「顧客に会って話を聞きたい」「まず小さく試したい」——新規事業の担当者がそう考えたとき、日本企業で最初にぶつかる大きな壁は、市場の不確実性でも、技術的フィージビリティでもありません。稟議です。
「市場規模は?」「収益計画は?」「競合優位性の根拠は?」。まだ存在しない市場について、存在するかのような確実な数字を求められる。この構造的なすれ違いの正体を、経営学ではエフェクチュエーション(手段主導の意思決定)とコーゼーション(目的主導の意思決定)の衝突として説明できます。本記事では、この二つの思考法の違いを解説した上で、なぜ日本企業の稟議が新規事業を窒息させやすいのか、その構造と突破口を掘り下げます。
エフェクチュエーションとは
エフェクチュエーションの意味
エフェクチュエーションとは、予測不可能な未来に対処するために、現在手元にある手段や資源を起点として、新しい価値や市場を創造していく意思決定のアプローチを指します。一般的なビジネスの現場では、まず明確な目標を設定し、それを達成するために必要な手段を逆算して計画を立てる手法が主流です。しかし、エフェクチュエーションでは、あらかじめ設定されたゴールに向かって進むのではなく、自分が今持っている知識、スキル、人脈、資金などのリソースを組み合わせることで、どのような結果を生み出せるかを模索します。この思考法は、市場が存在しない全く新しいビジネスモデルを構築する際や、顧客のニーズが不明確な状況において非常に有効に機能します。エフェクチュエーションを実践することで、起業家や新規事業の担当者は、未来を予測しようとする無駄な努力を省き、自らの行動によって未来をコントロールすることに集中できるようになります。つまり、エフェクチュエーションとは、不確実性を恐れるのではなく、それを逆手に取って新しい機会を創出するための実践的な哲学であると言えます。
サラス・サラスバシーによる提唱
エフェクチュエーションの概念は、バージニア大学ダーデン・ビジネススクールの教授であるサラス・サラスバシー氏によって提唱されました。サラスバシー氏は、ノーベル経済学賞受賞者であるハーバート・サイモン氏の指導のもと、起業家の意思決定プロセスに関する画期的な研究を行いました。彼女は、複数回の起業経験を持ち、かつ成功を収めている熟練の起業家たちを対象に、詳細なインタビューと認知科学的な実験を実施しました。その結果、卓越した起業家たちは、ビジネススクールで教えられるような伝統的な予測型の経営理論とは全く異なる、独自の問題解決アプローチを採用していることを発見しました。この熟練起業家たちに共通する実践的な思考パターンを抽出し、体系化した理論がエフェクチュエーションです。サラスバシー氏の研究は、起業が一部の天才的な才能を持つ人だけのものではなく、誰もが学習し実践できる論理的なプロセスであることを証明しました。これにより、エフェクチュエーションは世界中のビジネススクールや企業の新規事業開発プログラムで広く採用されるようになり、現代のイノベーション教育において欠かせない重要な理論として位置づけられています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 提唱者 | サラス・サラスバシー教授 |
| 対象 | 不確実性の高い環境における意思決定 |
| 起点 | 現在手元にある手段や資源 |
| 目的 | 新しい価値や市場の創造 |
| 特徴 | 未来を予測するのではなく行動によって未来をコントロールする |
コーゼーションとの違い
コーゼーションの意味
エフェクチュエーションを深く理解するためには、対極にある概念であるコーゼーションについて知る必要があります。コーゼーションとは、日本語で因果論と訳され、あらかじめ明確な目標を設定し、その目標を達成するために最適な手段を選択していく意思決定のアプローチです。これは、従来の経営学やビジネススクールで広く教えられてきた標準的な思考法であり、既存の市場でシェアを拡大したり、業務の効率化を図ったりする際に非常に有効です。コーゼーションのプロセスでは、まず市場調査を行い、競合を分析し、ターゲット顧客を特定した上で、精緻な事業計画書を作成します。そして、その計画に沿って必要な資金や人材を調達し、実行に移していきます。このアプローチの根底には、過去のデータやトレンドを分析することで、ある程度未来は予測可能であるという前提が存在します。したがって、環境の変化が少なく、不確実性が低い状況においては、コーゼーションを用いることで無駄なく効率的に目標を達成することが可能になります。
アプローチの比較
エフェクチュエーションとコーゼーションの最大の違いは、思考の起点と未来に対する捉え方にあります。コーゼーションが目的主導であるのに対し、エフェクチュエーションは手段主導です。コーゼーションでは、先にゴールを決めてからパズルのピースを探しに行くようなアプローチをとります。一方、エフェクチュエーションでは、今手元にあるパズルのピースを組み合わせて、どのような絵が完成するかを探っていくようなアプローチをとります。また、未来に対する姿勢も対照的です。コーゼーションは、未来は予測可能であると考え、精度の高い予測に基づいて計画を立てようとします。これに対してエフェクチュエーションは、未来は予測不可能であるという前提に立ち、予測する代わりに自らの行動と他者とのパートナーシップによって未来を形作ろうとします。新規事業の立ち上げ初期のように、市場が存在するかどうかもわからない極めて不確実な状況では、コーゼーションの予測は機能せず、計画がすぐに頓挫してしまうリスクが高まります。そのような場面でこそ、手持ちの手段から柔軟に新しい価値を生み出していくエフェクチュエーションのアプローチが真価を発揮します。
| 比較項目 | エフェクチュエーション | コーゼーション |
|---|---|---|
| 有効なフェーズ | 0→1(事業の種を見つける探索期) | 1→10(見つけた種を拡大する成長期) |
| 思考の起点 | 手元にある手段(手段主導) | 達成すべき目標(目的主導) |
| 未来の捉え方 | 予測不可能であり、行動で創るもの | 過去のデータから予測可能なもの |
| 典型的な問い | 「この手持ちの技術で、誰のどんな困りごとを解決できるか?」 | 「この市場で、何年後に売上いくらを達成するか?」 |
| リスク管理 | 許容できる損失の範囲内で小さく試す | 期待される利益を最大化する |
| 他者との関係 | パートナーとして共に新しい市場を創る | 競争相手として市場シェアを奪い合う |
| 稟議との相性 | 極めて悪い(「根拠がない」と却下されやすい) | 高い(数値計画が稟議の書式と合致する) |
なぜ日本企業でエフェクチュエーションは機能しないのか——稟議という壁
ここまで読んで、「エフェクチュエーションの方が新規事業に向いているのは分かった。ではなぜ、日本の多くの企業ではいまだにコーゼーション一辺倒なのか」と疑問に思った方も多いはずです。何を隠そう、このエフェクチュエーションとコーゼーションのズレこそが、日本企業の新規事業開発を停滞させている「稟議の軋轢」の正体です。
新規事業の現場で起きていることを、当事者の立場に分解してみましょう。現場の担当者は、不確実な市場に対して「まず手元の資源で小さく動いて、顧客から学びたい」と考えます。これはエフェクチュエーションの発想です。ところが、その提案を評価する承認者の側は、コーゼーションの論理で構築された稟議制度の上に立っています。承認者が求めるのは、明確な市場規模の予測、詳細な収益計画、競合に対する優位性の論理的な説明です。
つまり、起案者はエフェクチュエーションの言語で語り、承認者はコーゼーションの言語で問う。両者は同じ日本語を話しているのに、意思決定の論理がすれ違っているのです。「もっと筋のいい根拠を持ってこい」「市場規模はどれくらいだ」と承認者が繰り返すたびに、まだ存在しない市場について確実なデータを出せるはずもない起案者は、実現性の低い計画書づくりに膨大な時間を費やすことになります。そして多くの場合、計画を立案している間に市場環境が変わり、機会を逃して撤退に至ります。
ここで起きている問題は、どちらかが間違っているということではありません。探索のフェーズではエフェクチュエーションが、規模を追うフェーズではコーゼーションが、それぞれ正しいのです。問題は、不確実性の高い新規事業の初期段階にもかかわらず、組織全体がコーゼーションの評価基準だけで動いてしまうことにあります。手元の手段からとりあえず始めてみる、許容できる損失の範囲で実験を繰り返すというエフェクチュエーションの動き方は、この評価基準の中では「単なる無計画」「思いつき」と見なされ、承認者の理解を得られません。
この溝を埋めるには、起案者の探索を、承認者が判断できる言葉に翻訳する「共通言語」が要ります。組織を改革するのではなく、稟議の手前に新しい働き方を一つ差し込む。次章以降で解説するエフェクチュエーションの5つの原則は、まさにその共通言語を組み立てるための部品として読み直すことができます。
エフェクチュエーションの5つの原則
手中の鳥の原則
エフェクチュエーションを実践するための第一の原則が、手中の鳥の原則です。この原則は、新しいビジネスを始める際に、外部から新たな資源を調達しようとするのではなく、すでに自分が持っている手段から始めるべきであるという考え方を示しています。具体的には、自分は誰であるかというアイデンティティ、自分は何を知っているかという知識や経験、そして自分は誰を知っているかという人脈の三つの要素を起点とします。多くの人は何か新しいことを始めようとする際、資金が足りない、スキルがないといった不足しているものに目を向けがちです。しかし、熟練の起業家は、今手元にある確実な資源をどのように組み合わせれば新しい価値を生み出せるかを考えます。手中の鳥の原則に従うことで、準備に時間をかけすぎることを防ぎ、すぐに行動を起こすことが可能になります。また、自分自身の強みや独自性を最大限に活かすことができるため、他者が容易に模倣できない独自のビジネスモデルを構築する第一歩となります。
許容可能な損失の原則
第二の原則は、許容可能な損失の原則です。新しい事業に挑戦する際、多くの企業はどれだけの利益が得られるかという期待利益を計算し、それに基づいて投資判断を行います。しかし、エフェクチュエーションでは、利益の予測ではなく、最悪の場合にどれだけの損失までなら耐えられるかという許容可能な損失を基準に行動を決定します。不確実性の高い環境では、どれだけ緻密に計算しても期待通りの利益が得られる保証はありません。そのため、致命的なダメージを受けない範囲で小さな失敗を繰り返し、そこから学習していくアプローチが重要になります。許容可能な損失の範囲内で行動することで、失敗への恐怖心が軽減され、大胆な挑戦がしやすくなります。また、多額の初期投資を必要としない方法を模索するようになるため、限られた資源を有効に活用しながら、柔軟にビジネスモデルを修正していくことが可能になります。この原則は、リスクを最小限に抑えながらイノベーションを追求するための実践的な指針となります。
クレイジーキルトの原則
第三の原則は、クレイジーキルトの原則です。これは、事前に綿密な競合分析を行って市場でのポジショニングを決めるのではなく、自らのビジョンに共感してくれる多様なステークホルダーとパートナーシップを構築しながら、事業の方向性を形作っていくという考え方です。クレイジーキルトとは、様々な形や色の布切れを縫い合わせて作るパッチワークのことであり、多様な人々がそれぞれの持ち味を活かしながら一つの新しい価値を創り上げるプロセスを象徴しています。エフェクチュエーションにおいて、他者は競争相手ではなく、共に新しい市場を創造する協力者として捉えられます。顧客、サプライヤー、時には競合企業でさえもパートナーとして巻き込むことで、自分一人では決して得られなかった新しい手段やアイデアを獲得することができます。また、パートナーシップを通じて事業へのコミットメントを得ることで、不確実性を減少させ、ビジネスの成功確率を高めることができます。
レモネードの原則
第四の原則は、レモネードの原則です。アメリカには、酸っぱくてそのままでは飲めないレモンを与えられたら、甘くて美味しいレモネードを作れという諺があります。この原則は、予期せぬ事態や失敗、トラブルといったネガティブな出来事を、計画の妨げとして排除するのではなく、新しい機会として積極的に活用するという姿勢を示しています。不確実性の高いビジネス環境においては、どれほど完璧な計画を立てても、想定外の事態は必ず発生します。コーゼーションのアプローチでは、予期せぬ事態は計画からの逸脱であり、避けるべきリスクとみなされます。しかし、エフェクチュエーションでは、偶然の出来事を新しい価値を生み出すための重要なリソースとして捉えます。例えば、開発中の製品に予期せぬ欠陥が見つかった場合、それを単なる失敗として諦めるのではなく、その欠陥を逆手にとって全く新しい用途の製品を開発するといった発想の転換が求められます。レモネードの原則を実践することで、変化に対する強い適応力を身につけることができます。
飛行機のパイロットの原則
第五の原則であり、エフェクチュエーションの全体を統括する考え方が、飛行機のパイロットの原則です。この原則は、未来は予測するものではなく、自らの行動によってコントロールするものであるという哲学を表しています。飛行機のパイロットが、天候の変化や機体の状況といった不確実な要素に直面しながらも、自身の操縦技術と判断力によって機体を目的地へと導くように、起業家も自らの行動と意思決定によってビジネスの行方をコントロールしなければなりません。コーゼーションのように、過去のトレンドから未来を予測しようとするアプローチは、環境が安定している場合には有効ですが、激しく変化する現代のビジネス環境では限界があります。飛行機のパイロットの原則に従えば、未来を予測するための膨大な調査や分析に時間を費やすのではなく、今できることに集中し、パートナーと共に新しい環境を自ら創り出していくことに注力できます。これにより、どのような不確実な状況に直面しても、主体性を失わずに前進し続けることが可能になります。
| 原則名 | 英語名 | 概要 |
|---|---|---|
| 手中の鳥の原則 | Bird in Hand | 新たな資源を探すのではなく今手元にある手段から行動を始める |
| 許容可能な損失の原則 | Affordable Loss | 期待される利益ではなく最悪の事態における許容可能な損失を基準にする |
| クレイジーキルトの原則 | Crazy Quilt | 競合を避けるのではなく多様なパートナーと協力して新しい市場を創る |
| レモネードの原則 | Lemonade | 予期せぬ事態や失敗を避けるのではなく新しい機会として活用する |
| 飛行機のパイロットの原則 | Pilot in the Plane | 未来を予測するのではなく自らの行動によって未来をコントロールする |
エフェクチュエーションが注目される背景
VUCA時代の到来
近年、エフェクチュエーションがビジネスの現場で強く求められるようになった背景には、VUCA時代の到来が大きく関係しています。VUCAとは、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の四つの言葉の頭文字を取った造語であり、現代の予測困難な社会経済環境を指しています。テクノロジーの急速な進化、グローバル化の進展、予期せぬパンデミックの発生などにより、ビジネスを取り巻く環境はかつてないスピードで変化しています。このような状況下では、過去の成功体験やデータに基づいた中長期的な予測は急速に陳腐化してしまいます。従来のような精緻な事業計画を立ててから行動を起こすアプローチでは、計画を立案している間に市場環境が変化してしまい、機会を逃してしまうリスクが高まっています。そのため、未来の予測に依存するのではなく、不確実性を前提として柔軟に行動しながら方向性を修正していくエフェクチュエーションの思考法が、VUCA時代を生き抜くための必須のスキルとして認識されるようになりました。
新規事業開発の難易度上昇
既存のビジネスモデルの寿命が短縮化する中で、多くの企業が持続的な成長を維持するために新規事業開発に注力しています。しかし、成熟した市場において全く新しい価値を創造することは非常に困難であり、新規事業開発の難易度は年々上昇しています。多くの企業は、新規事業を立ち上げる際にも、既存事業と同じようなコーゼーションのアプローチを用いてしまいます。すなわち、市場調査を行い、ターゲットを設定し、綿密な収益計画を立てようとします。しかし、まだ存在していない新しい市場について正確なデータを集めることは不可能です。結果として、実現性の低い計画書を作成することに膨大な時間を費やし、いざ実行に移すと想定外の壁にぶつかって撤退を余儀なくされるケースが後を絶ちません。このような新規事業開発のジレンマを打破するための有効な手段として、手持ちの資源から小さく始め、顧客やパートナーとの対話を通じて事業を形作っていくエフェクチュエーションが注目を集めています。エフェクチュエーションを取り入れることで、企業は無駄な投資を抑えながら、よりスピーディーかつ柔軟に新規事業を立ち上げることが可能になります。
| 項目 | 過去のビジネス環境 | 現代のビジネス環境(VUCA時代) |
|---|---|---|
| 環境の変化 | 比較的緩やかで安定している | 急激で予測不可能 |
| 意思決定の前提 | 過去のデータから未来を予測できる | 過去のデータは未来の参考にならない |
| 有効なアプローチ | コーゼーション(計画と予測に基づく実行) | エフェクチュエーション(行動と学習に基づく修正) |
| 新規事業の課題 | 既存市場でのシェア拡大と効率化 | 未知の市場における新しい価値の創造 |
エフェクチュエーションの企業事例
スターバックスの事例
エフェクチュエーションの原則を体現し、世界的な成功を収めた企業の代表例として、スターバックスが挙げられます。スターバックスは当初、コーヒー豆と焙煎機を販売するだけの小さな小売店でした。しかし、ハワード・シュルツ氏がイタリアを訪問した際、現地のカフェ文化に深く感銘を受け、アメリカにもエスプレッソを提供するカフェの文化を根付かせたいというビジョンを抱きました。シュルツ氏は、コーヒー豆の販売という手中の鳥を活用しながら、店内で淹れたてのコーヒーを提供するという新しい試みを始めました。当初は社内からの反発もありましたが、許容可能な損失の範囲内で小さくテストマーケティングを実施し、顧客の反応を見ながら徐々にサービスを拡大していきました。また、予期せぬ顧客の要望やクレームをレモネードの原則によって受け入れ、フラペチーノのような新しい商品の開発につなげました。スターバックスの成功は、最初から壮大な世界展開の計画があったわけではなく、手元にある資源を活かしながら、顧客との関わりの中で柔軟にビジネスモデルを進化させてきた結果であると言えます。
Airbnbの事例
民泊サービスの世界的プラットフォームであるAirbnbも、エフェクチュエーションのアプローチによって成長を遂げた企業の一つです。創業者のブライアン・チェスキー氏とジョー・ゲビア氏は、サンフランシスコでの家賃の支払いに困窮していた際、市内で大規模なデザイン会議が開催され、周辺のホテルが満室になっていることに目をつけました。彼らは、自分たちのアパートの居間にエアベッドを置き、朝食を提供するという簡易的な宿泊サービスを始めました。これがAirbnbの原点です。彼らは、空いている部屋とエアベッドという手中の鳥を活用し、家賃を稼ぐという当面の課題を解決するために行動を起こしました。そして、初期の利用者との対話を通じて、人々が単なる安価な宿泊施設だけでなく、現地のホストとの交流やユニークな体験を求めていることに気づきました。Airbnbは、事前の綿密な市場調査に基づくのではなく、実際の行動と顧客からのフィードバックを通じてサービスを改善し、世界中のホストとゲストを繋ぐ巨大なクレイジーキルトを構築することに成功しました。
| 企業名 | 手中の鳥(初期の資源) | レモネード(予期せぬ事態の活用) | クレイジーキルト(パートナーシップ) |
|---|---|---|---|
| スターバックス | コーヒー豆の販売ノウハウと店舗 | 顧客からの新しいメニューへの要望 | 農園や地域社会との持続可能な関係構築 |
| Airbnb | 空いている部屋とエアベッド | 家賃が払えないという経済的な困窮 | 世界中のホストとゲストによるコミュニティ |
エフェクチュエーションのメリット
リスクの最小化
ビジネスにエフェクチュエーションを取り入れる最大のメリットは、致命的なリスクを最小化できる点にあります。許容可能な損失の原則に従うことで、起業家や事業責任者は、失敗した場合に事業の存続を脅かすような過度な投資を避けることができます。不確実性の高い新規事業において、最初から多額の資金や人材を投入することは非常に危険です。エフェクチュエーションでは、手元にある限られた資源を活用して小さな実験を繰り返し、仮説の検証を行います。仮に失敗したとしても、その損失はあらかじめ許容できる範囲に収まっているため、すぐに立ち直って次の挑戦に向かうことができます。このプロセスを通じて、リスクをコントロールしながら事業の成功確率を徐々に高めていくことが可能になります。また、外部からの大規模な資金調達に依存しないため、経営の自由度を保ちながら、自分たちのビジョンに基づいた意思決定を維持できるという利点もあります。
柔軟な方向転換
エフェクチュエーションを実践することで、環境の変化や顧客の反応に対して柔軟な方向転換が可能になるというメリットもあります。コーゼーションのように初期の段階で綿密な計画を作り込んでしまうと、状況が変化した際に計画を修正するためのコストや心理的な抵抗が大きくなります。いわゆるサンクコストの罠に陥り、うまくいかないとわかっていても計画に固執してしまう危険性があります。一方、エフェクチュエーションでは、未来は不確実であるという前提に立っているため、計画の変更は当然のこととして受け入れられます。予期せぬ事態が発生した場合には、レモネードの原則を適用して新しい機会へと転換し、パートナーからのフィードバックに応じて製品やサービスを継続的に改善していきます。このように、固定されたゴールに向かって一直線に進むのではなく、状況に応じて柔軟に軌道修正を図るアジリティこそが、現代の激しいビジネス競争を勝ち抜くための強力な武器となります。
| メリットの項目 | もたらされる具体的な効果 |
|---|---|
| リスクの最小化 | 致命的な失敗を防ぎ、何度でも挑戦できる環境を作る |
| 柔軟な方向転換 | 環境の変化や顧客の反応に即座に対応できる |
| 初期投資の抑制 | 手元にある資源を活用するため多額の資金調達が不要になる |
| 独自の価値創造 | 自分自身の強みや経験を起点とするため模倣されにくい |
| パートナーとの共創 | 多様なステークホルダーを巻き込むことで事業基盤が強固になる |
エフェクチュエーションのデメリット
大規模な計画に不向き
エフェクチュエーションは万能な思考法ではなく、適用する環境によってはデメリットや限界も存在します。その一つが、大規模なインフラ開発や巨額の設備投資を伴うような、長期的な計画が不可欠なプロジェクトには不向きであるという点です。例えば、新しい発電所を建設したり、次世代の通信網を整備したりするような事業では、事前に精緻な設計図を作成し、莫大な資金を調達し、数年単位の厳密なスケジュールに沿ってプロジェクトを進行させる必要があります。このような不確実性が比較的低く、目的が明確に定義されている状況においては、エフェクチュエーションの柔軟なアプローチよりも、コーゼーションによる効率的で計画的なマネジメントの方が適しています。エフェクチュエーションはあくまで、市場が未定義で不確実性が高い探索的なフェーズにおいて真価を発揮するものであり、事業が成熟し規模の経済を追求するフェーズにおいては、コーゼーションと適切に使い分けることが重要です。
| 発生しやすい状況 | 組織としての対策 | |
|---|---|---|
| 大規模な計画に不向き | 巨額の設備投資や長期的なインフラ開発 | プロジェクトの性質に応じてコーゼーションと使い分ける |
| 組織的な合意形成の難しさ | 伝統的な稟議制度や厳格な収益計画を重んじる企業 | 新規事業専用の評価基準や小規模な実験枠を設ける |
| 短期的な成果が見えにくい | 実験と学習を繰り返す探索フェーズ | 財務的な指標だけでなく学習の質を評価する仕組みを作る |
まとめ——エフェクチュエーションとコーゼーションを橋渡しする方法
本記事では、エフェクチュエーションとコーゼーションという二つの意思決定の論理を解説し、日本企業の稟議制度がこの二つのズレによって新規事業を窒息させている構造を見てきました。
繰り返しになりますが、どちらが正しいかという問題ではありません。0→1の探索期にはエフェクチュエーションが、1→10の成長期にはコーゼーションが、それぞれ有効です。問題は、新規事業の初期段階にもかかわらず、コーゼーションの評価基準だけで提案を判断してしまう組織の構造にあります。
では、0→1の探索から1→10の拡大へとフェーズが移行する過程で、両方の論理を橋渡しできる方法論はあるのか。その一つの解が、米国で今最も注目されているプロダクトマネージャーの一人、テレサ・トーレス氏が体系化したContinuous Discovery(継続的市場探索)というアプローチです。
継続的市場探索は、顧客との対話を毎週の習慣として組み込みながら、発見した機会を構造化し、小さな実験で検証していくフレームワークです。探索期にはエフェクチュエーション的に「手元の資源で顧客から学ぶ」動きを支え、成長期にはコーゼーション的に「根拠ある数字で意思決定する」基盤を積み上げる——つまり、フェーズをまたいで機能する点に強みがあります。
また、このスキームは、稟議の前後で一貫して使用し続けられることも、日本の事業開発者にとっては朗報でしょう。
社内での、エフェクチュエーションとコーゼーションの衝突に苦しんでいる方は、ぜひ以下の記事もあわせてお読みください。
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イントラプレナーとして、合計8つの新規事業開発を経験。1,300回に及ぶ顧客インタビューの実施経験を持つ。生成AIによるアイディエーションの世界初のサービスである、「AIディアソン」を、2023年の1月に上梓。それ以降も次々とAIサービスをローンチしている。
翻訳書の発行される前の版の、The Four Steps to the Epiphany (邦訳「アントラプレナーの教科書」、リーンスタートアップの下敷きになった本)を所持するほど、古くから事業開発の方法論を考究。最近はアメリカで最新とされるプロダクト開発のメソッドである、継続的発見(Continous Discovery)手法を取り入れ、エフェクチュエーションと組み合わせて事業開発に応用。
