません。だって彼らはそれでご飯を食べているからです。

そして、これと同じことが、実は生成AIにもそっくり当てはまるのです。

生成AIは、ユーザーの期待に応える形で、ユーザーの質問に答えようとするサービスだからです。

つまり、生成AIが「このサービスには市場はありますか?」というあなたの質問を受けたら、このように解釈します。

要するに、このユーザーは『このサービスが大きな市場を持つことを証明するよう、小さな証拠をかき集めて、自分に有利なロジックを組み立てろ』と命令しているのだな

そんなことは命令していない、といくらあなたが思っても、あなたの説をよほど真っ向から否定するようなエビデンスがすぐ見つかったとき以外は、おためごかしをいってくる、すなわち、ごまを擦ってくるのです。

だから、本当はその新サービスの市場なんてほとんどないのに、でっち上げてでも、そのサービスに市場があることを証明しようと躍起になるのです。

いくら最新テクノロジーだからといって、こんな調査結果をうのみにして、コンサルファームやデザインファームへの莫大な支払いをドブに捨てた冒頭の食品会社のように、あなたも新規事業開発で大失敗したいでしょうか?

2. そうでなくても市場調査はあてにならない

生成AIが、いかにも説得力がありそうなPDFの市場調査レポートを引き当ててきた、という場合でも、信用してはいけないでしょうか。

はい、私なら疑ってかかります。

私が「ピカ新」と呼んでいる、全く新しい新規事業開発には、そもそも生成AIも市場調査もコンサルによる市場調査も、原理的に役に立たないからです。

①全く新しいがゆえにそもそもデータなど全くない

私はこの問題を説明するのによくリステリンの事業開発の例を引きます。

リステリンが登場する前、信じられないかもしれませんが、少なくともアメリカでは、自分自身が口臭を発しているせいで人に疎まれている、などと想像できる人はいませんでした。

正確に言えば、そのことを問題として気にかけていた人がいたとしても、他人の口臭は気になっても、自分のそれには問題がない、だって自分の口が臭いとは感じないから、と信じ込んでいたのです。

リステリンは広告によってこの問題をこう指摘する広告を作り、

あなたが彼氏にフラれたのは、口臭のせいかもしれません

その広告を広くばらまいて、自分自身で市場を作り出し、「行列ができるラーメン屋 状態」すなわち、プロダクトマーケットフィットを達成しました。

その当時、生成AIがあったとしましょう。

いくらアメリカ市場において

何人の顧客が口臭に悩んでいそうか?

と生成AIに聞いたところで、AIは

そんなことで悩んでいる人はいない

と答えたに決まっていますよね?LLMがアクセスできるウェブをアメリカ全土のドメイン見渡したって、そんな悩みが書き込まれていたはずがないわけです。

同じことは、帝政時代のロシアのジャガイモにも言えます。

今でこそロシアは世界有数のジャガイモ消費国ですが、かつてエカチェリーナ2世の時代まで、ジャガイモはロシア国内で「悪魔の食べ物」と呼ばれ、忌避されていました。

なぜなら、当時のギリシャ正教会によると「聖書に出てこない」から、という理由でした。

もし生成AIが当時存在していて、

ロシアで新たにジャガイモを作って売ったら、どれくらいの市場規模が想定できますか?

あなたが聞いたとしましょう。

最新テクノロジーの生成AI先生は、果たしてなんと答えるでしょうか。

もしかしたら、「倫理規範があって、ジャガイモという野菜は存在しないものと答えるしかありません」とでも言ってきたかもしれませんね。

②顧客インタビューからは、ひょうたんから駒が生まれる

確か麻生要一氏のセミナーで聞いた例です。

麻生氏はリクルート出身ですが、その「弟子」がリクルートにはたくさんいらっしゃったようです。

そのうちの一人がホットペッパーのアプリ改善について、顧客である各店舗を回っていました。

そうして生まれたのが「エアレジ」だそうです。

……ん?変ですよね?

インタビュアーが聞いていたのはホットペッパーのアプリについてでした。ところが、

ホットペッパーのアプリについてのインタビューから生まれた事業アイデアは「エアレジ」だった

のです。

顧客セグメントこそ同じですが、全く違う事業と言っていいほどのアイデアが生まれたのです。

このように、ひょうたんから駒が生まれるのが顧客インタビューなのです。

ここで指摘したいのは、顧客インタビューの代わりに、あなたがホットペッパーについての質問を生成AIにしている最中に、

顧客が「末端顧客にクレカを使わせることができずに悩んでいる」という事実に果たして気付くことができるか

という点です。そして気づいても、それを拾って、すかさず事業アイデアに昇華することができるかどうか、という問題もあります。

断言してもいいですが、ものすごい幸運がなければ、生成AIとの対話でこのようんなピボット(事業転換)のアイデアを得ることはできません。

それは、生成AIの問題というよりも、生成AIとあなたがどんな意識をもって会話しているか、という問題なのです。

 

3. 大切なのはインタビューと生成AIの組み合わせ

それでは、私は顧客インタビューの際に一切生成AIを使わないのかと言うと、そんなことはありません。

私は最近の顧客インタビューでは、重要な場面で縦横無尽に生成AIを駆使します。

顧客インタビューを始める前に、生成AIが集めてくれる情報の範囲内で、顧客がどのような動きをしているかや、そのジョブをこなす際に発生する問題などを、世間で言われている範囲内でAIに考えさせます。

この作業をなぜ行うかというと、私のように累計で千回は顧客インタビューをこなしてきたベテランと異なり、私が顧客インタビュー支援サービスを提供しているクライアント企業は、顧客インタビューに習熟している可能性が薄いからです。

だから彼らは、どのような質問をすればいいのかわからず、顧客インタビュー中に途方に暮れて黙り込んでしまうのです。

これを防ぐために、あらかじめ顧客の行動を想定させておき、その想定と実際が違うかどうかを、ジョブのステップに分けて逐一質問していく、という形を取ります。

また、顧客インタビューが終わった後も、クライアント企業は大体そのインタビュー結果をもとに、どうやってインサイトを得ればいいのかがわかりません。

以前「これが良いインサイトです」と勝ち誇って見せられたインサイトが

顧客が日々接する末端顧客がやる気を出すようにする

だったので、途方に暮れました。

これを元にサービスをどうやって改善していくのでしょうか……。

そこで私は、インタビュー結果の議事録、すなわちトラックレコードを生成AIに入力してペルソナを形成し、そのペルソナに対してクライアントが何でも質問できるような環境を整えています。

この方法は、自分自身の顧客インタビューにおいても応用しています。

このやり方なら、顧客インタビューでうまく顧客の行動とその行動に伴う課題がわかっていれば、サービスに関する質問にもペルソナが的確に答えてくれます。そういう寸法です。

 

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