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バルミューダの新規事業:「バルミューダフォン」のこれからを占う

バルミューダのビジネスモデル

すでにサチッているとされてきた事業領域に次々と斬新な製品を出して、

ベストセラーを数多く世に出してきたバルミューダの業績が前期も好調です。

最も伸びたのは「キッチン関連」で前期比38.4%増だ。
「携帯端末関連」はスマホ発売初年ながら25億4,900万円と、同社としては決して少なくない売上高を計上した。
出典:THE OWNER 「バルミューダ、売上約1.5倍に! バルミューダフォンはどうなる?好調の要因」

バルミューダのビジネスモデルは、

同社の誇る、圧倒的な製品開発能力、特に Aesthetic Ability※ による究極の単発売り切り

※英語で design というと設計の意味合いが強いため、ユーザ体験をデザインする力といいたいとき、

美的能力を意味するこの連語を使っています。

強力な事業コアを誇るバルミューダの新規事業:「バルミューダフォン」のこれからを占う
強力な事業コアを誇るバルミューダの新規事業:「バルミューダフォン」のこれからを占う

このビジネスモデルは従来、十二分に機能してきたのですが、

ここに来て同社がバルミューダフォンを上梓したため、ほころびが見えてきました。

これが、本稿のテーマです。

寺尾社長は、原体験からアイデアを得て、それを、一般的な消費財にカテゴライズされるが、実は今までになかった

価値提案/Value proposition(s)

に落とし込んで、

その付加価値により高価格帯であっても思わず買ってしまうようなプロダクトに昇華する才能にかけては、

非常に才能に恵まれている方です。

寺尾社長はスティーブ・ジョブズ氏を若年のころからリスペクトし、以下の3点で、

確かに似通ったところのあるイノベーターです。

  1. プロダクトそのものではなく、それで演出できる「経験」を消費者に提供しようとする
  2. プロダクトの詳細にこだわり倒す
  3. 市場調査を全く行わず、消費者が求めていると気づかなかった新規プロダクトを創造しようとする

事業のポイント:プロダクトそのものではなく、それにまつわる「経験」をユーザに消費させる

最初に大ヒットした扇風機 GreenFan のアイディエーションも、

エコロジーという考え方が底流にあるとはいえ、

小さいころ自転車に乗って味わった自然な風が原体験になって出てきたイノベーションだそうです。

GreenFan が一見単なる扇風機なのにヒットしたのは、

単に風が当たれば人間が涼しく感じるというは実は間違いだ、
自然な風を、特に人間は涼しいという風に感じるのだ
というインサイトからきています。
GreenFan は、この自然な風を生み出すことができる扇風機です。
このように寺尾社長は、体験ということを非常に重視されるイノベーターです。

2万を超える高価格にもかかわらず、大ヒットした The toaster も、

寺尾社長は、企画の立ち上げ時から高級トースターを作ろうとは一度も考えていなかった。
「我々が考えていたのはただ、『世界一のトーストをお客様に食べていただこう』ということだけ」
出典:GetNavi Web「【価格はカンで決めた】2万5000円のトースターを10万台売った社長に直撃! 「バルミューダ ザ トースター」が爆売れする理由」
というインサイトから始まっています。
ここで、寺尾社長いわく、扇風機とトースターがしかし決定的に異なっていたのは、調理器具に関しては、
作る楽しみ+食べる楽しみ
の両方があるということでした。

The toaster は、水分を上手に使って抜群に美味しいトースターが焼きあがるだけのプロダクトというだけでなく、

かつてスティーブ・ジョブズ氏が生み出した NeXT Computer “Cube” をほうふつとさせるおしゃれなデザイン、

同社の加湿器と似た、注ぐのが楽しい構造の給水口に水を入れる方式など、

「作る楽しみ」にもしっかりアドレスされた機器に仕上がっています。ここが、

Aesthetic Ability/デザイン力

の面目躍如たるところです。

寺尾社長がスティーブ・ジョブズ氏に似て、製品デザインにこだわり倒すのは、

単に芸術家気質であるということにとどまらず、このように

ユーザ体験

に、プロダクトの外見が強くかかわってくるからでしょう。

The toaster の外見がおしゃれなのは、台所において生活する、その

生活そのものをユーザ体験と見立てている

からです。

これは慧眼で、上掲の NeXT Computer で、実はジョブズ氏が失敗したところでした。

“Cube”を含めたNeXTのコンピュータは、総計たったの5万台しか売れませんでした。

例えば “Cube”は、ワークステーションともパソコンともとらえられる中途半端なスペックで、

仮に当初企図していたワークステーションとして大学の研究室や企業のR&D部門がこれを利用した場合、

真っ黒なジェラルミンのおしゃれな外観など、研究室で働く上で、ユーザにとってどうでもよく、

それよりは無駄を削って価格を下げてほしいと、研究者なら誰でも思うわけです。

したがって、NeXTは、この事業領域でついに Sun Microsystems にかないませんでした。

中途半端な NeXTのバリュープロポジション・キャンバス
中途半端な NeXTのバリュープロポジション・キャンバス

しかし、トースターは、下手をすると20年も同じ台所で一緒に暮らすかもしれないアイテムで、

これの外見が洗練されていることは、確かにユーザにメリットが多分にあるといえるでしょう。

バルミューダのプロダクトが遂行する jobs to be done/ジョブズ

4万円以上するのにこれもよく売れたデスクトップライト BALMUDA The Light も、

子どもたちが絵や文字を書き始めると机に顔を近づける姿を見た寺尾玄社長が

目が悪くならないか?

と心配したことが始まりでした。

このエピソードを、レヴィット教授の論文

マーケティングマイオピア
を引用して、永井孝尚氏なるマーケティングコンサルタントの方が、こう評しています。
こんな製品は、市場調査レポートを熟読しても生まれない。
市場調査は過去のデータだ。
既存商品に対する顧客の好みは把握できるが、この世にまだ存在しない製品のウォンツ(潜在的なニーズ)は把握できない。
ここまでは全く同意です。かのスティーブ・ジョブズ氏も、
私は市場調査に頼ったことが一度もない

という、すがすがしい名言を吐いています。

しかし、ここからが微妙です。

売れる製品は、顧客の「これが欲しい」というウォンツを具体化することで生まれる。
このウォンツは、過去のデータの集計値である市場調査ではなく、マーケターの洞察でつかむものなのである。
(出典:文春オンライン「バルミューダの家電はなぜ独り勝ちするのか? “市場調査”に頼った商品開発が失敗するワケ」、ブロック体・下線筆者)
この文章を読むと、我々事業開発者はハタと困るわけです。
果たしてその洞察/insight が下りてこなかったらどうするのだ?
ここが従来のマーケティング理論の限界で、私が
顧客の潜在ニーズなど、探しに行くな
http://startupscaleup.jp/2021/11/10/job2/
シリーズで身も蓋もなく議論した通り、事業開発上で習得必須の理論である
ジョブ理論
をカバーしていないことからくる、大きな欠点です。

上記の The Light が大ヒットした理由も、ジョブのテンプレに落としてみた瞬間に、

潜在ニーズ

とやらが浮き彫りになり、一目瞭然です。

ジョブの要素要素の値
Progress/推進したいこと勉強する
Conditions/おかれた状況室内のデスクで
Obstacles/その状況での障害日が落ちた時刻で、部屋の照明だけでは本が読みにくい
Imperfect Solution/イマイチの解決策既存のライト
― 手元に影ができてしまい、目を本に近づける必要がある
― 照明自体が目に優しくない
Quality/妥協できる、下辺の品質基準手元に影ができず、目に優しい
BALMUDA The Light が推進してくれる The Job To Be Done

ジョブマップに落としながら顧客のジョブをインタビューで聞きこんでいくことで、

マーケターとしての才能/センスがなければ潜在ニーズを発掘できない問題

を乗り越えることができます。

野心的な新規事業バルミューダフォンはどうなるか?

家電の印象が強かったバルミューダが初めて携帯電話を上梓するということで、話題になった

ですが、この事業はどうなるでしょうか?
この製品こそ、ジョブズ氏と氏が生み出したとされる(実際は違う
iPhone
に対するリスペクトとオマージュの結晶みたいな新規プロダクトです。

現在までの売上は、バルミューダフォン単体の売上計画27億に対して25億5000万(2021年会計年度)と、

ギリギリ未達で、絶好調とまではいかなくても悪くないという感じでしょうか。

私の見立ては、

今回のワンショットでは「iPhoneには遠く及ばない」とだけしかいえない。
これからも、同社のビジネスモデルの大幅な変更が必要なので、従来通りにはいかず苦戦するだろう

というものです。

理由は三つあります。

  1. 今回のプロダクトでは、同社の強みが生かし切れていない
  2. 携帯電話は単発売り切りでなく、リカーリングモデルであり、
    バルミューダの従来のモデルとは異なる
  3. iPhoneの特性であるプラットフォームとしての価値を生み出すようなアセットがバルミューダにはない

今回のプロダクトでは、同社の強みが生かし切れていない

私はバルミューダフォンをもっていないので、この動画など、ネット上のレビューに依存しています。

今回の寺尾社長一流の洞察が機能しているのは、

持ち運びしやすいという一点のみ
のようです。
すなわち、ジョブ理論に基づいていないという結論になりますでしょうか。
カレンダーのUXが秀逸らしいのですが、これも、パソコンなどでも使えればともかく、
プロプライエタリーなバルミューダフォンのみで動くアプリとなっており、そうなると画面が小さすぎ使いにくい。
指紋認証の位置もピンボケみたいです。
ネット上の評判を信じると、よく2万4千台も売れたな、というのが率直な感想です。

携帯電話は単発売り切りでなく、リカーリングモデルである

Y-combinator/YコンビネーターのCEOマイケル・サイベル氏が指摘している通り、

みんな忘れているが、2007年に現れた初代iPhoneはボロボロだった
のです。
iPhoneは天才スティーブ・ジョブズ氏の天才的な洞察から降ってわいた
最初から完成された歴史上最も売れた消費財などではなく、
Appleがハードウェアを1年に一度更新し、iOSを何十回も書き変えて
イテレーションしてきたからこそ、今の形があります。
このように、バルミューダが従来やってきた、十年以上もつ家電を単発で提供して、
後続機を出さないビジネスモデルとは根本的に異なる、息の長いカテゴリのプロダクトなのです。
バルミューダフォンにもしたがって同じ要件がのしかかってきます。
アプリケーションの間断ない更新も含めた長期の保守費として同社のコストに響いてきます。

iPhoneの特性であるプラットフォームとしての
価値を生み出すようなアセットがバルミューダにはない

バルミューダとiPhoneのビジネスモデルを比べたときの最大の違いは、

KP/キーパートナーズ

の種類と数です。

iPhoneはジョブズ氏自身が定義した通り、

電話できる iPod
でした。
そして iPod の背後には、無数の楽曲という最強のアセットをもつレコード会社が控えていました。
そして、初代iPhoneには備わっていなかったものの、
iPhoneは初代からベストセラーになったので、Appleはすぐに AppStore を投入出来ました。
こうして同機はプラットフォームとなり、
単機でこの上なく強力なエコシステムを築いてしまったのです。
iPhoneはすなわち、両面マーケットのフライホイールを回して化け物商品になりました。
「iPodからの乗り換え」という形で iPhone 初代もベストセラーになり、
その勢いを殺さずに iPhone 自体をどんどん更新することで消費者を増やし、
その魅力で無数のアプリメーカーをひきつけ………
アプリが増えてきたからフィーチャーフォンからさらに消費者が乗り換え………
と、雪だるま式に魅力を増幅させていったのです。
バルミューダフォンは、持ちやすさが優れているというその点では、
箱を開ける瞬間からワクワクする iPhone と似た、経験を演出する魅力を持っています。
が、こういう言い方をすると申し訳ありませんが、いまのところ
それだけ
です。
このまま無策で行くと、単なるiPhoneオマージュで終わってしまう懸念があります。

終わりに

バルミューダフォンに対しては厳しい見立てを披露しましたが、

しかし、バルミューダがほかのメーカーには決定的に欠落しているエッジ、

を持っていることは間違いないです。

同社の今後に期待し、見守っていきたいと思います。