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イントロダクション: 事業再生の背景
2014年の鶏肉偽装問題、2015年の翌年の異物混入問題………立て続けに致命的な不祥事が起こりました。幸か不幸か、収益が真っ逆さまの右肩さがりの折も折に、サラ・カサノバ氏は日本マクドナルドの社長に就任したのです。
レイ・クロックのもとに集まった人材の中でも経営の才覚にかけては出色の一人だった藤田田氏が、ファーストフード店なのに銀座に一号店を電撃オープンさせるという奇策から始まって辣腕をふるって急激にスケールさせていったその会社の、カサノバ氏はもとCMOだったこともあるのですが、火中の栗を拾うような就任は、もともとロシアにマクドナルドの支店を造るところからそのキャリアを始めた気丈な彼女にとってみても、けっして裁くのがたやすい状況ではなかったと思います。Getty Images でカサノバ社長の画像を検索すると、日本式の平身低頭をする彼女ばかりが出てきて、胸が詰まります。
このどん底の状況から、彼女はいったいいかにして、
というプラトーまで、自社の業績を文字通りV字回復させていったのでしょうか?
「ママ目線」プロジェクト「もう何がしたいのか分からん」
カサノバ社長は食中毒事件発生に際し、社長御自ら、47都道府県をすべて回り、マックに飛び込んで顧客の声を聴く行脚を始めます。そのときの様子が、下記のように皮肉なトーンでマスコミに描写されています。
「食品について特に厳しい目を持つのは、いつも家族のことを想う母親(ママ)である」。
一連の異物混入事件などで離れた女性客やファミリー客を呼び戻す作戦とみられるが、ネット上では厳しい意見が目立つ。食の専門家も「飲食店のプロが素人に意見を求めるのは論外」と手厳しい。
出典:JCASTニュース「マクドナルドの「ママ目線」プロジェクト 「もう何がしたいのか分からん」との厳しい指摘も」
上の記事で注目すべきは、引用者である私がブロック体にした一文
です。私に言わせれば、この考え方、エキスパートの意見そのものが論外です。
事業再生のカギ:顧客インタビューから出てきたインサイト
カサノバ社長は、日本全国で、主に店にいる主婦層の意見を片っ端から直に聞いていきます。
彼女が考えたのは、自分自身が女性であることもあり、家族でマックに来る人たちのいろいろな意味での決定権を持っているのは母親だ、ということでした。すると皆さん、口をそろえて、主に3つのポイントを指摘したそうです。
- 「おもてなしがいまひとつ」
- 「お店が古いね」
- 「マクドナルドはマクドナルドらしくあってほしい」
ここで注目すべきは、かつてはデフレの王者といわれたマクドナルドの強み、「安さ」がいっさい出てこなかったことです。レイ・クロックがマクドナルド・システムズ社を大きくできた理由の一つが、いま同社の原則の一つとなっている清潔さ/クレンリネスでした。マクドナルドが米国で起ちあがりつつあったとき、顧客はみな、そのシースルーで工場みたいに清潔な厨房に目を見張らせたのです。では、徹底して原点回帰すればよい。カサノバ社長は、「おいしいバーガーとポテト、モダンできれいな店内環境があり、そしてスマイルでサービスをする、そんな楽しいマックにもう一度戻ろう」と、ビジネスリカバリープランを策定します。そして、社長自らが店頭をわざわざ回っていなければ決してできない、大胆な大決断をします。それは
です。倒産が一時 噂されたほど業績が下がっていたマクドナルドにしてみれば、華厳の滝に飛び込むような勇気を必要とする大決断でした。そしてこの資金を、新規の店舗展開には使わず、チェーン店を含めた既存店舗97%の内装・外装リフォームに投入します。
- 「おもてなしがいまひとつ」→カウンターの前のキューを、現行の通り、(1) 注文するキューと (2) 食物を受け取るためのキューに二分、食事の用意状況をディスプレイに表示
- 「お店が古いね」→外装を真新しく。街に出たら、他のハンバーガーチェーンとマックをぱっと見比べてみてください、マックはUFOみたいに新しいです。
- 「マクドナルドはマクドナルドらしくあってほしい」→原点回帰で店舗体験を徹底的に改善
彼女にやれることは、顧客の声を吸い上げて、それに徹底的にアドレスして、社長にしかできない決断で解決することでした。
などという考え方が傲慢そのものだと知っていたから、社内プロセスとしてクレンリネスを徹底的に改善して広告することは必要条件にしかすぎず、顧客にとってのクレンリネスは、店舗を外側から見た第一印象で決まってしまうと突き止めたうえで、この問題を根本解決することに成功したのです。私がこのことを知ったとき本当にびっくりしたのは、店舗の3分の2を占めるフランチャイジーもまた、日本マクドナルドにとっては、お客様だということをよく知っていたからです。店舗を改装する=すくなくてもフルにはサービスを提供できなくなる分の資金繰りの補填を本社がやるのは当然で、オーナー様の不安のコントロールもやったのでしょう。いろいろな意味で目もくらむような、力業の大改革だったはずです。
まさに事業再生:日本マクドナルドのV字回復
2015年にビジネスリカバリー策定からそのロールアウトを進めて、2016年12月期以降、日本マクドナルドの業績好調が続くようになり、2019年には顧客満足度が最高に達します。
ゲストエクスペリエンスリーダーはともかく、テーブルデリバリー、モバイルオーダーといった施策も、コロナ流行よりはるか前から実装、強化され始めたことは注目に値します。これらは本来は、「顧客がどんどん忙しくなっている」→「いかにして顧客の待ち時間を最小に(=ぎりぎりまでファーストに)するか?」のみを徹底的に考えた施策だったのです。私自身もマクドナルドのアプリをときどき使いますが、顧客の声を取り入れながら どんどん改良されており、カウンターの前に行列ができているときの、テーブルに座ったままのモバイルオーダーも本当に便利で清潔だ(三密にならないから)と感じました。もともとは別のアプリだったアンケートアプリKODOも一つのアプリに統合されました。
マクドナルドは、コロナを受けCMの内容を少し変えるだけで、たちまち、ほぼ一人勝ちの外食チャンピオンになりました。そして、2020年には過去最高益を達成します。奇跡的なV字回復を成し遂げたカサノバ社長は、このようにおっしゃっています。
リーンスタートアップの下敷きになった「顧客開発ランチパッド」フレームワークを作った偉大なスティーブ・ブランク氏が聞いたら、その通り!とハタと膝を打つでしょう。これは、ブランク氏のいう、
そのものだからです。読者のあなたに、ぜひこの言葉、金科玉条にしていただきたいです。
かの、世界最強のスタートアップ投資機関である、Yコンビネーターも、全く同じ原則をスタートアップの創業者たちに薫陶しています。すなわち、
Yコンビネーターは、「顧客と話す」と「製品を開発する」以外のことを全くしないでいいと、言い切っているくらいなのです。
この顧客のところに話に行け、こそ、この記事「新規事業インタビューで成功を掴むための秘訣」から丁寧に解説している、顧客インタビューなのです。
事業再生に絶対必要なこと:必ず責任者が顧客のところへ直接行く
そしてもう一つ、大組織に属しているイントラプレナーたちに重要な教訓があります。あなたのレポートする先にいる事業部長クラスが、自席に偉そうに鎮座しっぱなしで「あの案件はどうなったんだ?来年売上はいくら立つのだ?」などと偉そうにのたまうだけだったら、
と、ケツを思い切り蹴ってやりましょう、などということはできるわけがないので、私だったら、その上司がメガトンクラスに重い腰をあげざるを得ないように、社内でうまく罠を仕掛けます。その罠を仕掛けるときに、下記の言葉を引用し、「部長ならカサノバ社長の言おうとしていることがよくわかりますよね!」と上手にアゲると思います。
カサノバ社長「確かにそれも重要かもしれません。しかし、マクドナルドのような会社にとっては、最も重要な場所はオフィスではなく現場、すなわち店舗です。ビジネスは常に店舗から生まれ、問題を解決する場も店舗なのです」
(しかしこのインタビューア、つくづくいけてないですね……、それに対してカサノバ社長の切り返し、最高じゃないですか!)
カサノバ社長(今は会長におなりになりました)が自らちょくちょく現場に赴くのは、
と骨身に染みて知っているからです。私がイントラプレナーとして事業開発を進める際、顧客開発チームの責任者は、必ず事業部長レベルのお偉方にしていました。顧客開発を進めるリーダーこそ私ですが、肝心なところの顧客インタビューに上を連れ出さないと、
と決断スピードが鈍るからです。そして事業開発においては、決断の遅れは決定的に悪い影響を必ずもたらします。
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参考文献
JCASTニュース「マクドナルドの「ママ目線」プロジェクト 「もう何がしたいのか分からん」との厳しい指摘も」
ダイアモンドオンライン マクドナルドが「V字回復」を果たせた秘密、カサノバ社長が明かす
日経スタイルキャリア 「現場へGo!」 マクドナルド社長の危機突破力
週刊東洋経済