なぜデザイン思考はIBMを救わなかったのか?(なぜペルソナは役に立たないのか?)

なぜデザイン思考はIBMを救わなかったのか?(なぜペルソナは役に立たないのか?)

2024.08.17

米IBMは2012年からデザイン思考を本格的に導入し始めました。

  1. 2012年から2017年にかけて、1000人以上のデザイナーを新たに雇用。
  2. 「IBM Design Thinking」という独自のフレームワークを開発。
  3. 大規模な企業文化の変革を目指し、エンジニア主導からデザイナー主導の革新へシフト。
  4. 2016年までに、1万人以上のIBM社員がデザイン思考に触れる。

顧客体験の向上とイノベーション促進が主な目的。

人間中心のアプローチを全社的に浸透させることを目指したこの取り組みは、

IBMにとって大きな文化的・業務的転換点となりました。

なんだか、スターウォーズの「帝国のマーチ」が聞こえてきそうな、勇壮な「踊る巨象」の試みですが、

この稀有壮大な試みがいかに報われたか、現実をチェックしましょう。

IBMワールドワイドの売上が下がり始めたのは、2011年です。

全世界の拠点にデザイン思考が導入され、フル活用されているはずであるにもかかわらず、

2011年から下がり始めた売り上げは、

ずーっと2021年まで継続して前年を下回るキレイな右肩下がり

です。

 

ペルソナ-1.0 そもそも顧客イメージがない

そもそもデザイン思考が多くの企業に取り入れようがあったきっかけの一つに、ビジネスの企画書の中に、

顧客像を全くといっていいほど記述しない新規事業開発者があまりにも多いことから、

そこを是正するような手法の1つとして、騒がれたことがあったと思います。

顧客の行動をまるで描写していない営業企画というのは、99%、すべからく失敗まっしぐらなわけです。

いちばんイタイのは、こういった事業企画を、そのままサービスとして構築→提供開始するとき、

顧客のフィードバックを得ることが原理的に不可能なので、

顧客がサービスをそもそも理解できない

という、実にみっともない事態まで発生することです……。

私はこれ、責任の一端を、

企業のやるべきことは、イノベーションとマーケティングのみだ。
Because the purpose of business is to create a customer, the business enterprise has two–and only two–basic functions: marketing and innovation.
Marketing and innovation produce results; all the rest are costs.
[出所] Peter F. Drucker, “Management: Tasks, Responsibilities, Practices”, Harper & Row刊

と のたまったドラッカーにあると思っています。

ドラッカーはもちろん、マーケティングという言葉を狭義では用いていません。

顧客のニーズをとらえ、それを満たすためのサービスの創出までをこの言葉で表現しているものと、私は理解しています。

であればこそ、売文の達人ドラッカーは、その信者たちに深刻な誤解を与えました。

  1. イノベーション=新製品づくり と マーケティング=サービス拡販 は、画然と二つに分けて考えることができる。
  2. 第一にイノベーション、第二にマーケティングを考えるべきで、
    つまり、まずは自社に何が造れるのかを優先で考えるべきで、
    それをマーケティング部門は、顧客のニーズと、(無理にでも)合わせこむ機能を持つべきだ。
    だから、イノベーター=新規事業開発担当は顧客像のことをろくすっぽ考えないでも無問題。

つまり、このペルソナ-1.0は、

どうだ、こんなすげえもんうみだしてやったぜ!
後はお前らマーケティングや営業が、責任もって何とかしろや!!

と、ドヤ顔でゴミみたいな事業企画の帳尻を別部門に合わせさせる、自分勝手で図々しい

自称イノベーター

らを、わんさと生み出したのです。

ペルソナ 1.0 暴走する妄想

デザイン思考が世に浸透してきた時代の、

ペルソナ1.0

の失敗に関しては、責任の一端はフィリップ・コトラー氏にあります。

以前私はコンサルファーム出身の偉い経営学者の話を聞いていて、

開いた口が塞がらなかったことがあります。

その先生曰く、

マーケットはいくらでも細かくセグメントに分けることができる

そうです。

私の心境は川合巡査のそれです。

交番所長「だからモーツァルトを聞くたびに、私は涙が出るんだよ」
川合巡査「ふぅん」
源巡査部長「川合!お前気をつけろ。下ネタの話題以外、反応薄くなってるぞ」
[出所] 泰三子 著, 「ハコヅメ 20巻」, 講談社刊

2件の競合するラーメン屋を使い分ける同一人物=完全に一致したペルソナ

ごく単純な例を考えて、このピンボケな考え方に反論してみましょう。

 

例えば、私の最寄り駅近くに、2軒のラーメン屋があります。

両方とも九州ラーメンですが、1店舗はラーメン一蘭、もう1店舗は横浜家系ラーメンです。

 

ラーメン一蘭は、カウンターの席が全て仕切りで個室のように分けられており、

ラーメンファンが、おいしいラーメンを没頭して食べるにいそしむ空間がそこにはあります。

当然、この空間に未就学児童を連れて行くと、全客のひんしゅくを買います。

一方で、私の家の近くの家系ラーメンは、明らかに家族連れをターゲットとしており、

子供を連れて行くとおまけのガチャガチャを回すことができ、そのガチャガチャからはクーポンと飴玉が入ったカプセルが出てきます。

 

私はこの2店舗をサラリーマンの時に使い分けていました。

会社でうまくいかないことがあって、落ち込み気味の時は、ラーメン一蘭で少し集中した環境で1人の世界に閉じこもりました。

一方で土日にそんなことをしたら嫁に怒られてしまうので、ときどき未就学児童の子供を連れて、横浜家系ラーメンのほうでお昼を食べさせていました。

 

さてここで問題です、コトラー先生。私という同一人物、したがって

完璧に同じペルソナが、同じ九州ラーメンで本来ガチで競合しているはずの、
全く異なる二つのサービスを場合によって使い分けています

が、これはアレですかね、もしかして、

コトラー先生のマーケティング理論の正しさを保つためには、実行してはいけない行為

でした?どうもすみませんねえ。

(この手の手法は、この記事でも徹底的に分析、批判しています。)

また、別の例も考えてみましょう。

例えば

生成AIのユーザのペルソナ

って、どんな感じですか?

何歳くらい?性別は?趣味は?

私がどんなに頭をひねって考えても、せいぜいが

使用年齢制限に引っかからない大人

程度しか、属性を描写することができないのですが、これってやっぱり私が不勉強だからですかね。

暴走する妄想

そして、セグメントごとに一生懸命ペルソナの属性を考えるという

デザイン思考では非常に重要とされるアクティビティにより、サービスは

より売れない方向

に引っ張られます。

数日間の間、タコ部屋に閉じ込められて一生懸命ペルソナを考えたチームは、出来上がったそのペルソナ、すなわち

存在しない推しキャラ(phantom target)

に対して、執着を抱くのです。

これだけ我々が頑張って ねじり鉢巻で よくできたペルソナを作り上げたんだから、こうした理想の人物がどこかに実在するはずだ

という、はたから見ると多分に滑稽な、100%外れているに決まっている考え方は確固たる信念と化し、

熱心にこの作業に取り組めば取り組むほど、チームの中に強固に根差していきます。

その結果、

実在の顧客よりも、この「存在しない推しキャラ」が優先

されて、事業開発が不退転で進む、となります。

結果は火を見るよりも明らかです。

サービスを出してみたが、誰も使わなかった、合掌 Ω\ζ°)チーン

クレイトン・クリステンセン教授に公認されたやりかたで、ジョブ理論をフレームワーク化したアルウィック氏はこう述べています。

購買層データとサイコグラフィックなデータから構築され、顧客の「セグメント」を代表するとされる顧客のペルソナは、常に幽霊ターゲットを生み出すがゆえに、ミスリーディングである。
Customer personas that are built around demographic and psychographic data and claim to represent customer “segments” are highly misleading as they usually create phantom targets.
[出所] Anthony W. Ulwick, “Jobs to be Done: Theory to Practice”, Independently published刊

シン・ペルソナ=ジョブマップ

このように役に立たないペルソナを、大改造、整理し、

別のフレームワークを適用することで、徹底的に役に立てる方法があります。

原則は、たったの2つです。

  1. ペルソナは属性ベースではなく、顧客の行動ベースで作る。
    具体的には、属性の代わりに顧客の

    ジョブマップ

    を定義する。

  2. 一旦ペルソナを作ったら、ぐずぐずデザイン思考のワークショップなんてやってないで、
    ペルソナを作った次の瞬間にオフィス(タコ部屋)を出て、
    そういったペルソナが実在しそうなところを探し回り、顧客インタビューの機会を得る。

ジョブマップとは何か?

ジョブマップとは顧客の行動を次の8ステップに分けて分析するものです。

  • ステップ1 定義する。
  • ステップ2 収集する。
  • ステップ3 準備する。
  • ステップ4 確認する。
  • ステップ5 実行する。
  • ステップ6 モニターする。
  • ステップ7 改善する。
  • ステップ8 ジョブを完了する。

これだとさっぱりイメージできないので、わかりやすい実例でこれを説明します。

卒園式の出し物としてUSAを踊れ!のジョブマップ>
Step 1. (ジョブの)定義
曲目の決定
Step 2. (情報)収集
練習用教材を集める
Step 3. 準備
教材を用いて、各自、自宅練習する
Step 4. 確認
パパ全員で合同リハ
Step 5. 実行
卒園式本番で踊る
Step 6. (ジョブ遂行の様子を)監視
観客の様子も含め、踊っている自分たちをチェックする
Step 7. 改良
反応今一つなのでアドリブを加える
Step 8. 決着
打ち上げの席上で反省会

このようにステップごとに みじん切り にしてみると、とてもわかりやすいわけです。

そして、パパたちは、Step 3で、

プロのダンサーがパートに分けて鏡の前でUSAを踊っているところを撮影した、youtubeの動画を

サービス

として利用したわけです。

キーエンスの見事なジョブマップ活用例

キーエンスの昔からの主力製品の一つに、蛍光顕微鏡というものがあります。

これは、細かいところを見やすくするため蛍光塗料を塗布した試料を

暗室を使わず

に、研究者が観察できるようにしたという、画期的な製品でした。

一橋ビジネスレビューは、このことをこう説明します。

蛍光顕微鏡とは、蛍光性を持った試料を観察するための顕微鏡で、細胞などの観察のために生物学や医学の研究分野でよく使われる。
キーエンスの蛍光顕微鏡が導入される前までは、顧客はシグナルとバックグラウンドのコントラストを損なわないように、顕微鏡を暗室のなかで使わなくてはいけなかった。そこでキーエンスは、顕微鏡全体をプラスチックの筐体で囲み、本体のなかに暗室を作った。暗室を組み込むというニーズは顕在化していなかったが、キーエンスの開発者は、顧客を細かく観察し、既成概念にしばられず考え抜いて、潜在ニーズを発掘した。
[出所] 一橋大学イノベーション研究センター 著, 「ビジネスケース『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』」, 東洋経済新報社刊

この御大層な一文を読んだとき、私は

くっだらねえ、だから何さ?(警察漫画『ハコヅメ』の藤の言い方で)

と思いましたね。

だって、

既成概念にしばられず考え抜いて、潜在ニーズを発掘した

って、いっけん立派そうに書いているけど、よく考えたら、中身なんもないですよね?

この行為はすこぶる属人的で、

再現性ゼロ

だから。

キーエンス以外の会社の社員はどうやったらこれを実行すりゃいいのさ?

 

実際にキーエンスの技術営業が何をやったかというと、

ビジネスエスノグラフィによりジョブマップを作製した

のです。ビジネスエスノグラフィとは、顧客の行動の子細な観察です。

実際にはジョブマップはその技術営業の念頭にはなかったでしょう。

しかし、実際に行ったのはこの「業務プロセス」の観察で、

Step 4. 確認
暗室が使えることを確認する

Step 5. 実行
わざわざ顕微鏡を暗室に運び込んで観察を行い、メモを取る

のところに、顧客が

大したペインだとは自覚していない、でもわざわざやっている、フリクションを伴う行動

を見つけたから、「暗室を顕微鏡の中にしつらえる」というコロンブスの卵で、これを解消したのです。

ジョブマップをフル活用するためには

上で述べた通り、顧客をセグメントごとに分けることにはほとんど意味がありません。

その代わり、顧客の行動を、このようにジョブマップでまとめることの方がはるかに大事なのです。

このジョブマップは、もはやペルソナと呼ぶことがきついので、以降は素直にジョブマップで押していきます。

①ジョブマップで、顧客の行動を8ステップに分けて分析したら、

②間髪入れず、そのジョブマップに愛着が生じる前に、実際の人間の行動を確認しに行きます。

このとき大切なのは、

間髪入れず

というフットワークの軽さです。

私が見ていて、多くの事業開発者に見受けられる共通した改善点は、

とにかく腰が重い

ということです。

製品を開発し始める前どころか、

事業企画を完成させる前に、オフィスの外に出て、いきなり顧客にぶつかりに行く

という点です。

まとめ

以前、日本IBM出身の極めて優秀なコンサルタントと話したことがあったのですが、

その方はこうおっしゃっていました。

デザイン思考を使ってビジネスプランを作るのですね?

…………私はようやくわかった気がしました、

だからIBMはデザイン思考で売上の逓減を持ち直せなかったのです。

↑これ、全く違います。

そうではなくて、顧客の行動を定義したら、即座に、

ビジネスプランを完成させる前に顧客の行動の実態を把握しに行く。

この順番でシームレスに動くことが非常に大事です。

こう言うと、大企業にお勤めの方々は、

現実的でない、弊社のプロセスに合わない

と言う言い方をされますが、本当でしょうか?

ビジネスプランが完成するまでは、絶対に顧客の聞き込みに行ってはならない

というルールが、本当に、御社の中で明文化されていますか?

私はイントラプレナーとして社内で事業開発をやっている時も、2000年代の初頭からはずっとこの順番で行動していました。

だって、完成したビジネスプランには、

生の顧客の声

を盛り込むことができるのですから、説得力は間違いなく増すのです。

コメントを書く

送信いただいたコメントは承認後、表示されます。

CAPTCHA